また飲み屋で
夕方のいい時間になったので、宿の食堂に行く。宿の外に飲み屋兼食堂があったのだが、昨日イワンの無双ぶりを見せられたので、今晩は自粛していただこうと思って、宿で済ますことにしたのだ。
食堂に行くと、あの4人組が待っていた。こんな所には似合わないような鋭い目つきで、一瞬オレたちを睨んだが、確認したら頰を緩めた。しかし、目つきの鋭いのは変わらないままである。
狭い食堂なのだが、目一杯距離を取って席に座ったのに、わざわざ近寄ってきた。来なくたっていいんだって!改めて見ると、こいつら、やたらガタイが良い。農民にあるまじき、ガタイの良さである。まぁ、旅人なんだから、どんな体格しててもいいんだけど、すごく目立つんだよな。翻って自分たちを見ると、異世界人のオレ、やたらイケメンのイワン、美少女のミン、普通人のヨハネと、とても普通の旅人とは言いがたい組み合わせなのだ。イワンとミンがいるだけで、人目を引くのは当然なので、あんたらのことをどうこう言うのは筋違いですわな。
4人組のリーダーとおぼしき男が声を掛けてきた。
「昼間は世話になりました。おかげさまですっかり良くなり、この村まで来ることができました。改めてお礼申し上げます」
と丁寧にお礼を言われる。となると礼儀正しい小市民のオレはそれなりに応対する。
「いえいえ、大したことをした覚えはないのですが、よくなられたのなら良かったです」
横でミンが、また無理にへりくだって、というような顔をしている。
「よろしければ、夕食をごちそうしたいのですが、いかがでしょうか?そこに飲み屋がありますので、酒でも飲みながらお話したいと思うのですが?」
「行きましょう!」
オレが答える前にイワンが、このイワンが、イワンのバカが承知してしまった。コイツがさっき吐いた弱音はなんだったんだよ?4人組は敵か味方か、分かりもしないんだよ?酒を飲みながら、と言っても飲めるわけがないじゃん。でもバカとは言え、向こうから見て仲間の一人が承諾をしてしまったのだから、行くことにするしかないでしょ。
「いってらっしゃーい」
宿の主人は、夕食出さなくて済んだし、金はそのまま返さなくて済んだので、ホクホクの声で送り出してくれた。
「飲み屋に席を取ってありますから」
リーダーが先導してくれる。中に入って行くと、
「いらっしゃーーーーい!」
と女将さん?が迎えてくれた。うん、今晩は大丈夫そうだ。胸もデカいけど、さらに腹もでかい。いくらなんでも、この人はイワンの守備範囲外だろう。ヨハネにアイコンタクトすると、ヨハネも頷いてくれる。が、奥から、
「いらっしゃいませーー!」
と言って娘さんが顔を出した。まずい、そこそこ可愛いぞ。アビルお姉さんの10%引きくらいの可愛さだ。これはイワンに見せてはいけないだろう?と思ってイワンを見たら、すでにイワンはロックオンしていた。
「奥にどうぞ」
と女将さんに言われるまま、奥のテーブルに行くと中年の男が待っていた。立ち上がって迎えてくれる。
「すみません、わざわざ来て頂いて。昼間は仲間を助けていただいたそうで、ありがとうございました。おかげさまで、この村までたどり着くことができたと言っています。感謝に堪えません。お礼と言っては恥ずかしいのですが、ここの食事代は我々が持ちますので、好きなものを召し上がってください」
と座っていた男性、4人組のボスか?イワンは知らない顔らしいから、まさかのナワリヌイ内相というわけではなさそうだ。それはそれとして、
「それはどうもありがとうございます。私としては大したことをしたわけではないのですが、お気持ちですのでありがたく頂きます。今日は、たまたま袖すり合った者同士ということで、互いに自己紹介せずやりませんか?」
横でミンが「またそんな丁寧に......」というような顔をしているが、ここは日本人のDNAがモノを言うんだよ。オレの言葉に、
「わかりました。名前を明かさないということで結構です。とにかく仲良くやりましょう」
