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キシニフ2

 慌てて辺境伯の元に行き、

「失礼します」

 と言いながらミンを抱えて下がる。ポケットから魔力玉を出しミンの腹の上に置いて手を乗せると、みるみるうちに魔力玉の色が変わりだした。相変わらずの吸収力。うーーん、ミンを男の手に抱かせてしまった......不覚である。ミンは一生手元に置いておき、オレ以外の男の手に抱かせることはないようにしようと思っていたのだが。


 それはともかく、辺境伯は左手をひねったりしながら、

「おぉ、スゴいぞ。動くようになった。ほら、指も曲がるようになった」

 と指先を曲げてみせる。手の赤みが治療前より増して、血が通っているのが見える。そのせいだろうが、さっきより指が曲がるようになっている。薬指、小指がまだ震えが残っているが、切断しかけたことを考えると、ここまで治ったのは上等だろう?


「タチバナ男爵、ありがとうございます。夫の腕がこれほどまで治るとは......」

 奥さまが少し涙声で感謝を言ってこられる。

「何を持って代金としてよいのか?」

 と言われるが、オレはよく分からない。前の二日酔いを治した時は1人金貨1枚と言ったら(言外に)暴利と言われたので、逆に聞いてみる。

「普通、いくらくらいのものなのでしょうか?」

 辺境伯の横に立っている人が、

「普通も何も、切断しかけた腕がくっついて、指が動くようになるなんて聞いたことがありません。いくらお支払いすれば良いのか、私どもも想像がつきません」

 とおっしゃる。何と言っても辺境伯の腕1本である。もしかしたら命だって、出血多量のせいで失っていたかも知れないのだ。その値段なんて、誰も値が付けられないだろう。こっちとすれば、そこを勘案して払ってくれ、と言いたいが、それも難しい話だよなぁ。金貨10枚というと、そんなに辺境伯の命が安いのか?となるし、金貨1,000枚というと、そんなに払えないということになるだろう。気持ちは金貨1万枚でも安い!と思っているかも知れないが、物理的に払えないでしょ?領地の皆さんにその分の税金が課せられた、なんて話は聞きたくないし。


 そこら辺の上手い着地点がないかと考えて、あっと、確かブラウンさんが同じようなことをしたことあったの思い出した。

「大公様のところにいるブラウンさんが同じことをされてたの、ご存じですか?」

 とオレが聞くと、横の人が頷き、

「存じております。あの事件は有名ですから。あれ以来、黒き神のことは事細かに調べております」

 と言い、続けて、

「辺境伯様の腕が切断しそうになったとき、正直ダメかと思いました。大公様が黒き神を派遣して頂ければ良かったのに、と内心思ったのですが、思いも掛けず女神が降臨しました。本当に助かりました」

 と頭を下げてきた。それに合わせて、辺境伯以下全員が頭を下げてきた。当のミンは、意識が戻って薄目を開けている。そうね、あのときオレもミンのこと、女神かと思ったモン。


 ミンに話が振られたところを見計らってか、

「聞けばミン殿はタチバナ男爵の娘とか?我が家の次男の嫁になって頂けないでしょうか?」

 突然の爆弾発言を奥さまが投下される。が、これは優秀な治療師を引き抜くための交渉でしょう?もちろん断る一択なんですし。

「お気持ちはありがたいのですが、うちの大事な娘ですのでまだまだ嫁に出したくありません。それにこのような優秀な治療師を大公様が外に出されるはずがありませんから」

 とにこやかに、かつ、はっきりと断る(貴族としては明言するというのは失礼に当たり、婉曲に断るのが良いとされているが、ここは断言する)。そもそも、それをウンと言ってもらえるとは思っていないだろう。ダメ元で言ってきていると思う。ミンの実力を知ったら、大公様だってOK出さないだろう?でも、もしかしたら辺境伯を大公様の元に組み込みたいから、ミンを出してもいいよ、と言ってくるかも知れない。迂闊なことは言えない。基本拒否ですよ、断乎拒否。

 

 向こうも、元よりウンと言ってもらえるとは思っていないようで、

「それは仕方ないですね、諦めます」

 といとも簡単に引き下がってくれた。が、今度は、

「それで、治療の代金なのですが、こちらとしてはやはり見当が付かないので、ご請求頂けないでしょうか?もちろん払える範囲でお願いしますよ」

 と横に立っている方が言って来た。これは真面目そうな、線の細い兄ちゃんです。いくら請求されるかハラハラドキドキしているんだろうけど、ここで話を本来の線に戻す。

「逆に伺いたいのですが、ブラウンさんが過去に同様の治療をされたときの治療費はいくらだったのですか?ご存じないでしょうか?」

 と聞いてみた。これはオレも知りたかったことだし。

「あのとき、黒き神は請求されなかったそうですよ。行軍中のことで、負傷された者に請求はなかったそうです。大公様に対しても公務ということで、特に請求はされなかったようですが、大公様から黒き神に報奨はあったと思いますが、その中身は公にされておらず分かりません」

