お誘いあって
相手をする予定の村の女の子、女の人を呼んで来て、並んでもらって『Clean』『Cure』と掛ける。ま、これで大丈夫だろう。女の方たちには大変失礼なことかも知れませんが、皆さん「何をされたの?」という感じの顔をしているし、もしご病気をお持ちでしたら、それはそれで良かったので良しとしたい。もちろん、テントを出て来た男どもにも呪文を掛ける。3人とも目がキラキラしている。ヨハネは遠慮するかと思ったけど、溜まっていたんだろうか?これから機会あれば行かせるようにしたらいいかな?そういうオレもハルキフで抜いたので、ややというかかなり溜まり気味なんだけど、これは仕方ないことだ。
3人が消えて行く姿を見ているミンが、
「マモル様も行ってくれば良かったのに」
と寛大なことをおっしゃる。顔は怖いが。
「だって男の人って必要だし......」
さらに男の生理を分かったように言われる。しかし、それは表面上のコメントというのはもちろんの話なので、ここは否定する一択ですよね。
「オレは良いんだよ。オレまで行ったら、誰がミンを守るんだって」
「それもそうだけど。露骨にマモル様を誘っている人もいたよ」
そう、オレしか見ていない女の人もいました。やんわりとお断りしましたけどね。それでもミンはやっぱり少しご機嫌悪いようで、口調が危なくなってきている。ここはシラを切る一手ですって。
「そう?気が付かなかった。でもな、オレは行きたくなかったんだって」
「そうなのかなぁ......」
疑い持たれているけど、この話はもう終わらせよう。
「ま、寝よう。明日は早いぞ」
「うん」
割り切れない思いを抱えたミンは、オレの後についてテントの中に入ってきた。そして何事もなく眠りにつく。が、夜中3人がワイワイガヤガヤ騒ぎながら帰ってきた。3人はオレとミンの寝ているテントとは違うので、あのテンションをぶつけられることもないのだが。
仕方ないなぁ、と思いつつ、黙っているとミンが小さい声で、
「バカ」
と言った。当然、3人に向けてですよね。ミンは寝ていると思ったけど、起こされた?それとも起きた?オレは聞いていないフリをしてスルーする。でもなぁ、イワンたちのテントの話し声がダダ漏れで聞こえてくるんだよ。特にイワンの声が通ってくる。ウラジさんとヨハネは低い声で相づち打ってるだけのようだけど、イワンは武勇伝を朗々と語っておられるようで。皇帝の血筋というのは、よく通る声が遺伝するのだろうか?なんて思うけど。とにかく、これは男という悲しいサガの通る道なんだろうな。ビクトルも現在進行中なんだし。
最後の方は、ウラジさんがイワンを怒鳴って静かになった。ウラジさんもイワンの出自を知っているようだけど、あまりのテンションの高さに怒鳴らないと収まらないくらいのもんだったんだろう。
翌朝は、未だにテンションの下がらない元気溌剌のイワンと、ゲッソリした顔のウラジさんとヨハネ。ウラジさんが一喝した後も、イワンは滔々と語っていたんだろうか?イワンは童貞と言うわけではなかったのに何がそんなにテンション上げたのかと思ったら、女の人お二人と組みつほぐれつというイベントだったそうで(ヨハネ談)、それが盛り上がったそうです。うんうん、気持ちは分かります。でも、語るのに唾を飛ばさないでください。ミンがドン引きだし。
村を出発するときは、朝早いにもかかわらず、夕べの女性陣がお見送りにきてくれたし。帰りも村に泊まってね、という熱烈なアピールが込められている。でもきっと、きっと帰りはイワンはいないと思うけど。
それはともかく、御者台にはウラジさんとヨハネが座り、イワンとオレ、ミンが荷台に座っている。イワンはルンルンで、まだまだ夕べのことを語りたいのだけど、ミンがすっごい目をして睨んでいるので、さすがにこれ以上、語ることはできないということをやっと分かっていて自重している。ウラジさんとヨハネは、イワンの話を聞かなくて済んでるのでほっこりとしながら話をしている。昨日までと違って、敵の襲って来そうな気配がしない。山道が続いて襲うにはもってこいの場所もあるのに、襲ってこない。途中の宿泊した村でも何事もなかった。拍子抜けしながら、ついにサマラに着いてしまった。いや、イワンが夜になるとソワソワして落ち着かなくて、それを押しとどめるのに苦労したよ、ホントに。こいつ、自分が狙われているって自覚がなくなっているんだよなぁ。どうしてこんなヤツを護衛しなくちゃいけないんだって思うよ。
