臨時女子会
「さて、臨時女子会を行います」
とカタリナが宣誓した。参加しているのはカタリナ、サラ、アノンそしてミワの4人である。要は女子というよりマモル妻の会である。ミワがポツン村に来てからまだ5日ほどしか経っていないのだが、マモルがいない時間を見計らって昼間に開催されている。
「今日の議題は当然ですがミワさんについて、いろいろです。まず始めに、皆さんでミワさんに歓迎の拍手を致しましょう」
パチパチパチと3人で拍手するとミワが会釈した。
「それではミワさんから、マモル様のいた世界のことを教えていただきましょう。モァさんたちに見せていたという本を見せて頂き、それについて解説していただきたいと思います。なかなか4人が時間を合わせるというのが難しいので女子会にしました」
「は?」
ミワは何を開かれるのかと思ったが、内容を聞いて安心した。
「えっと、趣旨は分かりました。それでモァ様たちにはお見せしていないのですが、他にも持っているものがありまして、今日はそれをご覧になられますか?」
「え?他にも持っておられるのですか?」
「はい、私は大学という、前の世界の最高学府を卒業するにあたり、勤める会社、あ、商会ですが、それを捜そうとして、いろいろな商会を訪問しまして、その商会の案内の本、ですかね?それをたまたま持ったまま、この世界に来てしまいまして、宜しければご覧ください」
「ぜひ」「見せてください」「どんなのですか?」
3人とも食いついてきた。そしてしばらく説明の時間が過ぎた。
「ところでミワさんに伺いたいのですが」
とカタリナが聞いた。サラとアノンは黙っている。と言うことはカタリナが何を質問するのか知っているらしい。
「娼館にいたとき、好きな人はできなかったのですか?」
と真剣な顔で聞いてきた。ミワはピンと来た。娼館の女と出入りの業者の若い男との結ばれない恋、たまたま連れられて来た貴族の御曹司との恋、などなど世情で語られている娼館の女の悲恋話というものが実際あるのかどうか聞いてきているのだろう。
「そういう話は私も聞いたことがあります」
とミワは答えた。
「聞いたことがあるとは?」
サラが食いついて来た。
「はい。私のいた娼館では、そういうことはなかったと思います」
「そうなのですか?よくあることではないのですか?」
とサラが聞く。ミワは首を振り、
「例えば、私のいた娼館に出入りする業者は中年のおじさんばかりでしたよ。もしかしたら、娼館の女の子と業者の男の子との恋なんてことが起きないよう、若い男の人を娼館に入れないようにしていたのかも知れません。たまに若い男の子が荷物持って来たりすると、若い子たちがキャアキャア言っていましたね」
「若い子って、ミワさんは言わないの?」
「はい、そうですね。だって、その男の子がいくら見た目が良くても、たいてい商会の下っ端じゃないですか?万が一、その男の子と両思いになったとしても、一緒になるということはゼッタイにありませんから」
「ゼッタイにないの?」
「ありません。そういう子はゼッタイに私たちの身請け金を払えません。そもそも、そういう男の子が私の娼館に遊びに来るお金さえも持っていないのに、身請け金が払えるはずがありませんから。
もしそういう関係になって、なんとしても一緒になりたいと女の子が思ったら、自分の貯めているお金を出して、自分で身請け金を払って一緒になるしか方法がありません。でも、そういう相手の男の子は自分の生活がいっぱいいっぱいのお給料しか頂いていないので、一緒に暮らして行くのは大変だと思いますよ。娼館の生活から一気に生活の水準が下がりますから。
もし一緒になったとしても、女の子の方も働かないと生活できないのですが、女の子は娼館でしか働いたことがないので、結局何もできなくて働き口がないです。男の子の勤め先で雇ってくれれば良いですが、そういうことはなかなかないですし、勤め先のご主人が女の子のご贔屓さんだったりしたら最悪でしょう。ですから、私としてはゼッタイそんなことはしないでおこうと思ってて、女の子がキャアキャア言ってても、見ないようにしていました」
「「「そうなの!?」」」
カタリナたちはミワのあまりにクールなコメントに引いてしまった。
が、サラが気を取り直し質問する。
「そうなの?じゃあ、かっこいいお金持ちの貴族様がいらっしゃるとか言うことはないの?」
「それも滅多にありませんでしたね。それこそ皆様が期待されるような話は滅多にあることではないと思います。ですから、そういうことがあれば吟遊詩人あたりが吹聴して流れているのだと思いますよ」
「なんだぁー残念だぁー」
アノンが顔を両手で塞いで絶叫した。何か思い入れがあったのか?アノンの反応を無視して、ミワが続ける。
「そもそも貴族様というのは、お金を自由に使える当主の方というのはかなりのご年配の方が多くて、若くてお金を持っていらっしゃる方というのは、まずいらっしゃいません。たいてい貴族様の御曹司とか次男の方とかでは、まだお金を自由に使えないことが多いと思います。ですから私の勤めていた娼館はちょっと値段が張りますので、そういう若い貴族様はなかなかいらっしゃるのは難しかったかと思います」
「え?ミワさんは高級なお店だったのですか?」
とサラが訊いた。ミワが娼館にいたというのはカタリナたちは聞いていたが、どんな店かは聞いていなかった。イメージだけで下の方の過酷な環境の店を思い描いていた。そのような境遇からマモルたちが救い出したと思っていた。
