ポツン村の日常
チャプチャプ。チャプチャプ。
ポツン村の横を流れる川の洗い場で、ミワはおしめを洗っている。もちろんマモルの息子のおしめである。
おしめは当然木綿製であって、赤ん坊が汚すと川で洗い濯いで干す。普通の家庭では、干したものをそのまま使うのだが、ポツン村では『Clean』を使える人間がいるので、乾いたところで『Clean』をかけて使っている。
マモルの息子の名前は、まだ付けられていない。マモルが帰村するまで待つ、というスタンスになっている。乳幼児の死亡率は高く、生後一年まで生き残るのも大変なことであり、急いで名前を付けても死んでしまったら元も子もないので、急いで付けることもないのがこの世界の風習である。
ミワの隣でカタリナ、サラも洗濯をしている。領主の妻2人と仮妻1人が並んで洗濯しているが、領主の妻は洗濯などする必要がない、とは誰も言わず、当たり前の光景である。一応、誰が発明して広めたのか分からないが、ポツン村ではビール工場の福音派の者たちが石けんを製造しているので、それを使用している。
川の少し上流では食器などの洗い物をしている。汚れをあらかた落としてから、最後は湧き水で濯いでいる。
ミワは、この川の水はキレイだが、この川の上流の町や村でおしめを洗っていたらイヤだなぁ、と思いつつおしめを洗っている。しかし、川の下流にこの村の生活排水が流れていくことについては気にならない。きっと上流では汚水が流されているが、自分に見えないし、この村に来たら水の汚れもないので、まぁいいかと考えている。
前の世界では、割ときれい好きのつもりだったが、この世界に来て、きれい好きなんて言ってては生きていけないことが、転移してすぐに分かった。キレイな水というものが、ひどく貴重なもので、安心して飲める水がなかなか手に入らないことが良く分かった。『Clean』使えることが、生きて行く上でいかに重要なことか、それを持たせてくれた神に感謝している。『Water』を1度使い、コップ一杯の水を出すのに魔力が尽き死にそうな思いをしたので、以後『Water』は封印している。
村の広場では15才から40才の男を集め、軍事訓練が行われている。男たちは誰もが戦場に行く可能性があることを認識しているため、真剣に訓練に従事している。ここで生半可な気持ちで訓練していて、いざ実際の戦場で動けず、わずかな身体の動きや剣さばきの差で、死んだりケガをすることもあるのだ。真剣に訓練をし、動作を身に付けることが自らの命を長らえる可能性を広げていると分かっている。バゥ、ミコラ、オレグと言った戦場経験のある者たちの指導を文句一つ言わず、受けている。
洗濯を終え、物干しに洗濯物を掛けているとき、サラが突然言い出した。
「ミワさん、私の言ってること分かる?『Me〇※Sh△□』って」
「すみません、ちょっと聞き取れないところがありました。カタリナ様は聞き取れましたか?」
「いえ、私は何も。サラさんがゴニョゴニョ言ってるだけに聞こえたけど、ミワさんは分かったの?」
「はい、少しだけ分かりましたけど。サラさん、それが何か?呪文でしょうか?」
ミワの返事に少しサラは驚いたようで、
「さっき言ったのは呪文だってミワさんは分かるのね。ミワさんが一部でも分かったというのは、もしかしたら使えるということかしら?これは祖母から教わった呪文で、我が身を犠牲にしてでも誰かを守りたいと思うときに使いなさいと言って教わったの笑。大変な呪文でしょ?でも、カタリナ様、覚えてますか?タチバナ村にルーシ王国の兵が攻めて来たとき、ノンさんが自分自身を爆発させて敵を全滅させたのを。これはあのような呪文と同じだと聞いているので。呪文って人に合うモノ合わないモノがあるから、祖母がいろいろ教えてくれた中で唯一聞き取れた呪文なんです。祖母はねぇ、役に立つ呪文を教えてくれなくて、結局これだけ教えてくれたの。
こんな呪文を使う日が来なければいいけど、なんとなく不安な気持ちが晴れないので。今まではこんなことなかったのですけど。今日もどこかで戦争が起きているのに、私は川でおしめや服を洗っている日が送れているなんて、こんな平穏な日が続いていいのかしら、と思うのですけど」
ため息をつきながらサラが言うとカタリナは、
「この空のずっと向こうにマモル様がいらっしゃるのですよねぇ。どうされているのかしら?ヨハネさんとミンちゃんと一緒だから、そうそう危ないこともないと思うけど」
「そうですよね、どうなさっているのかしら?」
しばらく無言が続いたのでミワが聞く。
「お二人とも、呪文が使えると聞きましたが、どんな呪文が使えるのですか?」
カタリナとサラは顔を見合わせ、フッと笑った。カタリナが、
