帝国皇太子1
ガシャーーン!!
「キャーーー!?」
皇宮の皇太子の執務室に物の壊れる音が鳴り響き、女の悲鳴が続けて上がる。
「皇太子さま、お、お止めください!?」
「皇太子さま。どうか、お静まりくださいませ!?」
「だ、だれか、は、早く、侍従長様を、クラスノフ様を呼んできて!!」
メイドたちが次々と叫ぶ。メイドたちはこの館で皇太子の世話をするために働いている。そして彼女たちが遠巻きで見ているのは、彼女たちの主人である、ゴダイ帝国皇太子ウラジミールの暴れる姿である。
ウラジミールは大人しく執務をしていたが、突然暴れだし、机の上にあったスタンド、コップ、水差しを次々に辺り構わず投げ始めた。窓硝子が割れ、破片が飛び散ろうと気にしない。本棚の本をつかみ出してぶちまけ、しまいには壁に掛けてあった儀礼用の剣を掴んで、手当たり次第に斬り付けだした。儀礼用の剣なので刃を引いてあるから、切れはしないのだが鈍器として十分な武器となる。剣で机を叩き、椅子を叩き、ソファーを叩き、布を切り裂き、窓硝子を次々に割っていく。あいにく男の使用人がいない時だったので、誰も止めることができない。
メイドたちは皇太子から離れて固まり、キャアキャア言うものの、皇太子を止める者はいない。皇太子が近寄ってきたら、捕まらないように逃げる。皇太子の荒れ様はすでに経験していることなので、皇太子が疲れて止めるまで放っておくしかないと心得ている。自分たちに危害が及ぶようなら、上手く逃げればいい。
メイド長が執務室にやって来た。が、皇太子を止めることはしない。メイド長が何を言っても皇太子の乱行は止まらないのだ。メイドたちが皇太子に捕まらなければ良いのだ。皇太子が暴れていても、ほとんど器物を壊すだけで、メイドたちを傷つけることは滅多にない。そう、滅多にないが稀にある。
その稀にある、ということが今日はあった。皇太子は剣を投げ捨て、メイドのところに突進してくる。
「オマエたち、逃げなさい!!」
「「「「ハイ!」」」」
メイド長がメイドに声を掛けると、メイドたちは一斉に逃げ出す。
「早く侍従長を呼んできて!」
「ハイ!」
メイド長の言葉に反応するメイドたち。逃げようとしたメイドの1人が、足下に転がっていた本につまずき転んだ。それを見た皇太子が、そのメイド目がけて突進する。メイド長は皇太子とメイドの間に入り、皇太子に向かって、
「ウラジミール様、お止めください!」
と声を掛け、止めようとする。が、皇太子の目はつり上がって正気ではない。目の色がおかしく、顔つきも尋常ではなくなっている。口の端に泡を溜め、アワワワアァァと奇声を上げてメイド長に掴みかかる。メイド長は皇太子の手首を握り、自分につかみかかろうとする皇太子を止める。皇太子とメイド長は同じくらいの背格好だ。メイド長は女性として、特に大きい方ではなく、帝国成人女性の標準的な体格であり、皇太子が帝国の男性の標準よりはだいぶ小さいのだ。
皇太子がメイド長と同じくらいの体格とは言え、そこは男の力でメイド長を押し、ついには倒す。その間に逃げ遅れたメイドは部屋の外に逃げおおせた。皇太子は床に倒れたメイド長の上に乗り、片手でメイド長の手を押さえたまま、メイド長の足の間に手を入れスカートをめくりあげようとする。
「ウラジミール、様、お、お、止め、ください!」
メイド長が皇太子を止めようと必死に懇願する。皇太子が何をしようとするのかメイド長にも分かっている。皇太子が突然暴れたとき、物を破壊した後、メイドに襲いかかったことがあるのだ。メイド長は30代後半なので、この世界の女性としては、とても若いとは言えず、むしろ初老の域に達しようとしている。だが、今の皇太子はメイド長を襲っている。若かろうが年取っていようが気にしておらず、メイド長を求めている。目の前にいる女を犯すことを欲している。
以前、メイドが皇太子の餌食になったことがあった。その苦い経験から、皇太子の乱行が始まったら、すぐにメイド長が駆けつけメイドを逃がし、侍従長が来るまで時間稼ぎをする、という対応をすることになったのだ。
「ぐっ、がっ、わっ!」
皇太子が何か言っているが言葉にならない。メイド長は侍従長とともに皇太子を幼少の頃から面倒みており、実母である皇帝の正妃より、よほど長い時間接してきた。皇太子の性格も熟知していると言っていいのだが、このような状態の皇太子は何を言っているのかメイド長には理解できない。