テーブルにエールのジョッキが届いた。女将さん、厨房からオヤジさん、そしてさっきの娘さんが運んで来たのだが、娘さんがイワンを見て、視線を外さない。娘さん、お客さんをそんなに見つめちゃ失礼ですよ、と言いたい。というオレの気持ちなんて汲まれることなく、イワンが微笑み返す。もう、止めてくれ涙。しかし2人の間にほんわかしたムードができあがっている。
それなのに、よせば良いのに女将さんが、
「あらあら、いい雰囲気だわ。この子は去年流行病で亭主をなくしてねぇ、いい人いないかと思っていたんですよ。どうですか、そこの若い方」
なんて余計なことを言って。娘さんが、いや未亡人が頰を少し赤めているじゃありませんか、もう。
その空気を打ち破るようにボスが、
「さあ、飲みましょう!乾杯!!」
と言ってくれた。まずはエールを一口。ま、ま、まずい!驚くほどマズい涙。それに温かいし、アルコール度数も低くて、雑味が多い。これは、今まで飲んだエールの中で一番マズいぞ。ポケットの中のビールを出して飲みたいが、ビールはとっておきのタイミングで出すと決めている。こんな名前も知らない村で出したくない。冷やすわけにもいかないだろう、大勢の目もあるし。
続いて、食事が届いたのだが、何これ?肉の一切入っていない野菜炒め、当たり前か。トウモロコシとジャガイモの茹でたの、だけ。あれ?これだけ?
ボスが焦って、
「女将、お任せでどんどん持って来てくれ、と言ったのだが?」
と言うと、女将がちょっと気分を悪くしたようで、
「それで全部だよ、最近、何でも高くてそれで精一杯なのさ!」
ボス、顔真っ青。とりあえず、野菜炒めを一口食べる。薄い塩味だけで、ひどくマズいんですけど?テーブルの一同が無口になる。これって、何か追加しても同じものが出て来そうだよ?ミンなんて、一口食べて止めてしまった。
ヨハネとイワンがいたたまれず、オレに目で訴えている、何か出してくれって。何かって、串焼き出したとしても、この店に失礼じゃない?それに他の客たちが、オレたちの食べてるものを見て、店に同じモノくれって言うでしょ?だからそんなことできないよ。でも、でもさ、これはマズいよなぁ。女将さんと娘さん?は毎日のことなのか、元気にしてる。他のテーブルも空気が重い。
もうダメだ、もうガマンできない。仕方ない、オレが何とかしよう。というか、オレが食材を出そう!
そう思って立ち上がる。と、ボス以下5人が、オレを見つめ、何をするの?という顔をしている。そんなの置いといて、厨房に向かって歩き、女将さんの前にドン!とイノシシ肉をポケットから取り出し置いた。たぶん5㎏以上あるだろう。今、店の中に客と女将さんたちで20人はいないでしょう?そしたら、1人当たり300グラム近く食べれるはず!
「女将さん、これ上げるから焼いて!」
目を剝いている女将さんが
「え?でも、うち、払う金がないよ?」
手を振りながら答える。
「いいの、タダで良いから焼いて!」
「ホントに?ホントにタダで良いの?」
「良いから、店にいる人に配って。ただし、焼いてもらう手間がかかるから、その分、肉代と合わせて金を客からもらおう」
店中の人がオレと女将さんの会話を固唾を飲んで聞いていた。そして全員に肉が行き渡ると分かった途端、おーーー!!っという歓声が上がった。厨房のオヤジさんは「なんでぇ!」っていう顔をしているけど、娘さん?は喜んでいるよ。
そして、塩と胡椒の袋も出した。もちろん白ではない。
「なんだい、これ?」
もうやけくそだよ、勢い、イキオイだ!店のメンツなんて考えるの止めた。
「塩と胡椒だよ。どっちも不足しているんだろ。これだけ、好きに使って!」
「ほ、ほんとかい?確かに塩は不足してるけど、胡椒なんてハナからないんだけど、いいのかい?」
「いいの、いいから好きに使って」
店の客から爆発的な歓声が上がった。
やっちまった泣。




