馬車が襲われている
ミンは大丈夫か?そう思うと悪い方にしか頭が回らなくなった。どんどん悪い方へ悪い方へと考えが陥り、心が泡立つ。この場はもう村人に任せよう。馬車に向かって走り出した。
村の外に出ると、馬車の周りで人が戦っていた。ククンを男3人が囲んでいる。と、ククンの剣が跳ね上げられ、肘のあたりから切断され、腹を剣が突き通した。オレの頭の中が瞬間沸騰する。
「うわぁぁぁーーーー!!」
叫びながら男たちの中に飛び込んで行く。3人はオレの方に向き直り、迎え撃つ構えをする。3人のうち、もっともオレに近いヤツの足下に飛び込む。オレが間合いを無視して、そいつの近くに入り過ぎているので、そいつは焦って剣を振り上げようとする。その中途半端に剣が上がった所へ、身体ごと剣をぶつけていく。そしてそいつの脇をすり抜けるように移動して剣を滑らせる。そいつの胸から血が噴き出す。
そのまま隣のヤツの前に出る。さすがにそいつは剣を立てて受けようとする。しかし、完全にオレの勢いが勝っていて剣ごと押し込んでいき、そいつの剣ごと胸にぶつける。剣先を振って首にめり込ませる。その動きにそいつが目を剝く。
後から、
「コノヤローーー!!」
という叫び声が発せられる。振り向きざま、横に動きながら剣を薙ぐ。そこに剣を振りかぶってがら空きになった腹があった。どうしてこうも、人は頭に血が昇ると剣を振り上げて斬ろうとするのか?胴ががら空きになっている。その脇腹を斬り抜ける。そいつの腹からも血が噴き出す。
そして残ったヤツの前に立つ。首筋に少し剣が入っただけで首筋に血が滲んでいるだけだ。だから、そいつは戦意を失っていないようで、剣を正眼に構えている。2人が倒されても逃げるという選択肢はないのか?いや、逃げることができないのか?構えているうちに肩で息をし始めている。オレが前に出ると、その分だけ後に下がる。目におびえが出て来ている。生きたまま捕まえて、誰の命令によるものか聞き出したい。と思ったとき、正眼のまま突いてきた。身体をひねってかわし、剣の腹で首筋を叩く。
そのままそいつはコトンと倒れた。
敵の手を後ろに回しロープで縛る。
「ミン、イワン、出て来ていいぞ。敵は倒した」
ミンが先に顔を出して、
「ククンは?ククンは大丈夫なの?アタシたちに馬車の中で待ってろって言って。アタシが『Defend』唱えるから大丈夫と言ったけど、もし破られたら大変だからって言って、少しでも時間稼ぐって言って出てったの。ねぇ、ククンは?」
と目で捜すうち、倒れているククンを見つけた。ククンは血だまりの中に倒れている。誰が見ても、生きているようには見えない。
「ククン!?ねぇ、ククン!どうして?ほら、『Cure』。どう?ダメ?もう1回『Cure』、ねぇ、ククン?ねぇ、息をしてよ!だから言ったじゃない、出て行っちゃダメっていったのにぃ!」
ククンとは短い付き合いだったけど、ミンとイワンの盾になってくれた。いくらミンが『Defend』を掛けたといっても、敵が『Defend』を無効化できる術を持っているかもしれないのだ。それを考えると、ククンのとった行動は正しかったと言える。
泣くミンの後ろに無言のイワンが顔をしかめて立っている。
コイツなんだよ、イワンを連れてこなければ、ククンは死ぬことにはならなかっただろう?コイツが悪いわけじゃないと思うが、コイツの存在が敵を集めているんだろう?ハルキフでイワンを連れていくように頼まれて、オレが諾と言わなければ、こんなことにならなかった?オレが熱を出して寝込まなければ、大公様と一緒に出発していれば、ククンを殺さずに済んだかも知れない。この先、イワンを連れて行いけば、まだ姿を現していない福音派の者たちが巻き添えで死んで行くことになるのだろう。
そう思ったが、口には出さなかった。この怒りをイワンにぶつけても仕方ない。とにかく大公様の元にイワンを連れていかないといけないのだ。
ポケットから毛布を出し、ククンを包む。そしてポケットにしまう。葬るのは後からだ。
ミンが、
「ククンをどうするの?」
「後でヨハネに葬ってもらう。彼らなりのやり方があるんだ」
「そう」
「それよりミン、ヨハネもやられた。治療してやってくれ」
「え、ヨハネも?」
グジュグジュ鼻を鳴らしながらミンは立ち上がり、村の中に入って行く。動けないかと思ったが、ヨハネが傷ついていると聞いて自分が治療しなければと思ったようだ。
「イワン、オレたちの側を離れるな。まだ敵が残っているかもしれない。夜に襲ってくるかも知れない」
イワンは無表情で従う。とにかくオマエは離れないでくれ。
村の中に入ると人が湧いて出ていた。奥の大熊が暴れた現場に行くに従い人が増えている。ワイワイガヤガヤ言いながら、壊れた瓦礫をバケツリレーよろしく手渡しで、運んでいる。
大熊が倒れている側にヨハネがいた。地面に座っている。立っていられないようだ。
「ヨハネ、大丈夫か?」
と聞くがミンが横から、
「ヨハネさん、大丈夫?ケガをしたんでしょう?『Cure』ね、効いた?」
ヨハネはミンに呪文を掛けてもらうと、さすがに効いたようで顔に赤みが差した。
「もう、大丈夫です。背中をひどく打ったもんで」
ヨハネが少し笑顔で答える。
「そうか。ククンは敵と戦って死んだよ」
ちょっと動揺が見えたが、胸に手を当て
「そうですか。それは仕方ないことです。これでヤツも永遠の命を授かります」
「そうなのか?」
「はい。そう教えられています」
「そうか。まあ、今は深く聞かないことにしよう」
「そうですね。教義について余り大勢の人のいる所で話したくはありませんから」
と話していると、村人たちの方から、
「出て来た。カリンが出て来たぞ!」
「おぉ、どうだ?」
「息をしちょるが、血の気がねえぞ!」
「とにかく、外に出して寝かすんだ」
と言っている。戸板にそのカリンを乗せて、広場の方に運んでいる。村人の1人を捕まえて、
「医者はいないのか?薬はないのか?」
と聞くとその村人は、
「お医者さまなんぞ、こんな貧乏な辺境の村にいるはずがねえよ。薬は取りに行かせた。効くかどうか分かりもせんが、あれしか薬を持ってねぇ」
「それは何の薬だ?」
「裏の山の薬草を煎じた薬だ。腹を下した時に効くんだよ」
「そんなもの、効くはずがないだろう?」
「それしかねえんだ。飲ませてみて、みんなで治るように祈るんだよ」
村人の言葉に呆れる。しかし、この村や夕べ泊まったような村では薬師の作った薬なんて高価で買えないんだろう。昔から言い伝えられた薬が万能薬として何かあったら飲ませられるのか。血が出たら、血止め草の葉を当てて済ませるんだろう。オレの降りた村と大差ないと言うことだ。
振り返ってミンの顔を見る。ミンは、
「アタシがやる!!」
と立ち上がった。




