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ミワさん2

 寄生虫のことを聞きながら、オレは頭の中で違うことを考えていた。虫が寄ってこないというのは戦場にいるときこそ持ってこいではないのか?ゼッタイ欲しい能力でないだろうか?


 戦場で敵がやってくるのをジッと待っているとき、蚊取り線香のようなものも焚けず(臭いがするし煙が上がるので)、声も立てず、身動きせずひたすらジッと待機しているとき、虫が容赦なく寄って来て、襲ってくる。

 夜になると蚊がブーンブーンと汗の臭いを嗅いでやってくる。ミワさんがいれば、それがなくなるのか。それがなくなるというのは、どんなにありがたいことか!?バゥが知ったら、ゼッタイに連れて行こうと言うだろうな。もし、ミワさんの能力が広く知れたなら、司令部常駐に引っこ抜かれてしまうかも知れない。

 夜なんて、灯りの周りにいろんな虫が飛び交う、机の上の図面の上を這う虫、などなど不快な思いしながら打合せするというのが、虫がおらず、とびきり快適になるんだし。暑さの方は誰か氷柱を出せば良いんだし。となるとオレの近くにいなくなっちゃうのかも知れないなぁ?


「ミワさん、その虫のいなくなる範囲っていうのは固定なの?」

 と聞くと、

「違います。ある程度私の自由になります。『広がれ~~』と念じてやれば、範囲が広がりますよ。ただ、それをすると、とても疲れるのですが」

「と言うことは、畑に行って『この辺の虫はいなくなれーー!!』と願うと、害虫はいなくなるわけ?」

「そうですね。害虫も益虫もいなくなるので、蜜バチもいなくなりますけど。とにかく、そうなります。でも、そんなことすると、あっという間に倒れます」

「それは魔力が枯渇するってことかな?」

「魔力枯渇ですか?うーーん、それは分かりません。今まで魔力が枯渇するというのは、ほとんどなくて、感触がよく分かりません。それはどういう感じなのでしょうか?」

「うーん、例えば、低気圧が近づいてきて、何かすごく気持ち悪い感じとか、偏頭痛がひどい感じとか?あと、もっとひどくなると、立ちくらみがずっと続いて、全然治らないとか?」

「なんとなく分かります。生理、あっと、女の子の日のひどく重い感じとか?」

「それはオレには分からん」

「そうです」

 と声がした方を見ると、スーフィリアがハッとして顔を伏せていた。激しく同意して、この話題はタブーだった(この世界では)と思ったのね。それに構わずミワさんは続けて、

「女の子の日のひどい感じが、どんどん悪くなっていって意識無くなるというのなら分かります。この世界に来てしばらく経ったときに、そういうことがありました」


 ミンが小声で『女の子の日のこと、男の人の前で話す神経ってどうなの?』と呟いている。

 それはともかく、

「あったのですか?」

 と聞くと、

「はい、降りた村から馬車で移動するとき凶賊が襲って来て、その時です」

「そのとき、どうしたのですか?」

「凶賊が私を襲おうとしてきたんです。私は神様から私に危害を加えると思うモノがいたら、私に触れたとき気絶させる能力を頂いたのです。それで、凶賊が6人いてそれをみんな気絶させたら、意識を失ってしまって」

「気絶させる能力なんて中途半端なものをもらわず、殺してしまう方が良かったのでは?」

「今ならそう思いますが、あのときはそんなむやみに人を殺すなんてできないと思ったものですから」

「確かに。平和慣れした日本人ならそう思うのは当然ですよね。でも、この世界に来てしばらく過ごしたら、後々問題なりそうなら、その場で殺してしまえって思うようになりますね」

「今ならそうですけど、神様と会っているときは、とてもそういうことに考えがいきませんでしたから」

「話を戻しますけど、それなら1度魔力が枯渇するかどうか?というのを、ポツン村に着いたら試してみましょうか?」

「タチバナ様、身請けされた身としては何も言えないのですが、あの状態に至る気分というのはひどく悪いもので......」

「大丈夫です。オレも経験してますし、この馬車の中にいる娘たちも経験していますから」

 ミワさん、驚いて娘たちを見回す。娘たちは同意の合図で頷いている。それでミワさんは観念したようで、

「はぁぁ、分かりました」

「それで、虫が来なくなる能力と人を気絶させる能力の他に何か持っていますか?」

「あとは生活魔法を一通り使えるようにしてもらいました。火を付けたり、灯りを点けるとか、手洗い消毒とか料理するとか、もし災害にあったとき生き残りやすくなるように、生きるのを助ける魔法を授けて頂きました」

