村に来て最初の朝
翌朝、鳥の鳴き声で目が覚めてしまった。腕時計は朝の5時を指していた。5時起きなんて久しぶりだ。テニス同好会の時の遠征合宿という女の子と距離を縮める会(兼恋人を作る会)の出発の朝以来かな?ただ地球時間の朝5時が、この世界で何時なのかは分からないけど。
小屋の中を見渡しても何もない。仕方ないから外に出てみると近くに井戸があったので行くと、井戸の周りで女の人たちが炊事をしていた。
「おはようございます。すみませんが、顔を洗わせてください」
と言うと、井戸に通る道を空けてくれるが、誰も喋らない。それなのにオレの顔をジロジロ見るんですけど、警戒心丸出しで。夕べは割と歓迎感があったと思うけど、寝て覚めるとこういうものなのかしら?
どうも、この人たちがオレのために朝ご飯を用意してくれるようでもないし、仲良くしようと思ってるわけでもないのが良く分かる。そりゃ、いきなり『降り人』なんてのが来たら警戒しますよね。それでなくとも、背が小さくて茶髪茶眼の住人ばかりのところに、頭一つ背が高くて黒髪黒目だし、顔が平たい人間が現れたのだ。昔ペリーが浦賀に来て開国迫ったときの異人さんのようなものかなぁ。
当たり前だが誰も相手にしてくれないので、すごすごと小屋に戻る。
腹が減ってきたけど、誰も知った人はいないし、そのうち誰か持って来てくれるだろうと思い、昨日大活躍した剣を鞘から抜いてみる。シュっという感じで抜け、刀身?剣身?を見ると神さまが言った通り、血の跡はまったくなく、刃こぼれや曲がりもない。全体にすこし濡れているようだ。徳川家を呪ったという妖刀村正がいつも刀身が濡れたようになっていたというけど、こうだったのだろうか?今日から、この剣を村正くんと呼ぶことにしようか、村正くんよろしくね。
オレは中学3年間剣道部にいたが、それが役に立ったのだろうか?部活の防具の汗臭いのが大嫌いだったけど。防具の特に面の臭いのなんのって、人間の耐えられるもんじゃないよ?消臭剤をかけてるところを顧問に見つかって、こっぴどく叱られたことがあったよな。あの臭いが、いつか自分の一部となって実力が上がり云々って言ってた。おかげで高校は部活せず、帰宅部で3年過ごしたんだよな。
剣を持って小屋の後ろにある空き地で素振りをしてみる。竹刀に比べて、剣が空気を斬る感じがすごい。竹刀は空気を押し広げるような感じだったけど、剣だと空気を切り裂いて行くような感じがする。おまけに早く振れるから、遠心力で剣が伸びるような気がする。気を付けないと、足下まで来ちゃう。お、素振りしているうちにだんだん様になってきたぞ。さすが中学3年間の部活の成果が異世界に来て反映されている!
「おい、マモル。そんな振り方じゃダメだぞ」
後ろから声を掛けられ、振り返るとジンだった。ジンも手に剣を持っている。
「マモルはどうして剣をそんな中途半端な所で止めるんだ。そんな所で止めると獣を斬ることはできないぞ。何か変な癖がついているな」
は?オレは剣道部の顧問から教えられた通り、素振りしていたんですが、何がいけないのでしょうか?声にはならないけど、顔に出てしまったようだ。
「マモルの剣の振り方では、獣を斬っても途中で止めてしまうぞ。剣はこうやって振りかぶってから、身体の後ろまで振り切ってしまうんだ。剣の早さで獣を斬りきってしまわないといけない。マモルみたいに途中で止めてると、途中で剣を止める癖が付いてしまって、剣が獣の肉に埋もれて抜けなくなってしまうからな。
それとマモルの足の運びがいけないな。足は持ち上げず、摺り足で前に出して身体も前に持っていく。マモルみたいに後ろに戻す必要はないぞ。身体の重みを剣に載せるように振り切るんだ」
と、こんこんと身振りを付けながら教えてくれる。
確かに剣道は獣を斬るためのものではないから、素振りは正眼と上段を繰り返す動作だけど、獣を相手にしたときは上段からそのまま勢いをつけて振り抜いてしまうことが大切らしい。正眼の構えというのは必要ないらしくて、まず上段で構えて勢いつけて振り下ろす、獣の身体に剣が残らないようにすることか。
足も剣道のような軽快なステップを踏むなんてとんでもないことで、すり足で剣を振り下ろすのに合わせて前に出す。すり足でないと地面の凸凹に足を取られたりするからだそうだ。
正眼から、そのまま突き、というのも手もないわけでないが、相手が1頭だけならいいが、普通は複数の獣がいるから、正面の敵を突いて身体が伸びている所に、他の獣が来たりするので、剣を振り切り、すぐに次の体勢取れるようにするのが大切らしい。対人の場合は余計危ないそうである。
言われた通り素振りをしていると、だんだんと形になり素振りも速くなってきているような気がする。
「オイオイ、振りかぶった剣は右か左に斜めに振りきらないと脚を切ってしまうぞ。それに地面を切らないようにしないといけないな。これは練習あるのみだ。オレは若い頃にバゥと一緒に領都で衛兵をしていたことがあるんだ。そのとき剣の使い方を教えてくれた人に言われたことをオレは今も続けてる」
そうですか、たぶんそれがこの世界で適した剣法なんですね。言われてみれば、オレもジンの言うことが理にかなっている気がします。
ジンの言う通りに素振りを続ける。ジンは剣を振りかぶり、振り下ろしながら腰を落として前に出、また振りかぶり振り下ろすと前に出るという、どんどん前に出ていく。同じところで素振りをするというのは実戦的でないようです。
ジンがオレの剣を見て
「マモルはいい剣を持ってるなぁ、見せてくれないか?」
と手を出してくるので、剣を地面に刺す。ジンがオレの剣を抜こうとするが抜けない。最初は片手でやって抜けないので両手で持って抜こうとするが抜けない。深く刺してあるわけでもないが重くて抜けないように見える。
「ジン、剣が抜けないか?オレはこっちに来る前に神さまに会ったんだ。その時に、こっちの世界で生きていくために剣をやろうと言われて、この剣をもらった。神さまの言うには、オレしか使えないように、他人が持つと重くて持てないようにしたって言われた」
「神さま?まぁ、そうなのか、マモルが軽々と剣を振っていたから、どんなに扱いやすいのかと思っていたが、そういうことなのか?もしかしたら神さまの加護というヤツかな?オレは神さまというヤツに会ったことがないから、よく分からないがありがたいことだな。
それと昨日狼を斬ってから、剣の手入れしてないだろ?それなのに、刃に血糊が残ってないしキレイなもんだな?これも神さまというヤツが加護を付けてくれたのか?」
ジンは剣から手を離して聞いてきた。オレは剣を鞘に戻して
「そうなんだ、神さまは血糊とか残らないようにしてくれた。オレのいた世界では剣を使って獣を斬る事なんて一生に一度もない所だったから、特別にくれたと言ってた」
「そうか、うらやましいことだ。オレらの剣はすぐに切れなくなるし、錆びるし曲がるし、しょっちゅう手入れしないとイザというとき使えないから。毎日手入れしないとダメなんだ」
「お、神さまは手入れをするように言ってたから、後で手入れを教えてくれないか?」
「分かった、朝メシ食ったらアンにオレの所に連れてきてもらえ。ほら、後ろにアンが朝メシ持って立ってるぞ」
と言うので後ろを振り返ると、アンが盆に朝食を載せて立っていた。