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イワンのこと

 それっきりヨハネは何も言わなかったので、オレも聞き返さなかったけど、イワンに福音派の者が我が身と引き換えにイワンを護っていると認識させるということが重要なのか。イワンというヤツは若いが品があるし、ヤロスラフ王国で言うなら王族か高位貴族の子弟と言った所に感じられる。初めて会った時の貫禄の足りないイズ公爵様の感じである。上手く成長すれば国を動かすようになるかも知れない。

 

 オレはイワンの護衛をして、ヨハネがオレとイワンとミンの護衛をするという図ができている。イワンは村人と一緒に祈りの言葉も〆の話も立派にこなしていた。村人たちも感謝していたし。


 翌朝は村の葬儀の後、村の外に出て埋葬までイワンが仕切っていた。村人から感謝され、イワンは嬉しそうにしている。こんなに多くの者から感謝されたのが初めてのようだ。


 村に戻り、福音派の死んだ者たちの埋葬のためにイワン、ミンを連れ山に入る。イワンは福音派に対する嫌悪感があるからだろうが、嫌そうな雰囲気を出しているが、ここは有無を言わず連れて行く。


 福音派の埋葬では、どこにこんなに人がいたんだ?と思うくらい、20人ほど集まっていた。掘られた穴にククンの遺体を出し、納めると皆一斉に頭を下げた。オレたちは部外者なので何もすることなく、黙ってみている傍観者に過ぎない。最後に福音派の者たちが、どこから用意してきたのか花を1本ずつ4人の墓の上に置いている。墓と言っても墓標があるわけでなく、ちょっとこんもりとしたくらいの土が盛ってあるだけで済ませてある。

「ちょっといいか?オレも1本手向けよう」

 と言って前に出ると福音派の者たちは皆とても驚いている、

「ありがとうございます」

 福音派の者たちはオレが花を手向けると非常に感じ入った雰囲気になっている。


 終わってイワンの横に戻るとイワンが

「タチバナ様、よろしいのですか?」

 と聞いてきた。

「何が?」

「タチバナ様は正教徒でしょう?」

 と言われてやっと気が付いた。ここは異教徒と言ってもいい福音派の葬儀に参列する、ということは正教会から見て、厳格に教義を運用されると背教者と言っても良い行為になるのだろう。

「イワンは見なかったことにしてくれ」

「私はキーエフ正教徒ではありませんので、あの行為を咎めるつもりはありませんが、気になっただけです」

 それなら言うなよ、と思いつつ、確かにそれもそんなんだよな、もしかして弱みを握ったつもりなの?と思ったりもした。


 埋葬が終わり、村に向かって歩く。村の近くに来たとき、ヨハネが立ち止まり話し出した。辺りを見回し人気のないことを確認し(たぶんレーダーで確認していると思うが、一応目視確認したということでしょう)、

「イワン様、あなた様のご出自をマモル様にお話ししてもよろしいでしょうか?」

 突然言い出した。イワンはびくっとしたが頷く。ヨハネがオレとミンの方を向き、

「イワン様のお名前は、イワン・ソコロフとおっしゃいます」

「そうなの」

 オレの反応にイワンとヨハネはガクッときている。ミンは無反応、たぶんミンも知らないようだ。

「ご存じないですか?マモル様」

ヨハネに尋ねられるが知らないものは知らない。

「うん」

 素直に首肯すると、唖然とする2人。力一杯呆れているよね。

「ミン、知ってる?」

「うん、ゴダイ帝国の人でしょ?」

 あ、オレより物知りだった。もしかしたら、それはこの世界の常識なんだろうか?オレってそこまでの無知の人、おバカさんだったのか?かなりショックだ。ミンにさえ負けてると言うのは。


「そうです、イワン様はゴダイ帝国の第2王子です」

 イワンはヨハネの言葉にもちょっとショックを受けたようで、

「そこまで知っていたのか?しかし扱いは今までと変わらない?」

「私はマモル様の配下であり、ゴダイ帝国の民草ではありませんから」

 あっさりと言う。イワンはちょっと困ったような顔をしてオレを見るけど、

「オレもイワンに対する口調は変えないよ。だって、イワンの出自を明らかにするなら、口調や対応を変えるけど、しばらくは隠しておくんでしょ?それなら、口調はこのままで行く方がいいんじゃないの?」

「確かにそうですが......」

「だってイワンみたいな若造にオレやヨハネが丁寧な言葉遣いして、丁重な態度取ってると、誰が見てもイワンは偉い人って分かるよ。貴種って分かっていいの?イワンって、今はどこに住んでいたの?何か仕事していたの?」

「それは......ハルキフで行政府の臨時職員でした。王子というのは明らかにしていません。正職員になるわけにいかなかったのです。正職員になると職員名簿に名前が載ってしまい、帝都政府に報告が行ってしまいます。ですから臨時でした。ですのでこれからも王子と分かってはいけません。帝都まで隠して行くつもりです」

「なら、これまで通りで行くしかないでしょ?」

「しかし、タチバナ様は私の出自を知っても、今まで通り対応して頂けますか?」

「うん、大丈夫だよ。ミンもヨハネも問題ないでしょ?」

「うん、大丈夫」

「マモル様がそう言われるのであれば、そのように致します」

「ほらね、イワン。これでいいでしょ?」

「はい。分かりました。釈然としないものがありますが、私の望んだ形がそうなので異存はありません。しかし、普通は私の出自を聞くと恐れおののくのが普通の反応なのですが」

「そこはほら、オレは『降り人』だから」

「それは分かっているのですが......」

「なに?もっとちやほやされたいと?もっと尊い者として扱って欲しいと?」

「いや、そういうわけではありませんが.......」

「でもそういう感情はあるんでしょう?」

「うーーーーん、もうその話は止めましょう。すみません、今まで通りよろしくお願い致します」

「こちらこそ、よろしくお願い致します。オレだって最初からおかしいと思っていたんだよ。だってこんな顔して、なんとなく品があるのに、名前しか言わなくて姓を言わないなんておかしいでしょ?そんな姓のない人間を大公様のとこに連れて行けなんてゼッタイおかしいって」

 イワン、苦笑いである。


 村に帰るともう昼が近い。今から出発すると次の村に着くのは夜になると言うので、この村でもう1泊することにした。

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