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イワンのお仕事

「イワンのことを聞きたいのだけど、ハルキフではなんの仕事をしてたの?役に立ってたの?」

 オレは真面目に聞いたつもりだったけど、イワンは冗談か、からかわれていると受け取ったようで、

「何を聞くんですか?ちゃんと働いていましたよ、皆さんの役に立っていましたから」

「具体的にどういう仕事をしていたの?すごく興味があるんだけど。計算とかできるの?」

 さすがに失礼なことを聞いていると感じたようで、イワンは若干憤慨しながら、

「計算はできます!そもそも幼少の頃から、一通りの教育は受けていますから。ハルキフにいたときは、行政部門で働いていましたよ。行政の司令官の下で、上がってきた書類の計算間違いがないかとか、出す文書の間違いがないかとか、手紙の類いの清書したりとかやってましたよ」

 エヘン、という声が聞こえそうなくらい自慢そうに言うけど、それは普通の業務で自慢するほどではないと思うけどなぁ。でも、せっかく良い気分になってるんだから、腐らせることもないので、ここは持ち上げておく。


「エラいねぇ。ちゃんと働いて、ちゃんとお給料ももらっていたんだ」

「そうですね。帝都にいたときからは想像もできない生活です。庁舎の中の食堂で、官吏が一緒に同じモノを食べるというのは新鮮な驚きでした。食事に嫌いなモノが出て来ても、残さず食べるように言われたのも初めてでしたし」

「おーーさすがお坊ちゃま育ちなんだ」

「まぁ、そう言われればお坊ちゃまなんですけど。しかし、公式の食事の場では何が出ても、嫌な顔をせず、全部食べるという所作を叩き込まれていたので、ハルキフの食堂でも全部食べていました」

「スゴいね!?どんな嫌いなモノでも食べるの?」

「それはもちろん、腐ったものや毒が混じってそうなものは食べませんでしたよ」

「毒が入っていると分かるの?」

「だいたい分かりますよ。口に入れて、変な感じがするとか、勘が働きます。腐っているのは臭いや見た目で分かりますが」

「としたら、例えば、シュールストレミングって知ってる?あれは食べれるの?」

「シュールストレミング、ですか!?1度食べたことがあります。1度外国の使節団がお土産に持ってきたことがありまして、食べました。臭いを嗅いだだけで気絶する者もいましたが、使節の方が切り分けてくださって、私の前に置かれたので、意を決して口に入れました。ずっと鼻で息をするのを止めていたのですが、口から鼻に臭いが抜けたときはもう死ぬかと思いましたよ。でも、皇帝陛下も宰相もみんな私が食べるのを見ていたので、ガマンして飲み込みました」

「よく飲み込めたね、スゴいよ、君は!」

「あのときの自分は賞賛に値すると思います」

「そうだろう。オレも褒めるよ。だって、オレはシュールストレミングを武器に使っているもん。敵が襲って来たとき、投げつけるとかする」

「それは酷いですねぇ。あらかじめ心構えしていないとき、いきなりアレの臭いを嗅ぐと、死にはしませんが気絶してもおかしくないです」

「その通り。あの汁を掛けられたヤツは、狂ったように暴れ回るよ」

「それは、心の底から同情します。地獄のようなモノでしょう?」

「だと思う。オレはゼッタイに掛けられたくないから」

「私もそうです」

「ちなみに、そのシュールストレミングを食べたときに、皇太子は出ていなかったの?」

 と聞いた途端、イワンの顔が複雑なモノに変わった。しばらく沈黙があって、

「兄は、皇太子は出席していませんでした。体調が悪いということで」

「そうか。皇太子にはオレは1度会ったことがあるんだよ」

「え、ホントですか?あ、大公様が帝都にいらっしゃったときに同行されていたのですね。その時の皇太子はどうでしたか?変わったところはありませんでしたか?」

「変わったところと言えば、全部変わっていたよ。なんか、異常にテンション高くて、いや、異常に気分が上がっているようで、1人でべらべら喋ってて、大公様をもてなそうという気持ちが空回りしているというのか、大公様もこんなのと付き合わなくちゃいけなくて大変だと、大公様に同情したけどね」

