アビルお姉さんと会う
ミンが掴んでいる左腕から猛烈な怒りの魔力が伝わって来る……ドス黒い怒りと嫉妬のごちゃ混ぜになった魔力。もう、ミンを見るなんて怖ろしくてできない。
しかしアビルお姉さんはニコニコと笑いながら、
「タチバナ様、そちらの方はお嬢さまですか?大変お美しい方ですね?見とれてしまいましたよ。はじめ、お嬢さまの美しさに目が行きまして、こんなお美しいお嬢さまと一緒にいらっしゃる方はどなたかと思って見ましたら、タチバナ様だったので驚きました」
とのたまわった。さすがこの道のプロということだろうか?ミンの般若の表情を見ていると思うが、それをものともせずに、平然と言葉を発してくる。
「「は?」」
思いもよらないアビルお姉さんのセリフに、オレもミンも目が点になってしまった。それからアビルお姉さんがミンを褒める褒める。ミンは日頃褒められることに慣れてないから、免疫ができていない。だって、村から出るということがほとんどなかったし、今は周りにユィモァとスーフィリアがいたらミンは霞んでしまっている、とミンは思っているし、ユィモァたちが貴族出身なのに自分は平民出身ということもコンプレックスになっている。
だもんで、滅多にない褒められまくりに、嬉しさ100%で天井破りに気分が上がって、ミンの怒りは雲散霧消してしまった。
「あ、あの、お姉さんのお名前はなんと言われるのでしょうか?」
「アタシの名前はアビルって言います。タチバナ様はたまにハルキフにいらっしゃったときに店に来て頂いているんですよ。今回は、こんな可愛いお嬢さまとご一緒ならお店に来られませんね。また、ご都合の良いときにいらしてくださいね♪」
とミンを上手くだまくらかしてくれました。さすがにプロの技ですわね。でも、さっきから頭のクラクラが去らないような気がする。これはミンの黒い感情にやられたのだろうか?後で宿に帰ってからミンに『Cure』を掛けてもらおうか?と言ってもミンの黒い感情で染められた頭を、ミンの『Cure』で治るのだろうか?でも今までこんなことなかったし、ほっとけば治るような気もするし。今までだって、天気悪くなるときは偏頭痛がするんだし、あれよりほんのちょっと悪いくらいなんだし。今は青空なんだけど、低気圧が近づいているんだろうか?
「あの、アビルさんはどこで働いておられますか?」
ミンが聞いたけど、これは単純に興味があったから?それとも引っかけ?目でアビルお姉さんに合図するが、分かってくれたのか『大丈夫よ♡』という心の波動が届いた気がする。
「タチバナ様はお話されていませんよね?アタシはお酒を出すところで勤めておりますのよ。酔った男の人がたくさん集まっているので、お嬢さまがいらっしゃるような所ではございませんから。
では、タチバナ様、失礼いたします」
と優雅に一礼してアビルお姉さんは去っていった。昔と違って、最低限の礼儀作法というのか自然とできるようになったなぁ。なんも違和感ないし。当たり前のようにやってる。一応、男爵の娘であるミンよりはよほど板についている。やっぱり、お金を稼げるようになったら、ハルキフの町のお偉いさんとお付き合いするようになって、それで一応の礼儀作法を身に付けないといけなくなったのかな?ミワさんだって、この世界の礼儀作法はあの娼館に入って身に付けたのだろうし。
とにかく受難の時は去ったような気がする。ミンはご機嫌なんだけど、時間が経つと釈然としないものができてきたのか、何も言わないのでオレの方から何を言うこともなく、沈黙のまま宿に着いた。すでにヨハネは戻っていたのだが、オレたちが黙ったままなので、まだ今朝の気まずさが続いているのかと思ったようで、腫れ物に触るようにミンに対応している。そんな関係悪いわけじゃなく、ただ言葉が少ないというだけなんですけどね。ホントに申し訳ありません、気を使わせて。
夕食まで時間があるので、オレはしばらく部屋で休むことにした。ちょっと頭のズキズキがひどくなっているような気がする。でもミンに言って心配させるほどでもないから黙っていることにする。自分で自分に呪文掛けても、ろくに効いた気がしないんだよなぁ。日本にいたときに、肩こりひどくて自分の肩を自分で揉んでみても全然効かないのと同じ気がする。とにかく一眠りしようと思ってベッドに横になると、当たり前のようにミンが潜り込んできた。
はぁぁぁぁ、と思いながら口に出さずにいると、横になったオレの懐の中にミンが入ってきた。腕枕状態になってしまって、これ以上寝返り打てなくなってしまった。少し眠りたいのに、ロックかけられたようになって寝れなくなった。目をつぶっていたけど、ちょっと目を開けたらミンと目が合う。ミンがニッ!と笑う。オレの寝てないのを知ってて、目を開けるのを待っていたのだろうか?余計具合が悪くなったよーな気がするんですけど?
結局、ミンが寝てしまってオレは起きたまま夕食を迎えた。寝顔を見ながら、ミンは可愛いなぁ、と思ってしまった。あの村からミンには苦労?掛けているけど、文句も言わずに付いて来てくれている?という古女房的な感じもあるなぁ。頭が物理的に痛い。
夕食のときは、一段とガンガンと頭痛がひどくなってきた。首回りや肩がパンパンになってきた感じがする。身体全体が硬くなっている気がする。何が原因なのか分からないが、食欲もなくなってきて、顔も具合悪そうなのなのが出ているようで、ミンが、
「マモル様、具合悪いの?後でアタシが呪文掛けてあげようか?顔色も悪いよ」
「そうです、マモル様。食事も進まないようですし、早めに休まれた方が良いのではないでしょうか?」
「そうかな?じゃあ、ミン、お願いするよ。悪いけど、これで寝るから」
「あ、アタシも部屋に行く!『Cure』掛けるよ!」
なぜか嬉々として階段を上っているような気がする。何とか階段を上がって、部屋に入りベッドに倒れ込んだ。ベッドで横になった安心感で着替えることなく、そのまま意識を手放した。ずっと眠りが浅く、夜中に何度が目を覚ました。少し意識があるなか、視線を彷徨わせるとミンがいた。眠っていてもオレが目を開けるとすぐに起きて、オレの額に手を当てる。そして熱を測るように手から魔力を流す。ミンの魔力がひどく気持ちいい。そしてまた寝てしまった。
起きたときはもう明るかった。部屋の中にはミンの姿が見えずヨハネがいた。
ヨハネが、
「マモル様、気が付かれましたか?今はもう昼前です。大公様はすでに出発されました。朝方、マモル様の様子を見にギレイ様とご一緒にここに来られました。それでマモル様は意識がございませんでしたので、大公様は先に行かれるので、マモル様は病気を治されてから、出発するようにとお言葉を預かっております。
それでミン様はジレン家に行っておられます。マモル様の治療について、おばあさまに聞いてくると言って出かけられました。マモル様は疲れが出たのでしょう。何もお気になさらずにお休みくださいませ」
とヨハネが言う。そうか、オレはそんなに寝ていたのか?そして大公様やギレイ様から見て、オレはそんなに具合悪そうに見えるのか?確かに、声を出そうにも喉に何かつかえて声が上手く出せない。熱が出ているのか、頭がボーっとしている。
そう思っているとまた意識が落ちた。