「はい、キシニフの町では1,2番目の店でした。あ、でもザーイやブカヒン、ヘルソンの町に比べれば格は下がりますけど。そもそも町の大きさが違いますからね」
「「「はぁーーー」」」
「ですから、皆さんの期待されるような恋バナというのは、なかなかないのですよ。お客様はマモル様より年上の方がほとんどでしたから」
「……」
「それでも、私を身請けしたいとおっしゃる方はいらっしゃいましたけど」
「いたの!?」
とアノンが叫んだ。関心が失われ一度消えたカタリナとサラの目に光が戻る。
「はい、まあキシニフの町では大きい方の商会の息子さんが、申し込んでこられました」
「「「へぇーーー」」」
3人の食いつきの良さにミワは引きながら、
「その方、キシニフの商会の皆さんと一緒にお店にいらっしゃって、たまたま私がお相手したんです。それで私を気に入ってくださって、その後何回か来られたのです。身請けしたいとおっしゃられたのですが、良くある冗談だと思っておりました。その後、店に来られなくなったので、娼館遊びは止められたのかなぁ?と思っていたのです。大きな商会の息子さんと言っても、そうそう遊ぶお金をお持ちではないことが多いですし、お小遣いがなくなったのか、ご両親が娼館通いを窘められて、いらっしゃらなくなったのかなぁ?と思っていました。
それで、ある日来店されて、また身請けしたいとおっしゃって、いきなりお金を出されて......」
「そ、それで?」
サラの食いつきがすごい。
「でもちょっとおかしかったんです。いつも連れていらっしゃるお付きの方もおられずお一人で来られましたし、目つきが変で思い詰めたような顔つきで切羽詰まってるような感じで......」
「変?」
「はい、受付の黒服もおかしいと感じてすぐに商会の方に使いの者を出したんです。それで私が、時間を稼いで商会の方から連絡あるまで相手するようにと言われまして」
「「「それで......」」」
「そういう方はたまにいらっしゃるのですよ。どことなく、いつもと違うという方がいらっしゃって、対応を誤ると激情にとらわれ、凶刃を振るうときがあります。そうならないように、私たちはどのようにすれば良いのか教えられていました」
「それでどうしたのですか?」
「私はいつも通りお相手したのですが、その方が何度も「一緒に逃げよう」と私に言われまして......私の肩に手を掛けられて、揺さぶられまして」
「「「逃げる?」」」
「はい、逃げようと。でも、大商会の息子さんなのに、そういうことを言われること自体、おかしいですよね。結局、しばらくして商会の方が何人もいらっしゃって、息子さんを捕まえて帰っていかれました」
「その人は、その後どうなったのでしょう?」
「風の噂では、違う遠い町の支店に行かれたと聞きました」
「そう。ミワさんはそういうの、胸がドキドキしなかった?」
「はい、怖かったです。ドキドキしましたよ」
サラが首を振り、
「そういうドキドキじゃなくて、この人と恋の逃避行するかも知れない、とか、大恋愛に身を焦がす、とかなかったの?」
と訊くが、ミワも首を振り、
「私は娼館に勤めていて、そういう選択肢はないと思っていましたから」
と答えた。
「意外と醒めているのね?」
とアノンが訊くと、
「はい、こういう話は前の世界でも散々小説で読んでいましたから。実際、自分の身に降りかかると堅実な道を選ぶものです」
と言った。
ミワの堅実でロマンスの欠片もない話に3人は呆れつつ、
「マモル様の話された『ロミオとジュリエット』のような話って、実際にはなかったのね」
とカタリナがため息をつきながら言うとミワが、
「あら、タチバナ様は『ロミオとジュリエット』を話されていたのですか?私も他にたくさん知っていますよ。ご興味をお持ちなら、お話しましょうか?」
「「「え!?」」」
カタリナたちは驚いた。ミワがマモルと同じような語り手だなんて!!最近マモルは、もう話が尽きたと言って話をしてくれなくなっていたのだ。ここに新しい語り手が降臨した。
「どういうお話がお好みでしょうか?みなさんのご希望に合わせてお話しましょうか?この世界では、男同士の恋物語というのはあまり語られないようですが、聞きたいと思われませんか?」
醒めた口調で淡々と受け答えしていたミワが、突然熱を持った口調で話し出した。
「「「男同士????」」」
「はい、超美形の殿方同士の恋物語です。互いに婚約者がいながら、たまたま知り合ったお相手の男性に心引かれ、泥沼の恋愛に落ちて行くという話とか?」
「何それ?聞いたことない。聞いてみたい」
アノンの道徳上の精神的ハードルは低かったようで乗ってきた。カタリナとサラも目が輝き、興味津々の顔をしている。
「例えば異世界から召喚された超々々美形の男性が異世界の美少年と恋に落ちる、とかどうでしょう?」
「「「ええええええええ????」」」
「そのような話でしたら、どれだけでもお話できます。誰とは申し上げられませんが、モデルとなる方たちは近くにいらっしゃいますし笑。
誰とは申し上げませんが、美貌の妻を愛しながらも、自分に仕える美少年に心引かれ、その気持ちを打ち明けるべきかどうか、思い悩む美形の領主、なんて設定はお嫌いでしょうか?」
「「「是非聞きたいです!!」」」
この日を境にポツン村に新たな物語の風が吹き込まれた。




