お話はつづく
さあ、朝です。今日も元気に行きましょう!
朝食を1人で食べていると(ポリシェン様ご家族とは別に食事しております)メイドさんたちから、恨めしそうな眼差しで見られているのに気が付きました。
眼差しの原因はお話のことしか、考えられないのですが、それを言うと難しくなりそうな男の第6感がするのでスルーします。
いつも通り、庭に出て剣の練習をして、汗をかいた頃にはイワンさんがタオルを持ってきてくれました、真っ赤な眼をして。
「マモル様、ただいまタチアナ様がカタリナ様にお勉強を教えていらっしゃいます。お昼過ぎ頃にマリヤ様がいらっしゃると宰相様宅からご連絡がありましたので、そのつもりでおいでくださいませ」
「分かりました。それでは部屋におりますので、お呼びください」
「よろしくお願いいたします」
イワンさんは一礼して下がって行くのと、入れ違いにレーシさんが飲み物を持って来ました。
「マモル様、喉は渇いておられませんか?お飲み物をお持ちしました」
「ありがとうございます。ちょうど、何か飲みたいと思っていたところです」
見ると、レーシさんの眼も真っ赤です。
「レーシさん、すみません。眼が真っ赤ですね」
「いえいえ、ご心配して頂き申し訳ございません。昨晩は久しぶりに大泣きしました。誠に恥ずかしいことですが、この年になってこんなに涙が出るものかと自分でも驚きました」
「私の拙い話にそれほど感動していただけるとは、誠に感謝に堪えません」
「私は行ったことがないのですが、酒場に吟遊詩人という者がいるそうです。吟遊詩人はいろいろな物語を、それは上手く語るそうですが、マモル様はきっと吟遊詩人以上の語り手だと思います」
「私もそう思います」
わ、驚いた!!なんだ、イワンさん、後ろにいたんですか?忍者のような人ですね。
「お二人を世話する執事は、まるで私のような気がしまして、お二人のことを考えますと涙が出てくるのですよ」
とイワンさんが言うとレーシさんも涙声で
「私もです。お二人が可哀想で。もしヨハネ様とカタリナ様が同じ境遇になりましたら?と思いますと、胸が締め付けられる思いがします涙」
レーシさん、そんな縁起でもないことを考えてはいけません。
2人とも夕べの話をしたくて堪らなかったようです。もう、フィクションなんですから!!
「今朝のお食事のときも、ご家族の皆様はマモル様のお話で持ちきりでした。今晩、2人はどうなるのであろう、執事とメイドはどうやって2人を育てていくのであろう、ご主人様は果たして帰ってくるのかどうか、などとお話されておられました。こんなにお話される旦那様を見るのは久しぶりのことでございます。
奥様も眼を真っ赤にされておられましたが、嬉々とお話されておりましたよ。ご家族でこんなに和気藹々でお話されるのは本当に珍しいことで、それだけでもマモル様に感謝致します」
と、イワンさん、レーシさんが一礼されます。高〇勲監督、感謝致します。平〇ぽんぽこたぬき合戦はきっとお話しませんが、きっと使えませんが、ホーホケキョ となりの〇田くんも無理ですが、私には十分な施しを頂きました。深く深く感謝致します。
イワンさんとレーシさんの涙混じりの終わりの見えない話を聞かせられているとメイドさんが「マリヤ様がいらっしゃいました」と言ってきた。あれ?このメイドさんも眼が真っ赤なんですけど、ウサギのお目々です?
メイドさんに連れられて、マリヤ様の待つという客間に案内される。中に入ると、マリヤ様、奥様、カタリナ様ともう1人、大人の女性がいらっしゃいます?
「マモル、こんにちは。あなたのお話を聞かせていただきたくて、ポリシェン様のお屋敷まで来てしまいました。さぁ、聞かせてちょうだい!!」
「はい、分かりましたが、ところでそちらの方はどなたでしょうか?」
奥様がつい、と顔をこちらに向けられ答えられた。
「これは(これは?)私の妹でタチアナよ。カタリナの家庭教師をやっているのは昨日お話しましたね。今日も授業があったのだけど、カタリナがあなたの話をしたところ、一緒に話を聞きたいと言い出したの。それで、お話が面白ければあなたを教えても良いと言ったもので同席させています。良いでしょ?」
良いでしょ?って奥様、そんな流し目で。確かに奥様とタチアナさんは似てますね。奥様を少し若くしたような?でも、オレの存在がそんなに広まっても良いのですかね?
