大公様から呼び出し
メルトポリの戦役から帰村してはや30日ほどが経っている。カタリナのおなかはかなり大きくなって、もう出産間近という感じまでになっている。アノンさんによると、あと30日ほどでないかと言っている。
ミワさんが妊娠10月10日で子どもは生まれる、という話をアノンさんにしたようだが、そもそもどの日から10月10日なんだ?という話になり、ミワさんがひとしきり知識を披露していた。けれど役に立ったのかどうかは微妙である。陣痛来たら生まれるんだから、10月10日でも12月10日でも良いということである。この世界、よほど偉い人、お金持ちでないと誕生日は重要視しない。誕生年がいつということだけが重要である。だって貧乏だと誕生祝いなんてできるはずがないから。
日本だってオレの父親(確か転移したとき63才だった)が子どもの頃はケーキが超贅沢品で、クリスマスに食べれるかどうかというものだったと言ってた。その頃は家が、まだまだ貧しくて、子どもの誕生日を祝うなんてことはなかなかできなかったと言ってた。
オレはカタリナの出産で何か役に立つことはないけれど、ウキウキドキドキとしながら過ごしていたのに、そんなオレの気持ちを反古にするかのように、大公様からの呼出状が来た。もうすぐ子どもが生まれる、それも最初の子どもだと言うのに、それまで待って頂けませんか?という手紙を書こうとしたら、妻たちからみんな大反対された。カタリナ始め3人の妻たちが大公様から呼び出しがあったなら、何があっても行くべき、あなたがいたからって何も役に立たない、などと言われ、不承不承出発することにした。ミワさんはこの時点ではまだ、関係を持てていない。娼館に勤めていたというので、一応はクール期間を設けなさいとアノンさんから言われている。というのは避妊の呪文が掛けられていたが、万が一ということもあるので、空白期間を設けるべきとアノンさんが言って、カタリナ、サラさんも同意したので、オレはお預けをくらっている。ミワさんの生理が来たら良いのじゃないかと思ったけど、何かこの世界の風習があるようで身体と心のクリーンアップという期間のようです。これについてはオレが知らない世界なので、身を委ねるしかないです。
それで、ギーブに行くお付きの者をどうする?という話になったのだが、バゥたちは戦役で怪しいことをしたらしい、という疑いが晴れておらず、出張禁止処分が言い渡されている。やっぱり旅から帰ってきたその夜に致すことを致さなかったというのが、奥さま方から不審がられたようだ。一夜明けたらミンの呪文の効果は消えてたそうで、朝から勇気リンリンとなってて、奥さま方に挑んだというから、奥さま方は『夕べはなんだったの?』と思われたようです。
ビクトルはサラさんから女性方面は莫大な信用を頂いているようで、一言も質問されなかったそうな。腹を壊さなかった?とか、ケガしなかった?とかばかり質問されたようだけど。
話は逸れたが、そういう事情のためキシニフの夜では蚊帳の外だったヨハネがオレに同行することになった。ほんと、キシニフではヨハネは空気のようだったもんね。お馬鹿さんたちと完全に距離を置いていたから。
ポクポクと馬を歩かせ、ギーブに向かう。黒死病の悲惨な道沿いの村々はだいぶ復興してきているのが、見て取れる。途中、コーヒー園を監察してギーブに入った。
ギーブの町中は復興著しい。今や大公様の公都と言うのにふさわしい町となっていた。人の賑わいが、織田様の治政下よりさらに賑わっていると思う。黒死病で死の町となったのが嘘のようだ。かつて黒とグレーの町並みで、たまにある赤色は血の色だった景色が、華やかな町並みに変貌している。気持ちが自然と浮き立ち、大公様から呼び出された内容もきっと良いものだろうと思えた。
しかし、いざ大公様に面会し言われたことは、
「ゴダイ帝国で、新皇帝の就任式がある。それに出席するよう余に招待状が届いた。悪いがタチバナ男爵は従者として余に同行して欲しい。急で悪いが支度をして10日後にギーブに集まるように」