「......そうでしたか」

「そうでした。あれから皇太子は変わったの?」

「はい、変わったと言えば変わりました。昔は時折、私とも遊んでくれるやさしい兄だったのですが。ある日突然、変わってしまって......」

「その話、言いたくないなら言わなくてもいいけど」

「はい、そうしてもらえますか。申し訳ありません」

「いや、どうってことないから。そしたら聞いてみるけど、帝都のいたときは、女の子って好き放題してたの?」

「いいえ、私は我慢していました」

「なぜ?」

「皇太子がそちらの方は手当たり次第、というありさまだったので、反面教師といいますか、愛妾を作ることで弱みを握られたくなかったというのか、手を付けた女はいませんでした......」

「そうなの?ほんとに?」

「はい、そうです。よく、世間一般に帝室の男は手当たり次第に女を食い散らかす、という印象を持っておられるようですが、そのようなことはありません。権力に近くなるほど、慎重になります。関係を持った女の親や親類がしゃしゃり出てきて、何とか権力の一端を握ろうとしますから。

 過去には、権力の座に就いた途端、それまで関係した女を全部始末したという皇帝もいたのですよ。ですから、普通は関係を持つ女は慎重に選びます。子供が生まれることを考えないといけませんしね」

 それもそうだけど、大変ね。そんな環境は頼まれても嫌だわ。

「私が帝国を追放されて、ヤロスラフ王国に来て大変なことも多いのですが、自由になったこともたくさんあります。できれば、一市民のまま生きて行きたかったのですが」

「そうなんだ」

「はい......でも、血筋と言うものがどうしても......」

 イワンはずっとこらえていたのか、涙をポロリとこぼした。よくある皇帝近親者の苦労というものだんだろう。

「ハルキフで好きな子でもできたとか?」

「はい、実は......タチバナ様にお話しても、どうにもならないことなのですが」

「まあ、そうだけど、話せば楽になることもあるから聞くだけ聞くよ」

「ありがとうございます。実はハルキフで、娼館に連れて行ってもらいまして」

 娼館?ちょっと風向きが危なくない?

「そこで馴染みの女ができたのですが」

「そんなに通ったの?」

「いいえ、私の給料では月に2度くらいしか行けなかったのですが。最初から相手をしてくれた女の子と意気投合いたしまして、疲れた私を呪文を使って癒やしてくれるような優しい女性で......」

 それって、もしや?まさか?これ以上聞いてはいけないような?

「アビルと言う名前の女性なのですが、彼女に抱かれていると、まるで母に抱かれているように心安まるといいますか。私は、立場が立場ゆえ、乳母に育てられ、母に抱かれることは数えるほどしかなかったので、母の愛情というものも良く分からないのですが、きっと母に包まれ抱かれるというのは、こういうものだろうと思わせられるものが彼女にはありました」

「そうなんだ。でも、それってイワンが初めての女だったからじゃないの?」

「いえ、女は帝都にいるうちに経験しておりました。乳母が手配してくれて、後腐れのない女を経験しておりましたし、チェルニにいたときも経験しているのですが、アビルほどの安らぎを感じさせてくれる女はいませんでした」

「そうなの......それはスゴいね」

「はい。ゆくゆくは彼女を身請けして一緒に暮らしたいとも思っていたのですが、突然旅立つことになって、別れの言葉を言うこともできず、心残りです」

 そうなんだ、いわゆるオレとイワンって、ひろーーーい意味の兄弟なのかしら?あ、オレグもだけど。そんなに心残りだったけど、あの村では勇猛果敢だったけど、心と下半身は別物ってことはよくある話だから、ノーカウントね。


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