帝国皇太子4
メイド長を襲った後、ウラジミールの心の中では、メイド長にも強く拒否されたことに衝撃を受けていた。
メイドから拒否されたものの、もしかしたらメイド長ならば自分を受け入れてくれるかも知れないと期待していた。しかし、メイド長からすると、衆人環視の中で暴力でウラジミールを受け入れることはない。だが、ウラジミールとすれば、どうしようもなくなり、救いを求めている自分を迎え入れて欲しかった。自分を救い上げて欲しかったのだ。しかし拒絶されてしまった。皇太子は自分の暴力が拒否に繋がっていることには、思い至っていない。
侍従長に連れられ、いつも通り私室に入り、ベッドに座った。侍従長が何か言っているが聞き取れない。耳障りな雑音にしか聞こえない。入り口にメイド長が立って、こちらを見ている。その目が硝子玉になっている。理解者だと思っていたのに、ついにメイド長も離れていってしまったことで絶望に打ちひしがれている。
ウラジミールの精神の部屋の中で、それまでの人格が絶望に喘ぎ、押しつぶされてようとしていた。何をしても満足にこなすことができない自分。メイド長を押し倒し、欲望を果たそうとしてもできなかった自分。そしてそれを見る目々。もう自分はここで生きていけない!この目のない所で生活したい!そう、心の中で絶叫しているとき、精神の部屋の中でドアが開き、別の自分が現れた。
その自分は、にこやかに笑っている。それは自分のできなかったこと。今まで自分は他人ににこやかに、親しげに笑いかけるということさえ、できなかった。しかし、別の自分はいとも簡単そうに笑っている。
「やぁ、大変な目にあったね。もう、キミには同情するしかないよ。キミはこんな環境で生きて行くには繊細すぎるんだ。さあ、これからは嫌なことはみんな、ボクが変わってあげるよ。キミは奥の部屋で休めばいいよ。ごくろうさま」
と優しげに語りかける。自分と同じ顔をした別人。こんな苦しい生活を変わってくれるという甘美な申し出。自分には辛すぎる生活にお別れできる機会をどうして逃すことができようか?メイド長が自分の理解者でなくなった今、コイツが唯一の理解者でないか?
別の自分が伸ばしてきた手と握手して、別の自分の後ろに開けられているドアに向かう。そしてドアの向こうに入り、閉める。
残った別の自分は、
「あははははははぁぁぁぁーーーーー!!!!」
と狂ったように笑う。腹を押さえ、全身を使い笑う。心の中に笑い声が響き渡る。
「やっと来た!!やっと来たよ!!待ってた、ずっと待ってた!ヤツのようなクズが、いつ代わってくれるのか、ずっと待っていて、やっと今、代わることができた。もうウラジミールは自分の物だ。あいつは2度と表に出してやるもんか!オレならもっと上手くやれる。これから好き勝手にやらせてもらう。見ていろ、世界をアッと言わせてやる!」
ウラジミールの中の別の自分、人格が表に出ることになった。
侍従長は何を言っても反応がないウラジミールに困惑していた。これまでも、こんなことはあったが、まったくの無表情で人形に話をしているような感覚になったのは初めてだった。
それが突然、ウラジミールの目に灯りが点ったように見えた。顔に表情が戻り、人形から人間に戻った感じがした。そして、笑顔になった。ウラジミールの笑顔を侍従長とメイド長が見るのはどれだけぶりなのだろう。少なくとも皇太子になってからは初めてだ。
作った笑顔でなく自然な笑顔。おどおどとした自信なげな顔つきから、なぜか自信に満ちたような顔になっている。このわずかな時間に何があったのだ?