サマラに着いたのは良かったが、すでに大公様は3日前に出発されていた。そのため自分で宿の手配からしないといけない。ウラジさんに聞くと、大公様は町で一番の高級宿に泊まっておられたそうだが、オレらは自前で泊まらざるを得ないので、中心街から外れた小じんまりとした宿を選んだ。小さい方が警備もしやすいような気がしたし、値段も手頃ですから。
宿を決めてからロマノウ商会に行く。出張所は前と変わらない場所に、以前のままの外観で存在していた。とても繁盛しているようには見えない。
「失礼しまーす」
店の中に人気がなく、商売しているのかと疑問に思うような佇まいも以前と変わらない。それでも奥の住居部から「はーーーい!」と女の人の声が聞こえてきた。
奥から女の人が顔を出して来て、オレの顔を見て、
「あら、タチバナ様。お久しぶり!主人はおりますよ、少々お待ちください。ちょうど今昼寝しているもんで、ちょっとお待ちくださいね」
と言って、奥に引っ込んで行き「あなた、ちょっと、お客様よ、タチバナ様よ、ほら、起きて、ヤロスラフ王国からタチバナ様がいらしたんですよ、起きてくださいな」という声が聞こえて来る。オレたち5人は顔を見合わせ苦笑い。
しばらくして所長のザランさんが出て来た。
「いや、お待たせしてすみません。滅多にお客さんがいらっしゃらないので、奥で昼寝してました」
などと正直に言っているが、それで良いのだろうか?少しは取り繕った方が良いと思うけどなぁ。でも嘘をついてもすぐ分かるけど。
「タチバナ様をお待ちしていましたよ。お伝えするように伝言が二つ来てますから」
ほう?こんなところ(失礼な言い方だが)にオレ指名の伝言とは?それってものすごく金がかかっているのじゃないの?
「伝言というのは誰から?」
「会頭からです。昨日到着しました、伝書鳥が飛んで来ました」
鳥!?よくぞこんな所まで飛んで来ましたね。
「会頭から?その内容はなんでしょう?」
「1つは良い話で、タチバナ様の奥さまに男の子が産まれたそうです。母子ともに健康と言うことです。おめでとうございます!!」
「おぉ!!」
意外な内容で驚くと共に、歓びが爆発した。
ミン、ヨハネも喜んでくれているし、イワンとウラジさんも「おめでとうございます」と祝いの言葉を言ってくれている。
しかしまさか、そのニュースを伝書鳥がもたしてくれるとは!?会頭だからこそ、こんなコストのかかる方法で教えてくれたのか。会頭は一応はオレの義理の父親なんだし(結婚式のときの)、伝えなくちゃと思ってもらえたんだろう。でも、村を出てそんなに時間が経っていないように思うけど、予定より早かったんじゃないかな?母子ともに健康というのは嬉しいけど、アノンさんが上手くやってくれたのかな?とにかく感謝、感謝しかない。名前はどうするのかな?普通はオレが決めればいいのだろうけど、当面帰れないのに、待ってもらえるかな?顔はオレに似ているのかなぁ?カタリナに似てて欲しいんだけど、どうなんだろう?男の子は母親に似ると誰か言ってなかったっけ?あぁ、早く帰りたい!
「マモル様、いつまでもニヤニヤしてないの!」
ミンに言われて、我に返った。
「気持ちは分かるけど、今は違う国に来ているから、しっかりしてね」
とさらに釘を刺される。
「ミンは嬉しくないのか?弟ができたんだぞ」
「嬉しいけど、マモル様みたいに魂を飛ばすほどじゃないから」
「あ、そうですか」
これは落ち着かないといけません。でも、サラさんもアノンさんも喜んでくれているかなぁ?リファール商会の会頭夫妻は孫の顔を見に来てくれたかなぁ?カタリナは末っ子で上に兄姉がいるから、孫なんてさんざん見ているわけだから、あっさりしたものかな?でも末っ子の子どもは可愛いというし、どうなんだろう?生まれたばかりだけど、溺愛されているかなぁ?「オレが名前を付ける!」なんて会頭は言ってんじゃないかなぁ?そしたらカタリナに「マモル様に名前を付けて頂きますから!」って言われていたりして。でへへへへ......。
ゴツン!足が蹴られた。おぉっと自分の世界に入り込んでしまっていたぜ!
「すみません、それでもう1つの伝言というのは?」
オレはニヤけ顔だと自覚して質問すると、所長はひどく深刻な顔で、
「はい、悪い話です。ゴダイ帝国がヤロスラフ王国に攻め込みました」
「「「「「えっ!?」」」」」