 生活魔法と言うのは、オレのもらったのと似たり寄ったり、ということなんだろう。突き詰めて行くと違いはあるんだろうけど。と言うことは、ミワさんは言っていないが、治癒の方も使えるということなんだろう。


「何か攻撃したり、攻撃から身を守ったりするような呪文は教えてもらわなかったのですか?」

 オレは使えないけど、ミワさんには神様がくれたかもしれない。

「魔物や魔族のいない世界と聞いていましたから、それは大丈夫かと思って。それにもう結構頂いたので、もう十分かと思いました。でも、ここに来てすぐに後悔しました。一番怖いのは人間でしたね。善意の顔して悪いことを平気でするんですから。人の嘘を見破る能力をもらえば良かったです。善意の嘘もあるから、悪意のある人だけでも見分けられるような能力があれば良かったです、ホントに」

 確かにそういうのをもらえば良かったよ、ホント。


 そこまで聞いてピンと来た。

「それで悪い人に捕まったりして、娼館に売り飛ばされたのですか?あっと、言いにくいのなら言わなくても良いですけど」

 ミワさんはちょっと苦笑いしながら、

「いえ、別に悪い人に売り飛ばされたわけでないです。拉致されて、さんざん遊ばれたあげく売り飛ばされた、なんていうストーリーでしょう?私はそういう悲惨な目にはあっていませんから。

 私は町の食堂で食事していたら、偶然店に来たお母さん、娼館の経営者のお母さんと相席になって声を掛けられて、そのまま勤めだしたというのが本当です。別に強制されたわけでもなくて、私自身の意思で始めました。お母さんは仕事柄なのか、あの仕事の向き不向きが見えるようで、私の境遇と素質ですかねぇ?それが分かったようで声を掛けてみたと言ってましたよ。

 それで、イヤだったらいつ辞めてもいいと言われていたのですが、3食昼寝付きで嫌な客なら断ってもいいと言われましたし、居心地が良くて、外の過酷な世界で生きて行くことを考えると、安全だし、ズルズルとあの店にいました。もちろん、最初はすごくイヤだったし、慣れるまで時間かかりましたけど」

 自分から娼館に行ったのか。大変なことのような気がするけど、日本だってソープはハードル高いだろうけど、風俗系やデリヘルとか大学行ってる学費や生活費を稼ぐためにやってるという話を聞いたこともあったし、オレが思うほど精神的なハードルは高くないのかも知れない。


「そうなんですか」

「タチバナ様は、前の世界の感覚で娼婦という職業に、同情や蔑視とかを持たれていると思いますが、この世界の感覚でいうとあの店というのは、かなり恵まれた環境と言って良くて、娼婦だからと言って同情されることも蔑視の目で見られることも、ほとんどありませんよ。

 もちろん、街角で客の袖を引いてる女とは違います。あの人たちは誰かの庇護もないから、守ってくれる組織も人もいないし、客から病気をもらったり、暴力振るわれて金を払ってもらえなかったり、ひどい時には無理矢理連れていかれて、何人もの相手をさせられて身体壊したり死んだりすることもあると聞いています。

 でもあの店にいると、それなりの収入のある商人や貴族の方が来店しますし、身請けしてくれることも多いです。もちろん、愛人として囲われたりするのですけど。そういうことがなくても、貯金して1人でひっそり生きていくくらい貯まったら、あそこを辞めて小さい店を開いて生活しようかと思っていたんです。

 それで伺いたいのですが、私が村に連れて行かれて、どういうことになるのでしょうか?もしかして、村で娼婦をせよ、とは言われないですよね?どうか、そのようなことだけはないようにお願いしたいのですが」


 ミワさんのお願いは縋る口調になっていた。娘たちもオレがなんと言うのか息を呑んで聞く。

「オレとしては、ミワさんはオレの妻に納まってもらおうかと思うけど」

 ミワさんは一瞬喜色を見せたけど、すぐに不安そうな顔をして、

「それは大変ありがたい話なのですが、私は娼婦だったのにタチバナ様の妻になっても宜しいのでしょうか?貴族の方が身請けされる場合は妻に迎えられることは皆無と言って良いのですが」

 と聞いてきた。オレが発言しようとする前にミンが、

「それは何を今さら、です。マモル様のすることって、どこかに旅に行ったら妻候補?を連れて帰ってくる、というのが良くあることなんですから。だって、カタリナ様もアノンさんもそうでしょ?だからまた連れて帰っても、驚くけど受け入れられるんじゃないの?」

 と言うと、みんな頷いている。

「ミンの言ったことはともかく、オレにはもう3人妻がいるし、1人は妊娠しているけど、お願いすれば受け入れてくれると思う。とにかくそういうつもりだから」

 要は、出たとこ勝負でお願いするだけですわ。


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