 やっぱりかぁ、ブラウンさんなら言いそうなことだよ。これで、結局指標となるものがなくなってしまったな。


「そうですか。困りました、誰か知らないものだろうか?」

 と言い、娘たち、連れの男ども、辺境伯のずらっと並んだ家臣を見るが、詳しい者はいるはずもない。がしかし、なぜかモァが、

「辺境伯様、よろしいでしょうか?」

 と発言した。

「ふむ、そなたはタチバナ男爵の娘御であるか?」

「はい、モァ・タチバナと申します。直言をお許しくださいませ」

 と言うと、辺境伯の横に立っていた人が辺境伯の耳元で囁く。これはモァ情報が伝えられているンだよなぁ。途端に、辺境伯の顔が変わった。

「これは、戦役において我らの苦境を救ってくれた雷の使い手であるか?あのときは、助けてもらい感謝する。他に、氷の使い手、炎の使い手が揃っているのだったな。いや、御礼申し上げるのが遅れてしまった。大変、申し訳ない。あのときはタチバナ男爵の娘御たちに助けてもらい、我が軍全滅の憂き目に遭わずに済ませてもらった。どれだけ感謝を言っても足りないくらいだ。

 これも合わせて礼をせねばならない。何でも言ってくれれば良い。できる限りのことをしよう。先にもタチバナ男爵に助けてもらっていてな、その時は現金を勘弁してもらい、宝物にしてもらったのだよ。あまり現金を要求してもらっても困るのだが、できる限りのことはしよう。

 率直に申してくれ」

 『できる限り』と『現金を勘弁』が強調されていた。


 それにしても、オレの時はえらく渋られたのだが、モァが言うと反応が違うような気がする。美少女が4人いると、オヤジばかりの汗臭い蒸れた部屋でも清浄な空気が漂い、爽やかな風が吹き込んでいるような気がする。辺境伯の奥さまだって、同じ女性としてライバル心を出しておられるかと思いきや、ニコニコと笑っておられるし。もしや、4人のうちミンは断られたけど、他の3人のうち、どの子でもいいから息子の嫁にならないだろうか?と考えておられるのだろうか?

 3人が戦役でどんなことをしたのか、なんてすでに耳に入っているだろうし。能力あって美少女で、養女と言っても表向きは男爵の娘なんだから(厳密に言うとスーフィリアは違うけど、わざわざ言う必要もないし)、どの娘でも文句なし、と思っているんだろうなぁ。


 などという大人の思惑をまったく意に介さずモァは、

「ではお願いが2つございます。現金を頂くというものではございませんので、ご安心くださいませ」

 と言うと、バゥたち、ウチの男どもが小さい声で「え?」とか「もったいない」とか「少しでも?」と言っているけど、そんなこと思ってても言わないで!!オレの部下なんだから、品を下げるようなことを言うなよ。そこはスパッと割り切って欲しいですよ。そもそもオマエたちは、あのとき何もしていないでしょうが?


「お願いの一つ目ですが、ミンが出立の日にもう一度、辺境伯様の具合を見てから出立したいと申しております」

「おぉ、そうか。それはありがたい。それでいつ出立するのか?」

「はい、明後日、出立しようかと思っておりますが、よろしいでしょうか?」

 あれ、オレは聞いてないですけど、いつ決まったの?明後日出発だなんて?でも、その時までにお土産を用意しておいてくれ、と言うのかしら?


「明後日の朝にここに来て診てくれるというのか、それはありがたい。是非頼む」

「分かりました。それで、明日1日を休養日としてキシニフの町を散策したいと考えます。そのとき、私たち4人が購入するモノの代金を全部、辺境伯様にお払い頂きたいとおもいますが、いかがでしょう?」

「なに?」

 辺境伯が目を凝らしてモァを見た。娘4人の買い物代を全部負担せよ、ということで。これは怖いなぁ。まさか家を買うなんてことは言うはずもないけど、高級店に入って、宝飾品を店にある分全部買います、なんてことを言われたら目も当てられないよねぇ。オレと同じことを辺境伯も思ったようで、オレの顔を見てくる。『大丈夫か?』と目線で聞いてくるけど、オレとしても確約できないけど『たぶん大丈夫』というアイコンタクトで返す。奥さまもかなり心配そうだし、横にいる人たちも皆さん心配していると思うけど、ここで断ったり、何か制限付けたりすると器の小さいヤツと言われるだろう。ここは太っ腹という所を見せないといけないでしょう、辺境伯様!!


 しばらく間があって、辺境伯は腹を決めたようで、

「分かった。明日1日、男爵の娘御たち4人の買ったモノについてはすべて私が払うことにしよう。誰か支払いの手続きをする者を同行させるが、それは認めてくれ。それでもう一つのお願いというのは何だろうか?あまり、無理を言わんでくれば、助かる」

 と最後にチョロッと辺境伯の本音が出た。でも、そう言うしかないと思いますよ、辺境伯。ここでユィが初めて発言する。

「辺境伯様、ご心配されるようなモノは買いませんから」

 と言ったので、辺境伯はホコっとしたようです。


 モァは辺境伯の返事にニンマリとして、

「もう一つはたやすいことでございます。キシニフに住んでいる2人の娘をポツン村に連れて行きたいと思いまして」

「娘だと?それは貴族の娘か?」

「いいえ、平民の娘と聞いております。」

「ふむ、本人が良いと言い、親の了承さえ取れれば問題ない。それでどこに住んでいて名前は知っておられるのか?」

「はい、存じております。2人とも親はおりませんので、本人の了解を取って頂いて、本人が望めば連れて行きたいと思いますので、それは辺境伯様の方からお手配願いたいと思いますが、よろしいでしょうか?」

「分かった。それはこちらでやろう。それで、その娘とは誰か?」

「はい、それは......」

 なぜかモァは、1度オレの方を見て、ニマっと笑った。


「クラシヴィという店に勤めております、ミワとハンナという娘です」

 な、な、なんですとぉぉぉぉ!!





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