熊と戦う
大熊は立ち上がって口に何か咥えている。何かはすぐに分かった、人だ。大熊が頭を振って、咥えた人をこっちに投げてきた。
ドサッと音がして足下に人が落ち、血が飛び散った。腹が食いちぎられて、内臓がはみ出している。
大熊がオレたちを認識して四つん這いになった。そしてこっちに向かってダッシュ!大熊の全速力は50㎞と越えると言われていなかったっけ?森で熊と出会ったとしても、走って逃げると言うことは無理だと聞いた。今の状況では関係ないが、とにかく今は戦うしかない。そのつもりで、ここに来たのだ。
と言っても真正面から突進してくる小山のような大熊を、唐竹割りなんてできるはずがないので、横っ飛びに避ける。ゴォッと音がするように大熊が通り過ぎ、行き過ぎてすぐに止まり、立ち上がった。大熊は突進でオレを倒せるとは思っていなかったのか、最初から接近戦で戦うつもりだったのだろう。
大熊を見上げるという表現がぴったりで、大熊の口から妖気があふれ出しているように見える。目の光がおかしい。目の色が真っ赤で妖しい光を放っている。クワッ、クワッと息をするたびに口から吐き出された妖気が周りを汚しているかのようだ。大熊というより魔熊か?
「ヨハネよ、手出しするな。邪魔をするな!」
「しかし!」
「下手に手を出すと、巻き込まれてケガくらいでは済まないぞ。オレ1人の方が上手くやれる!」
「はい!弓矢を使います」
「よし!それくらいならいい」
と話をしているうちに、大熊はのっしのっしと迫ってきた。巨体の移動なのに、なぜか足音がしない。それにしても上手く後ろ足だけで歩くもんだよ。と感心している暇もなく、地面を蹴って上から覆い被さるようにオレに向けて倒れてきた。大熊の脇の下を抜けるように出る。その時に剣を脇に滑らせるように斬る。が、大熊の毛が硬くて滑り、剣が通らない。辛うじて皮膚を少し傷つけたくらいか?ヨハネが矢を射るがまったく大熊の毛を通らない。
大熊の前足が着地と同時にオレに向かってなぎ払われる。大熊は全周が見えるかのようにオレを的確に狙ってきた。オレは後にステップして距離を取ったため、目の前を前足の爪が通り過ぎた。と一瞬の間があって、大熊が首を振って顔が目の前に来た。口を開け噛みつこうとする。さらにオレは後にステップし、ジャンプして大熊の頭を飛び越える。大熊は頭を飛び越えると思っていなかったようで、勢い余って頭を瓦礫の中に突っ込んだ。頭を上に振り上げようとしたが回らない。オレは頭を越えて背中に着地し、剣を立て首に突き立てようとしたが、大熊が背中のオレを払おうと前足で薙ごうとしたので背中からはね飛ばされた。その飛ばされた先に壊された家の柱があり、ぶつかり息が詰まる。
一瞬動きが止まったオレに向かって大熊が突撃してきた。
「こっちだぁぁぁーー!!」
ヨハネが叫びヘイトを稼ごうとする。もちろん、声を発したくらいで大熊が振り向くはずはないので、弓を捨て槍をポケットから取りだし突く。しかし剛毛、もしかして魔毛に邪魔されて、幾らか穂先が入ったくらいか?しかし、大熊は痛かったのかヨハネの方を向く。そして槍をそのまま前脚で跳ね飛ばした。槍と一緒にヨハネが飛ばされ、家の壁に背中を打ち付けた。
「グワッ!?」
という声がヨハネから放たれた。かなりダメージを受けたのか?
今はそんなこと言っていられない。大熊の首筋目がけて剣を振り抜く。ズン!!と剣先が入った手応えがあった。が血管には届かず、肉だけを切ったようだ。それでもさすがに痛かったようで、こっちを向く。大熊の剛毛をカットするようにしても、毛の下の皮膚までは届きにくいか?これは毛並みに沿って斬り下げるしか通らないのだろう。神剣を持ってしてもろくに毛が切れないってのは、どういう毛をしているんだよ、コイツは!?
