サマラの宿で
サマラのロマノウ商会で聞いたニュースについて皆で話し合う。話すといっても大公様を追いかけるのは変わりないのだが、どうやって?ということ。5人が馬で早馬のように駆けさせていくのか、先行して誰かが駆けて行って大公様に追いついてニュースを伝えるか?ということ。
ウラジさんは焦ってる。少しでも早く、それこそ、まだ夕暮れ前なのだが、夜に昼に馬をついで走らせて大公様に報告したいと主張している。
オレはイワンを護りながら進みたいと思い、元々それがオレの任務なんだし、なるべく目立たないようにして帝都を目指したい。ということは、ここからは馬車を使わず、一般の旅人に紛れて歩いて行こうかと話す。ここまでは山道だったので、ミンを歩かせるのは負担が大きいだろうと思っていたが、ここから帝都までは平坦な道が続くので少女の脚でもそれはそんなに大変ということはないと思う。
イワンもそんな急いでいる風でもない。イワンから、なぜ帝都に行くのかは明かされていないが、とにかく安全に帝都に着くことが目的のように思える。
王国と帝国で戦争が起きたと聞いても、遠く離れているオレにはどうすることもできない。大公様なら、こういう事態を予想していて、予め対策を考え、残してきたのではないかと思うのだ。それにポツン村は王国の真ん中より少し西寄りで、戦場になりそうなチェルニとか王都ユニエイトからも結構離れているので、たぶん戦火が及ぶことはないだろうと思っている。万が一、何か起きても、クルコフ子爵様、ロマノウ商会、リファール商会がなんとかしてくれる、と思い信じている。
とにかくあれやこれや心配しても、オレにはどうすることもできないのだ。目の前のことに全力を注ぐしか、ないっつうの!
でもウラジさんは頑として主張を曲げない。最後には1人でも先に行って大公様に伝える。1人で行った方が(足手まといがいなくて)早く追いつけると言い出した。ウラジさんがオレたちを迎えに来たのはイワンの安否を心配した大公様が寄越したものだったろう?なら、ここはイワンとともに安全に配慮して進むのが、大公様の命令に沿う行動だと思うのだが、戦争が始まったと聞いた途端、いても立ってもいられなくなったようだ。顔が赤くなり、話しながら唾を飛ばす。これまでのウラジさんの印象と真逆で、いつも余裕持って俯瞰して物を見るような所が全くなくなっている、
こんな状態の時って、ゼッタイ物事が上手くいかず、予想もしないことが起きる気がするけれど、話せば話すほどウラジさんは聞いてくれなくなった。
もう仕方ない。オレたちは1泊するが、ウラジさんはすぐに出立することになった。
「タチバナ様、先に参りますが、呉々もお気をつけていらっしゃってください」
「ウラジさんも気をつけてください」
「ありがとうございます」
よほど気が急いているのだろう、挨拶したらすぐに馬に乗り走り去ってしまった。
「大丈夫だろうか?」
とつぶやいたらヨハネが、
「かなり危ないでしょう」
「危ないか?」
「たぶん」
「どうして?」
「馬であんなに急いで駆けさせると目立ってしまいます。それに、ウラジさんは見るからにヤロスラフ王国人です。帝国の中を急ぐ異国人なんというのは、怪しいことこの上ないでしょう。凶徒に襲われなくても、帝国の治安部隊が不審に思うでしょう。また、まともな治安部隊なら必ず取り締まるはずです。止められそうになって、あらがったりすると殺されても不思議ではないと思いますよ」
「確かに言われてみればそうだな。そうなると、無事に大公様の所に着くことを祈るばかりだ」
「そうですね。ところでマモル様、あそこに仲間がいるのですが、こちらにこさせてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、良いけど、そんな注意しないといけないのか?ヨハネの仲間なのだろう?」
「そうです、同朋です。彼を私が呼びました。我々を調べさせようと思いまして」
「調べる?何を?」
「はい。誰か『Mark』を付けられているのでないかと思いまして」
「『Mark』か」
「そうです。『Mark』です。おかしいと思いませんでしたか?イワンが合流してから、付け狙われるようになったことを。我々は馬車に乗って移動していましたが、外から見て特別目を引くようなことはありませんでした。それなのに的確に馬車が襲撃されています。これは何か理由があるはずだと思いました。
それで思いついたのが『Mark』です。あまり離れると分からなくなりますが、そこそこ近くなると監視相手がどこにいるか分かるようになります」
「うん、オレもやられた記憶がある。あれはやっかいだ」
「そうです。それで彼を呼びました。彼は『Mark』が付いているかどうか分かります。そして『Mark』が外せます」
「そうか、それなら頼もうか?」
ヨハネが仲間を呼んだ。どこにでもいるような平凡な男、ゴダイ帝国のどこにでもいそうな男。でもヤロスラフ王国人ではない。
男は近づくとオレに一礼して、オレを見ながらつぶやく。次にミンを見てつぶやき、その次にイワンを見てつぶやいた後、嫌そうな顔をした。顔を歪めた、という感じの表情を見せた。もう一度何かつぶやく。最後にヨハネを見、つぶやく。
その男はヨハネに何かつぶやき、オレたちから離れていった。
ヨハネが言う。
「イワンです。イワンが『Mark』されていました。しかし、彼が『Mark』を外したので、これでもう大丈夫でしょう」
イワンは驚いて、目をまん丸に見開いて手をブルブル振って、オレは知らない、関係ないっていうようにしている。大丈夫だって、オマエが襲撃者を引っ張って来ているんじゃないってことは分かっているよ。
「ヨハネ、これで外れたなら、明日からは大丈夫だとは思うが、より一層注意していこう。でも『Mark』っていうのはどうやって掛けるんだろう?ヨハネ、知っているか?」
「聞いた所によりますと、術者が対象者を見て『Mark』と唱えれば掛かるとか?」
「そんなに簡単に掛かるの?そんなに簡単に掛けられるなら、イワンがどこで掛けられたって気が付かないよな?」
イワンは深刻な顔をして頷き、
「思い当たることが多すぎて、誰に掛けられたのか検討もつきません」
「そうだろうな。もしかしたら、イワンに『Mark』掛けたヤツが一緒に旅をしてて、明日の朝とかまた掛けるかも知れんし。その時は仕方ないと思うしかないよ」
「そうですね」
イワンは肩を落として、落ち込んでいる。ヨハネはいつも通りの表情だし、ミンはお菓子を食べている。