「私もサラさんもマモル様に魔力を見つけて頂いたのですが、使える呪文はほとんどないんですよ。私は『Cure』と『Clean』しか使えなかったのですけど、最近は『Sleep』が使えるようになりました。息子がむずがってなかなか寝てくれないときに、ちょっと使って見たら使えるようになって笑。でもね、アノンさんに聞いたら、赤ん坊が泣くのは何か異常を伝えたいときだから、あんまり使わない方がいいと聞きましたし。だからなるべく使わないようにしてるのですけど、夜中に泣き出して、おっぱいでもおしめでもないときは、本当に困って、抱っこしながら『Sleep』掛けると、すやすや眠ってくれたりすることあるのですよ。
でも効き目弱いときあって、寝たと思ってベッドに下ろすとまた泣き出したりするから、もう一度抱っこするんですよ。抱っこしたらすぐに静かになるのですが、ベッドに置くとまた泣いちゃって」
と言って笑う。サラとミワは、そもそも呪文自体が効いていないのだろう、と思ったが、それは言わない。
カタリナに続いてサラは、
「私はカタリナ様と同じように『Cure』と『Clean』が少し使えて、あと『Store』も使えますよ。マモル様に頂いた誓いの剣を持ってます。ほら」
と言って小剣を出して来た。それを見たカタリナも、
「そうでした。私もマモル様から頂いた誓いの剣を仕舞っていました」
と言い出す。ミワが剣を見ると、それぞれカタリナとサラの名が刃に彫ってある。
「私はまだ頂いていません......」
とミワが言うと、カタリナとサラは慌てて、
「ミワさん、大丈夫ですよ。マモル様はきっと、今回の旅で買って来られますよ」
「そうですよ。帝国には良い刀鍛冶がいるそうですから、買って来られます。楽しみにしておられれば良いですから」
となだめてきた。
「それはそうとミワさんは何の呪文が使えるのでしょう?」
気まずい方に流れた空気を変えようとカタリナがミワに質問する。
「私はちょっと強い『Cure』と『Clean』と『Store』と『Blast』が使えます」
「え?なんと言われました?最後の呪文が良く聞き取れませんでしたけど」
「カタリナ様、たぶんそれは適性のない呪文なんですよ。攻撃呪文か何かでしょう、ミワさん」
カタリナが聞き取れず、サラも同様だったようで、ミワに聞く。
「そうです。さっき聞いた感じからすると、ミンちゃんのお母さんのノンさんの使った呪文と同じような気がします。
あと私の『Cure』って女の人に偏重しているようで、女の日を軽くするとか、偏頭痛を和らげたりしますよ」
「あー、それはマモル様もやってます。天気の変わり目に頭が痛いと言って『Cure』を掛けておられますよ」
「そうなんですか?じゃあ、違うのかなぁ。あと仕事柄、お客様から病気もらったりることもあるじゃないですか?軽いモノだったら私が治してました」
「あぁ、そうね。そういう病気はつきものだものね。館の皆さんに歓迎されたでしょう?」
「はい、それはとても。お陰で身請けされるときに、お母さんから、あ、館の女主人ですけど、たまに遊びに来て診てやって、と言われました」
「そうでしょうね。ミワさんなら、こんなとこに来なくても『Cure』で身を立てられたかも知れないわね」
「そうかも知れないですけど、私は誰かに寄り添って生きていく方が楽ですから」
「「それもそうね」」
女3人で笑う。未だこの村の平和を乱すものはない。
今の日本でおしめを川で洗うという光景は見られないと思いますが、昭和50年代では普通に見れたと思います。我が家の横の農業用水路は流れが早く、無色透明な一見キレイな水だったので、水面まで降りていけるように階段を設けて洗えるようになっていました。汚物を用水に流して濯いだ後、洗濯機で洗ってました。
その当時、用水の水はキレイと言っても、家庭の生活排水(トイレ以外)はすべて川に垂れ流していました。上下水道は来ておらず、井戸水(毎分10ℓくらい湧いていたでしょうか)の大半が川に流れていたので、チャラになっていたか?いや、なっていませんよね。その用水路は下流で水田に流れ込む訳ですから、赤ん坊のウンコやシッコが米の水になっていたわけです。
今や上下水道が整備されたので、生活排水も用水炉に流れ込むことはなくなりましたが、他のモノが流れ込んでいます。上流にゴルフ場があれば、少し前までは大量の除草剤が撒かれていたのでそれが流れ込んでいましたし、本当に無農薬有機農業を行おうとするなら、山の中しかないように思うのですが。無農薬有機農業というのはとにかくコストがかかるものだから、同じ作物でも3倍4倍の値段で売っていても安いと思いますが、いかがでしょうか。