ジリジリとした緊張がオレと大熊の間に生まれる。睨み合いだ。大熊は突進か飛びかかるしかないだろう?オレはそれを躱すかいなして斬る。大熊もそれが分かっている。剣がろくに通らないことも分かっている。だから肉弾戦になると勝てると踏んでいる。大熊はタメを作っている。オレを睨んだまま、身体を丸めてきた。飛びかかる準備を始めている。
大熊が飛び出す一拍前にポケットから岩を取りだし、大熊との間に置いた。高さ3mはあろうという岩。熊が岩にぶつかったんだろう、ゴツッ!!と音がしたと同時に岩が揺れた。その岩のてっぺんに駆け上がって、下に大熊を見る。大熊はオレを見つけて岩を登ろうとする。その口の中を目がけてポケットから取りだした槍の束を突き入れた。
さすがに口の中は毛ほど硬くないので、槍の束はスポスポスポっと1m近くは入っていっただろうか?大熊もこちらは痛かったとみえ、オレを襲うのを止め、口から槍の束を抜こうとする。大熊が転がった拍子に槍が途中で折れ、さらに槍が口の中に入っていった。槍の穂先が貫通して喉の横からはみ出ている。
チャンスだ、暴れている大熊の後ろに回って首筋に唐竹割りよろしく、剣を振り下ろす!致命傷には至らなかったようだが、肉が見えるくらい切り裂けた。それでも口の中の槍の束の方が痛いのか、大熊はオレの方を向かず、メチャクチャに暴れまくっている。首筋の露出した肉のところから斜めに斬り裂いた。一度露出している部分があると、そこから剣が入って行く。やっと血管に剣が通ったのか血が噴き出してきた。
大熊はやっとこちらを向いたが、口の中からも血が噴き出している。狂乱という状態で、オレに向かってくるというより、あたり構わず物を壊しているが、動くたびに槍の束が口の中に吸い込まれて行く。そしてそれが更に血を噴き出させている。槍の穂先が動脈か静脈に達したのか血の勢いが増した。
大熊がついに横倒しに倒れ、オレに腹を見せている。こうなると急ぐ必要はない。距離を取って大熊の動かなくなるのを待つ。口から出ていた血が呼吸器を塞いだのか、大熊が咳き込み始め、痙攣し始めた。首をかきむしっているが、もうどうしようもないだろう。ただ熊は人間以上に利口な動物だから、これは弱って見せ、オレが近づけば一撃を食らわせようとしているのかも知れないが。槍を取りだし、全力で大熊の喉元目がけて突き刺す。大熊は動かず、そのまま槍の穂先が大熊の喉に入った。もう1本槍を取りだし、左胸を目がけて突き刺す。心臓に達したのだろうか?熊の心臓は胸の奥にあるので、そうそう槍で突き刺すことはできない。
大熊の呼吸が聞こえなくなった。そうだ、ヨハネ。ヨハネは?と捜すと背中をぶつけた壁の下に横たわっていた。駆け寄って声を掛ける。
「ヨハネ、大丈夫か?『Cure』どうだ?効いたか?どこが痛いか?」
ぶつけたであろう背中に手を当て、もう一度『Cure』と唱える。
ヨハネはハァ!と息を吐き出し、細い声で、
「わ、私は、大丈夫です。そ、それより、ミン、様を」
と言う。そうだ、ミンが襲われているかも知れない。
「おーーーい!!熊は倒したぞーーー!!村の者は出てこーーい!!」
と大声で叫ぶ。大熊の壊した家の中にも住民がいただろう。そいつらを助けないといけない。それは村の者に任せよう。
家の窓から顔を出した者がいる。
「そこのヤツ!早く出て来て、壊れた家の中にいる者を助けろ!!まだ生きているだろう!!」
と叫ぶと、その家から老人が出て来た。
「早く来い!!手伝え!オレは医者を呼んでくる!」
「は、はい」
その老人を筆頭にして、わらわらと村人が出て来た。