執務室の中は、メイドたちが外に逃げたため、皇太子とメイド長の2人だけになっている。メイド長は皇太子の手がスカートの奥に入るのを防ごうと足をくねらせる。女の方があまり暴れると、皇太子は首を絞めてくることがある。皇太子は手加減をしないから、暴れたメイドが首を絞められ窒息しそうになることもあった。メイド長はあまり暴れず、かと言って、皇太子に犯されないよう侍従長が来るまでの時間稼ぎをしないといけない。
皇太子の手がメイド長のスカートをめくり、足が露わになる。皇太子の手がスカートの中を探りショーツに届く。
メイド長でも、万が一皇太子から普通に夜の伽の相手として呼ばれた時には、抵抗なく従う。メイド長を含め、皇太子付きのメイドというものは、そういう可能性があることを承知して勤めている。しかし、昼間、執務室で人の目があるかも知れない場所で、強引に犯されるということは従うことができず、抵抗する。
以前、同僚のメイドを犯そうとした皇太子を止めようとしたメイドが皇太子にはね飛ばされ、家具に当たりケガをした者もいた。それからメイドたちは皇太子が暴れ出すと逃げることになっている。ただ、皇太子の暴れる場所によってメイドたちの逃げ道がなくなることもあるのだ。
メイド長は、心の中で、皇太子にあらがいながら「クラスノフ様、早く来て!早く!!」と叫んでいる。ショーツに手が掛かり、下げられそうになっている。服の胸の一番上のボタンが飛んでしまった。その下のボタンも飛びそうなくらい引っ張られている。胸のリボンはとっくの昔になくなっている。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
皇太子の荒い息づかいが部屋に響く。まだ、メイド長を殴ってまで、従わせようとはしていない。もし皇太子がメイド長を殴ることがあれば、それ以上の抵抗を止め、従うしかない。もしそうなると、侍従長が部屋に入ってきたとき、陵辱されている姿をさらさねばならない。それだけは見せたくないし、見せられない。なんとしても阻止しなければ。
知らないうちにメイド長は泣いていた。涙が目尻を伝って落ちている。
「お、お許し、く、だ、さ、い!」
両手で皇太子の胸を押し、抱きつこうとする皇太子と距離を取ろうとする。皇太子が腰をメイド長の足の付け根に押しつけて来る。すでに皇太子のモノが硬くなって当たっているのが布越しでも分かる。
皇太子がメイド長の自由を奪おうとするたび、メイド長が身体をくねらせ、動かすたびに、床を動いていく。スカートがどんどんまくれ上がっていく。もう少しで壁に身体が当たり、メイド長の自由が効かなくなる所まで移動してきた。皇太子がズボンを脱ごうとしたとき、
「ウラジミール様!!」
男の声がした。侍従長の声である。メイド長は、助かったと思い声をあげようとしたとき、皇太子の手がメイド長の口を塞ぐ。侍従長が来た時点で、口を塞いだところで意味はないのに......。
「皇太子様!お止めください!!」
侍従長が皇太子の後ろから抱きついてかかえ、メイド長から離す。メイド長は太ももはもちろん、ショーツも露わになって、胸も半分露出している状態になっていた。
侍従長は暴れる皇太子を抱えたまま、メイド長から離して、見えない所に連れていった。メイド長は乱れた衣服をやっとの思いで整える。皇太子を長く見ていたのだが、これほどのことをされたのは初めてだった。鏡を見て、顔に傷のないことを確認する。バサバサになったシニヨンを手早くまとめる。もう皇太子の周りにメイドは置いておけないかも知れない。女の手が必要な場合は、私がすべて済ませるべきなのだろう。皇太子が子どものときから世話をしてきたメイド長は、心に決めた。
侍従長に羽交い締めにされ、引っ張られていく皇太子。最初は暴れていたが、だんだんと力がなくなり、執務用の椅子の所に来る頃にはぐったりとして、動かなくなっていた。
「ウラジミール様。どうしてあのようなことをされたのですか?あのようなことをしてはいけないと、分かっておられたでしょう?夜、伽に呼べば誰も抗うことなく、ウラジミール様の言う通りになります。そうされればよろしいのですよ」
皇太子は侍従長の言葉に頭を下げうなだれている。皇太子は頷いたものの、理解しているのかどうか分からない
離れてメイド長が皇太子を見つめている。怒りというよりは、この方はもうダメだという思いと、私がなんとかしてあげなくては、という思いが交錯している。ついさっきまで襲われていたのだが、幼少時から世話をしてきた身として、見捨てることが未だできない。もしかしたら、この方は見違えるように変わられるのでないか?というかすかな思いもある。
僅かばかりの期待とほとんどの絶望がメイド長の中で交錯している。