ま、オレも教えて頂くのだし、あまり気にせずお話しましょう。と言って、どこからお話すればいいのかな?え、最初から、はい、そうですか。それでは最初から話します。
話終わると、マリヤ様とタチアナさんは泣いていた。やはり女性は、この手は受けますね。悲恋の2人が死んでしまうんだから。どうして2人は結ばれないんでしょう?と聞かないでください、マリヤ様。そういう純粋な男はいません、と涙を流しながら言わないでください、タチアナ様。私のせいではありません、シェークスピア様のお話なんですから文句を言いたいなら、向こうに言ってくださいね。
奥様とカタリナ様は、泣いてる2人を見て、上から目線で「ほら、泣いてる」という感満載で見ているし。あなたたちだって泣いたでしょ?
そこでカタリナ様がまた余計なことを言って大爆発を起こす。
「我が家では毎晩、マモルにお話してもらってるんですぅ!」
「「えぇ、なんですって!」」
「本当ですか、マモル」
「マリヤ様、落ち着いてください。もう、お帰りの馬車が来ていますよ」
「違います、まだ来てませんから!適当なことを言わないでください、マモル。決めました、今日から私の家に泊まりなさい。そして毎晩、私にお話するのです!」
「「いけません!!」」
ハモってます、奥様、カタリナ様。立ち上がって言うほどのことではありませんよ。
「マリヤ様、宰相様のお屋敷に貴族以外を泊めてはいけませんから、マモルは我が家で世話をしておりますので」
「おかしい、おかしい!絶対におかしいぃぃぃ!どうして、私がマモルのお話を聞くのに、わざわざポリシェン様のお宅に来なければいけないのに、どうしてポリシェン様のご家族は毎日、マモルのお話を聞くことができるのですか?いいことを思い付きました!マモルが私の家庭教師お話担当になれば良いのです!そうすれば、毎日私も聞くことができます。帰っておじいさまにお願いしましょう」
「マリヤ様、いけません。マモルは何も知らないのです。これからタチアナが教師としてマモルを教えようとしているくらいですから、申し訳ありませんが、それはできないのです!!」
奥様、視線が怖いです、たかがオレのお話じゃないですか?と思っていたら、本当にお迎えの馬車が来た。マリヤ様のお付きの執事がマリヤ様をズルズル引きずって馬車に運んで行く。マリヤ様、寝っ転がって手足を振り回すのは、貴族のお嬢様のすることではありませんよ?スカートの中が見えそうで見えませんが。
残りの者一同で、恭しく一礼してマリヤ様をお見送りする。馬車の中から「私はぁぁお話ぃぃ聞きたーーーいーーー!」と叫ぶ声がしますが、聞かなかったことにしましょう。
奥様はすました顔で、
「マリヤ様も満足されて帰って行かれましたし、タチアナも帰りなさい」
奥様、ちょっと優越感の混じった顔ですよ?
「お姉様、どうしてそう邪険にするのですか?私はマモルの家庭教師を務める役割がございます(あれ、オレは合格ですか?)。カタリナが先ほど、授業が終わった後、話していたのですが、木馬の話も面白かったと言っておりました。宜しければ、是非、お話を聞きたいのですが、いかがでしょうか?マモル」
やめてください、奥様と同じ顔で凝視するのは。オレの顔を突き抜けて穴が開きそうです。奥様、どうしましょう?助けてください、知らん顔するのは。あぁ、それとこれからタチアナ先生とお呼びしますから。
分かりました、お話すれば良いのですね。それなら、マリヤ様のいる間にすれば良かったかな?