ということだった。なんと、ゴダイ帝国に行く、と?あの九死に一生を得たゴダイ帝国に行く、と......。
行かない選択はないのですか?と聞きたいが、命令に反対するようなことは言えない。『同行して欲しい』と言われているが、これはノーの言えない話で、ゼッタイに参加しないといけないのである。
同行することを前提として確認することがある。
「就任式には私は参列するのでしょうか?」
「そうだな、その前提で準備してくれ」
「私は大公様の行列に男爵として随行してよろしいのでしょうか?」
「良い。タチバナ男爵は誰を連れて行くつもりか?」
「はい、これは今お話を聞いたばかりですので、これから人選いたします。最小人数ということだけであれば、ここに控えるヨハネを同行させますが、今回の旅については危険なことはないのでしょう?」
と聞いたところ大公様は顔をしかめられた。
「正直言って分からない。通常は就任式に参列する者に対して危害を加えようなどという不埒な者はいないと思うが、実のところ何があっても不思議ではないと思っている。もし可能であれば、前の旅に同行したアノン、という者であったか、あれを連れてきてくれれば良いのだが。アノンは今、タチバナ男爵の妻になったのであろう?」
「はい。アノンは私の妻になっております。ただ、あのときより体力が衰えてきまして、長旅は身体が持たないかと思います。1度聞いてみますが、期待されないようお願い致します」
「分かった。それについては無理は言うまい。前の旅のように、皇太子や他の者の手の者が攻めて来るようなことはないと思うが、警戒は緩めず行かねばと思っている。タチバナ男爵、よろしく頼む」
大公様に『よろしく頼む』とまで言われてしまった。アノンさんも最近年取ったように見えるようになってきたし、連れて行こうとは思わない。もう野営なんてできないと思うから、連れていかない前提で進めよう。なにせ、10日後にはギーブに戻って来ていないといけない。だから、ポツン村に行って、武具や食糧を揃えてすぐに帰って来ないといけないな。ビールも1樽補給してこないといけない。ヨハネは夕べ福音派の居住地に顔を出したようだが、今日はすぐに旅立とう。途中、野宿になるかも知れないけど、急ぎたい。生まれる子どもの顔は当分見れそうにないなぁ。往復40日くらいだろうか?帝国で就任式に時間がかかるようなら50日、60日とかかっても不思議じゃないし。何があっても連絡手段がないし、帰ってくるまで何があっても分からない。最悪、途中で何があっても、万が一、大公様とはぐれても自力で帰ってくる覚悟と準備が必要だ。
急いで村に帰って、帝都行きを報告すると『大公様の命令なら仕方ないから行ってきなさい』というムードになり、誰一人『何とか子どもの生まれるときに村にいることはできないの?』なんて言わない。ホント、仕事第一なんですねぇ、この世界。
それで、オレとヨハネが行くことに対しても誰も文句言わない。が、大公様がアノンの同行を打診した、という話をしたらミンが反応した。
「アタシがマモル様に同行する!!」
と笑顔で言う。オレとしては、ミンにみんなから『止めときなさい』という声が上がると思いきや、誰も何も言わない。肯定も否定もないのだがアノンさんが、
「私の代わりというなら、そろそろ良いかも?」
と言ってしまった。それを聞いてミンが、
「でしょ!?マモル様、行くから!私行くからね!メルトポリの戦役でも役に立ったから!今度も頑張るよ」
と言った。そう言われるとダメとも言えない。キシニフ辺境伯の腕を繋いだという実績もあるし、あれ以上の治療技術を持つ者なんてブラウンさん夫妻くらいしかこの世界にはいないんじゃないか?と言っても、そもそもオレはブラウンさんたちの治療というものをちゃんと見たこともないし。黒死病のときは外科治療でなく内科治療?だったと思う。
「仕方ない。それならミンを連れていくか。でも、就任式だからと言って楽しい旅になるとは限らないんだからな。メルトポリの戦役のときよりも過酷かもしれないんだから」
「大丈夫!マモル様と一緒なら、どんな大変でも頑張れるから!」
と宣言した。




