弔い
「この者たちに食糧を与えてやってもらえませんか?」
ずっと黙っていたイワンが言い出した。なんだ、オマエ、そう思うなら自分がやれよ、と思う気持ちは自然でしょう?ミンは黙って男の子の身体を撫でながら赤い斑点を消している。ミンの背中が「何を偉そうに」と語っているよ、オレもそう思うよ。
「イワンがそう思うなら、自分で出せばいいだろ?」
「そう言われても、私は持っていないので」
「オレの持っているのを出すのはいいけど、オレのだってタダじゃないのよ?買うのにお金かかっているわけ。後でイワンが払ってくれるの?それなら出すよ」
「う......分かりました。今は持ってないのですが、サマラに着いたら払います。払いますから、食べ物を分けてやってもらえませんか?」
「サマラに行ったらというけど、当てはあるの?」
「それはですね......」
イワンが言い淀んでいるとミンが振り向いて首を振ってきた。ミンの目が「もう許してあげて」と言っている。
「いい、置いていくよ。でも、この家にだけ置いて行っても、両隣や周りの家もみんな飢えていると思うぞ。オレの置いて行ったのは、一時しのぎのなんだぞ、砂漠に水っていうようなもんだからな」
「砂漠ってなに?ねぇ、砂漠って?」
ミンから余計なツッコミが入るけど無視して、食べ物を出して机の上に置く。この家にだけ出しても仕方ないだろうし、後で村の真ん中に出して置こうか。でも、大熊を仕留めたから、あれの肉が当分あるんじゃないのかな?
「アタシが若けりゃ、この身体でお礼するんだが」
とばあさんが呟いているけど、そんなのいりませんから。ミンは、いくらなんでもこのばあさんならオレが手を出さないと思っているのか、無表情だけど警戒してはいませんね。
ばあさんの据え膳は食わないことにして、村の広場に戻ると死んだ者を並べて通夜の準備をしている。向こうでは大熊の解体をしているし、家の後片付けもしているから、かなり慌ただしい状況である。遺体が並べられた奥に机が置いてあって、たぶんそこに供物を置くのだろうけど、何も置いていない。この村の状況なら旅人を泊めた時に出す夕食の材料などを置くしかないだろう。ただでさえ貧しいのに、大熊に襲われて死者やケガ人が出たというのは大きい被害だろう。そうなるとろくに置く物だってないだろうし、結局オレが置くしかないだろう。
と言っても、葬儀の定番の花なんて置いても喜ばれないだろうし(持ってないけど)、すぐに食べれるものが良いのだろう。となると小麦、大麦、サツマイモなどの穀類、芋類ということになるんだろう。砂糖なんていうものを置くと、扱いに困るだろうし。ビールは......嗜好品より、腹の膨れるものが欲しいと思うので、出さないで置く。金になるという意味ではありがたがる者もいるかもしれないが、相場というものを知らないだろうし、扱いに困りそうな。みんなで飲んでしまって、酔い潰れるなんて現場を見るのもイヤだし。
村人が通夜の仕度をしているが、牧師か神父が見えない、そこにいた年寄りをつかまえて聞いてみた。
「あの、この村に牧師か神父はいないの?」
「そんなもんはおらんがね」
「いない?」
「あぁ、おらん。こんな田舎の貧しい村にそんなもんはおらんよ。教会を建てる金もないようなところに来るわけがないがな。来ても神父さんが食っていけんがね」
「そうなのか?」
「あたりまえじゃ。なんでもかんでも金次第じゃからの」
なんとも世知がない話だ。が、イワンが
「私が代わりにやりましょうか?」
と言いだしたからオレと年寄りは驚いた。こいつ、何言い出すんだ?という目で見るのだが、それを気にすることなく、
「私は神父の資格を有しておりませんが、成人した後、教会に入る予定にしておりましたので、神学校で学んでおりました。ですから、少しはお役に立てるかと思います」
ほう!こいつ、初めて良いこと言ったよ。年寄りも、
「あんた、神様の祈りの言葉が言えるのかい?そりゃあ、いかった。なら、お願いできっかのう?」
「分かりました。勤めさせて頂きます。しかし、村の皆さまの同意を得なくてもよろしいのでしょうか?」
「なーん、そんなもんいらんよ。いつもそれは、オラがやっとるからの。オラがいいと言ったらいいんよ。気にせんでええよ。とにかく頼むわ」
「では、お手伝いします」
イワンは年寄りに従って、準備の輪に加わった。オレはミンと一緒にイワンの動きを見ている。
ぼーっとしてイワンを見ているとヨハネが戻ってきた。
「マモル様、捕まえられた敵の者なのですが、死んでおりました。毒を飲んだようです」
「え、そうなの?自殺したってことか?」
「はい。外傷はないですし、顔色がドス黒くなっていましたので、たぶん口の中に毒を仕込んでいたのでないかと思います。それで敵の身元が分かるような物が残ってないかと捜したのですが、何も持っていませんでした」
「そうか、そうだろうね。毒を準備しているくらいの者が身元バレるような物を身に付けているはずがないものな。それでその死体はどうしたの?」
「森の中に放り投げて来ました」
「おお、それはありがとう。手間を掛けさせたね。それでククンの遺体はどうする?」
「それについては、大変申し訳ないのですが、明日の朝に同朋と一緒に埋葬したいと思います。その時はマモル様に立ち会って頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「いいけど、イワンが村の葬式で神の言葉を唱えるそうでオレは立ち会うから、それと重ならなければいいから」
「分かりました。村の葬儀が終わってからで結構です。よろしくお願いいたします」
「いや、こっちこそ、よろしく頼む。
ククンが死んだのは見て知ったけど、オレの見ていないところで福音派の人が何人か死んでるのか?」
ヨハネはちょっと苦しい顔をしたが、
「はい、3人亡くなりました」
「3人か。すまないな」
「いいえ、このくらい大したことはございません」
「そうは言ってももう4人だろう?これからの道中でまだ死ぬ可能性もあるだろう?」
「それは覚悟しております。同朋たちも信仰のために殉ずることを誇りに思っておりますから」
さらっとヨハネが言う。さも当然である、と。オレとしてはありがたいが、正直怖い。何人の犠牲を背負って行けば良いのか?と思う。
ヨハネは声を潜めてオレだけに聞こえるように、
「それにイワン様に我々の犠牲を見て頂くことは重要です」
と言い切った。