「(えへん)タチアナ、よく聞いておくのですよ。先ほどの話も泣けましたが、今度の話もなかなか心に染みる話ですから」
「(えへんえへん)そうです、タチアナ先生。お母様の言われる通り、私も最初にお話を伺ったときは胸がいっぱいになりましたから」
すみません、お二人でハードル上げるの止めてくれませんか?タチアナ先生が期待満面でオレを見ていますから。しょうがないです。
お話を終えると、タチアナ先生は涙ぐみながら
「あぁ、とても良いお話でした。心が洗われるようでした。このような方たちがいらっしゃるのですね、久々に感動しました」
フィクションなんですから!!でも、感動していただけて嬉しいです。
「お姉様、今晩マモルがお話されるそうですね、私も聞きたいのですが、お泊まりしてもよろしいでしょうか?」
「ダメです!あなたは用事が終わったのだから、さっさと帰りなさい。お父様とお母様が待っておられますよ」
「お姉様、ちょっと冷たくありませんか?私1人くらい泊まる部屋はあるでしょう?子どもじゃないのですから、両親には連絡しておけば大丈夫です」
「何を言ってるの。あなたが泊まるとうちの使用人が迷惑するんですぅ!!」
タチアナさんは奥様に向けていた顔をこちらに向けて
「あら、マモルは良いでしょ?」
すみません、オレは居候なので発言権はありませんから、困った顔しかできません。
「ほらみなさい。マモルは黙っているではありませんか!マモルも迷惑なんですよ、あなたがいると。だから帰りなさい」
「お姉様はどうしてそんなに昔から私に対して冷たいのですか?たった2人の姉妹ではありませんか?私が出戻りだからと言って、冷たすぎますぅ!」
「ダメと言ったらダメです!あなたがいると邪魔なんです!出戻りとか関係ありません!用が済んだらさっさと帰りなさい。ほらほら、イワン、イワン!タチアナを送りなさい!ほら、イワン、タチアナが帰りますよ」
「お姉様、カタリナが言ってましたよ、今話してもらっているのは、まるでカタリナが主人公のようで、とても泣けるのですと言ってました、ぜひ、私も聞かせてくださいぃぃ~~~」
そういう声を無視して、イワンさんがタチアナさんを引っ張って行きます。イワンさん、いい仕事しますね。
「タチアナ、家族の大事な時間をあなたに邪魔されたくないのです、ふふふん」
奥様、怖いです。そこまで、こだわらなくても?
「あらマモル、私のことを怖いと思ったかしら?」
はい。
「でも、旦那様からあなたがこの家に住んでいることを広めてはいけないと言われています。だから、タチアナに教えてもらうことは仕方ないにしても、お話まで聞かせることはできないのです、分かりましたか?」
まったく説明になっていないと思うのだが、
「はい、私は構いません」
「今度、タチアナが来るのは明後日だから、その時からカタリナと一緒に授業を受けてちょうだい」
「はい、分かりました」
「マモル、お母様の姿に驚いたでしょ?」
なんですか?カタリナ様、奥様がいなくなったと思ったら、後ろに潜んでおられたとは。
「今のお母様は普段、お上品な顔をされているけれど、あれは作っておられるのです。お父様が衛兵隊隊長のときは騎士爵だったから、うちは家族4人とイワンとレーシで暮らしていたの。そのときはお母様も毎日忙しく働いていらっしゃったから、毎日大声でお父様やお兄様を怒鳴っていたの。でも今は使用人も増えたから、働くことも少なくなったけど、妹のタチアナ様が来るとたまに、昔のお母様に戻ることがあるんです。
だから、今日見たお母様のことを誰にも言ったらいけませんからね」
そうですか、もしかしたら普段はタマちゃんのお母さんで、稀にまるちゃんのお母さんになるということですかね?
「奥様のご実家の爵位は何だったのですか?」
「お父様と結婚されるときは、両方とも騎士爵だったのですが、お父様が宰相様のお眼鏡にかない、男爵になられました。男爵家と騎士爵家の子どもが結婚するということは余りないことなのですが、騎士爵同士の結婚は普通です。騎士爵はむしろ豊かな平民の子どもを妻にすることが多くて。我が家はお父様が騎士爵から男爵になられたので、お兄様や私の結婚相手が難しいのです。お父様がもっと昇進され、準子爵になられる可能性もあると噂されているそうですし、そうなるとさらに難しくて。私も誰かジュリエットのように攫ってくれるような、熱い恋ができないでしょうか?」
カタリナ様、それはフィクションの世界ですし、悲恋だから美しいのです。
「そう言えば、一昨日、ロマノウ商会の会頭のセルジュがいらしたのです。マモルはセルジュを知っているのでしょう?」
「はい、領都に来る途中、賊に襲われているところに遭遇しポリシェン様が賊を弓矢で退治されました」
「やはりそうなのですか。昔、お母様がロマノウ商会の会計を担当されていて、面識はあるそうなのですが、私は初めて会いました。マモルのことをすごく、気にしていました。一目でマモルが、この国のものでないことが分かったので興味を持ったそうです。できれば紹介して欲しいとお母様に言ったそうですが、お母様はお父様の許しがないと会わせることはできないと断ったそうです。やはり、大きい商会の会頭は目の付け所が良いとお父様とお母様がお話されていました。でも、マモルのどこが商売になりそうなのでしょうね?マモルはお話が上手なだけなのだと思うのですが?」
その通りでございます。私はお話が上手と言って頂けるだけでも、光栄なことです。確かにオレって何も取り柄がないから、この後、どうやって生きていけばいいのかなぁ、トホホ。