ウラジミールはメイド長に顔を向け、
「エレーナ(メイド長のこと)、今夜、私の伽をせよ!」
と言う。侍従長とメイド長は驚いた。言葉使いにも、言った内容にも、口調にも、すべてがさっきとまるで異なっている。侍従長が、
「ウラジミール様、今おっしゃったことは?」
衝撃のあまり、聞き返してしまった。正気で言っているのか?という確認も言外に含めて聞き返す。
「エレーナに伽に来いと言ったのだが、聞こえなかったか?」
ウラジミールは胸を張って自信に満ちた表情で言う。これまでの、猫背で下を向き、ボソボソというウラジミールとはまるで別人のようである。メイド長も、
「ウラジミール様、わ、わたしで、よろしいのでしょうか?」
と信じられない思いで尋ねる。ウラジミールの変貌ぶりに驚き、自分が伽に指名されたことにも驚く。
「良い、エレーナでいい。それとも、エレーナに何が都合の悪いことでもあるのか?」
「いい、え、何も、ありません。今晩、伺います」
メイド長は一礼した。が、心の中では驚きで、沸き立っている。なぜ私が?という思い。もしや側妃になれるのでは?という思い。確認したものの、何かの間違いでは?という思い。色々な思いが交錯して、動く事ができない。
それ以上に、別人のようなウラジミールに驚いている。もはや、ウラジミールの皮をかぶった別人になったとしか思えない。しかし、ウラジミールは皇太子であり、どう変わろうと皇太子であることは変わらない。皇太子から言われたことには従わないとならない。
侍従長は、ウラジミールの変わりように驚きながらも、
「分かりました。今晩、エレーナを伽に向かわせます。皇太子様、本日の執務はございませんので、私室で夕食までお過ごしください」
と告げた。執務をしようにも、執務室は皇太子が壊したので、後片付けを行わねば使えない。書類もめちゃくちゃにしたので、作り直すもの、まとめるものなど、すぐには使えないのだ。そのため、皇太子は自然と私室にいるしかないのだ。
侍従長が一礼し、
「では失礼します」
と下がろうとするので、メイド長も一緒に、
「私も失礼します」
と言い、下がろうとしたら、ウラジミールが
「気が変わった。エレーナは夕食まで、私の相手をせよ。侍従長、夕食まで部屋に誰も入らないようにせよ」
と申しつけた。侍従長とメイド長はハッとして頭を上げる。従事長はすぐに、
「はい、分かりました。夕食の支度が調いますまで、誰もお部屋にいれません。まだ夕食までは時間がありますので、ご自由にお過ごしください」
と言い、部屋を出て行った。
片やメイド長は、固まって声が出せないでいる。今夜、伽をするというだけでも衝撃であるのに、それを今というのは!?ウラジミール様は何を考えているのだろうか?伽に召されるときは、身体を隅々まで洗い、失礼のないよう整えて向かうのだ。それが今では、さきほどの騒動のまま、髪も身体もきれいとは言いかねる。これは失礼にあたるだろう?本当に良いのか?
「エレーナ。聞こえなかったか?こちらに来い」
とウラジミールが強く命じる。これまでのウラジミールとのあまりの違いに驚きが去っていないが、声につられてメイド長が前に進み、ウラジミールに近づく。あと1mほどになったとき、
「止まれ」
と言われ、足を止めた。ウラジミールの顔を見ると、暴れる前とは別人の顔をしている。確かにウラジミールの顔なのだが、何か違う。まず、目が違って見える。目に力がある。そして口元がつり上がっている。ウラジミールに何が起きたのだろう?それに、こんなにはっきりした物言いをすることはなかった。ゴニョゴニョとして、よく聞かなければ分からないような口調だったのに、今のはっきりと明瞭な言葉を発している。これは何が起きているのだろうか?
メイド長が考えていると、ウラジミールが、
「エレーナ、そこで服を脱げ」
「え!?」
「服を脱げと言っている。聞こえなかったか?全部脱いで裸になるのだ」
「は、裸になるのですか?」
「そうだ。裸になれ。皇太子の命令が聞こえなかったか?」
「き、聞こえ、ました、が、今は、昼で、明るく......」
「分かっている。そのようなことはどうでもいい。裸になれと言っているのだ。私の命令に従えないのか?」
「いえ。分かりました。脱ぎま......」
メイド長の最後の方は、言葉にならなかった。メイド長は39になる今日まで、男を知らなかった。皇宮にメイドとして16の時に上がり、22のときにウラジミール付きになり、結婚もせず独身のまま仕えてきた。結婚の話がなかったわけではないが、皇宮での職種が楽しく、やりがいがあり、断ってきた。若い頃は結婚話を薦めていた両親も25を過ぎてからは何も言わなくなった。そして今、18の皇太子に39のメイド長が裸を見せようと服を脱いでいる。
皇太子の目は怪しげな色に染まっている。自分の貧弱な身体を見て楽しもうというのか?こんなカーテンが開け放たれた部屋では、自分の身体を一切隠すことなく見られてしまうだろう。若いならともかく、初老と言っていいこの身体をなぜ見たいというのか?
メイド服を脱ぎ、シュミーズを脱ぎ、ブラジャーを外す。途中で皇太子の気が変わり、止めてくれるかと思ったが、声が掛からない。ショーツに手を掛ける。が、下げる勇気が起きない。
「何をしているんだ、早くしろ!私の言うことが聞けないのか?」
メイド長の耳には、皇太子の声に残忍さが混じっているように聞こえた。
「はい」
思い切ってショーツを下げる。
「こっちに来い。よく見せろ」
皇太子の言うままに近づく。
メイド長が皇太子の伽の相手をしたのは、この日だけだった。皇太子は、次の日から伽の相手として皇宮のメイドたちを、とっかえひっかえ呼び出し始めた。




