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メルトポリの戦役12

「タチバナ男爵様、クルコフ子爵様が呼んでおられます。おいでいただけないでしょうか?」

 みんなで夕ごはんというか起きたばかりなので朝ごはん?を食べていると、司令部からオレを呼びにきた。

「分かりました。すぐに行きます」

 連絡係はオレが行くのを待っているので、急いで支度する。支度と言っても、口にいれているものをコーヒーで流し込むだけだが。

 ちなみに、これは特製ブレンドではなく、例の村で作らせたB級品なんだけど、それでもザーイで買うのよりは旨い。


 道すがら連絡係に聞いてみた。

「サキライ帝国軍とは朝以降、何かあったの?」

 連絡係は首を振って、

「いえ、その後は何もありません。昨日までと同じです。今となれば、今朝の戦闘があったというのは信じられませんね」

「それもそうだね」

道の両側に兵士たちがいるが、メシを食ってるヤツもいれば、あくびしているヤツもいる。昨日と変わらない光景が続いている。地面に血だまりが残っていたりするが、誰も気に留めない。誰かが気づけば、土を掛けて埋めておくんだろう。


「失礼します。タチバナです」

 と言い、司令部のテントに入ると、クルコフ様、バンデーラ様、ヒューイ様とそのお付きの人がびっしりといて、ムワ~~と男臭いの汗臭いのなんのってない。頭がクラクラする。


「す、す、スミマセンが『Clean』を掛けさせて頂けませんか?」

 と入り口でお願いするとクルコフ様が、

「ああ、いいぞ。そんなにこの中が臭いか?私は気にならないが?」

 と近くの者に聞かれると、

「いや、私も気になりませんが?」

 と返事がある。そりゃあ、ずっとこの中にいたら馴れてしまって、気にならないって。そんな意見は気にせず、

『Clean』

 と唱えた。おおぉぉーーー、臭いが消えた。できれば消臭だけでなく、若干の匂いも付けたいくらいだが、そんなことはできないので、非常に残念である。

 けど、呪文の効果は好評で、

「これはいいな。汗のべたつきがなくなった」

「そうだな、頭の痒みもなくなった」

「ふむ、服の臭いも消えたか?あ、腕を上げたら腋の臭いが気になる。タチバナ男爵、私の腋に呪文を掛けてくれないか?」

「お、私もだ。できるか?」

 くくーーー、腋の臭いヤツばかりじゃないか。さっきは腕を降ろしていたし、腋とか隠れている部分は効果なかったんだよ、きっと。


「やりますから、腕をあげてくださいね。掛けますよーー『Clean』」

 テントの中で、むさ苦しい男たちが全員腕を上げているという異様な光景のなか、呪文を唱えると、やっとテントの中が爽やかになった。おっと、靴を脱いで臭いを嗅ぐな!そんなの臭いに決まっているだろうが!え、もう一度?わわわわ、全員が靴を脱ぎだしたら、最初にテントに入った時より、もっと臭いじゃないか!?はい、分かりました、ほら、靴脱いでくださいね。


 1度消臭すると、別の臭いが気になるというリンクが、メビウスの輪のように発生する。テントに誰かが入って来るたびにオレが『Clean』を掛ける羽目になってしまった。男の臭いってのは、洗ったくらいで取れないんだよなぁ。ましてや洗剤のないこの世界、石けんもろくに使えず、汚れも落ちていない服を半乾燥のまま着ていたりする。そんなのばかりだから、臭くて当たり前、人の臭さも馴れてしまえばどってことないという皆さんですから。1%にも満たない数の女性のみなさんはさぞかし苦痛だと思うけど、みんなガマンしているんでしょうね。

 しかし、オレのお姫さまたちはガマンしてくれないので、軍から離れた所に住まいしているし、『Clean』あるというのは偉大なことで。


 そんなコトは些末なことで、

「タチバナ男爵に来てもらったのは他でもない、サキライ帝国軍がここにやって来た経緯が分かったから、説明しておこうと思ってな」

 クルコフ様がおっしゃった。どうも、雰囲気的にこのテントにいらっしゃる方々は今からオレが聞かされることは知っているようで。オレが来る前に、そういう協議が続いていたってことですね。


 でもそれを聞く前に気になることが一つあって、

「辺境伯様の具合はいかがでしょうか?私は途中までしか診ることができなくて、ミンに任せてしまったので。その後、ミンから状況を聞けば良かったのですが、バタバタしており、そのまま寝てしまって」

 と聞いてみた。

「それは大丈夫だ。いや、大丈夫というのは語弊があるな。一命は取り留められた。腕も繋がったように見える。だが、出血量が多くてな。これから様子を見ていかないと分からないとミン殿が言っていたぞ。腕は繋げてみたが、これも経過を見ないと分からないといっていた。後は辺境伯様の体力次第ということだ。明日、辺境伯様は軍を離れて領地に帰って行かれる。ミン殿が領地に帰られるときに、辺境伯様の所に寄って欲しいと言っておられたぞ。

 辺境伯様の意識はまだ戻っておられないが、周りの者たちが口々にそう言っていた。ミン殿にとても感謝しておった。もちろん我々からも感謝しているとミン殿に伝えておいてくれないか」

 とバンデーラ様が言われる。『ミン殿』ですって、んまぁ!社会の底辺、ヒエラルキーの末端にいたミンが殿付けて呼ばれる時が来るなんて、世も末ですわ。義理でも親としては大変嬉しいことです。思わず、涙が......。

 

「ありがとうございます。ミンに伝えておきます。それで、戦況の方はどうなりましたか?」

 と聞いた。クルコフ様が顔の前で手をヒラヒラ振って、

「どうなるもこうなるも、元の膠着状態に戻ったよ。サキライ帝国軍は引きこもってしまった。元々の兵力差もないし、こちらはザーイ軍は脱落してしまったから、こちらから攻めることもできない。後は、サキライ帝国軍が撤退するのを待つだけだ」

「向こうから、もう一度攻めて来ることはないのでしょうか?」


 今度はヒューイ様が答えてくれた。

「それについては私から答えよう。朝の戦闘で捕らえた捕虜を尋問して聞き出したことを総合して考えると、サキライ帝国の目的は、メルトポリのサキライ帝国から逃げて来た者たちを帝国に連れて帰ることが第一のようだ。第二としては、こちら側に橋頭堡を作ってヤロスラフ王国に攻め込むときの拠点とするつもりだったようだ。しかし、拠点作りは失敗と判断されたのではないかな」

「なぜでしょう?」

「今朝の戦闘で、サキライ帝国軍に光を放つ者がいただろう。あの者たちが失われたことが一つ、あと我が方の3姫の威力を見て、拠点を作ったところで維持できないと判断したと想像される」

「どうしてそんなことまで分かるのですか?」

「うん、捕虜の中に、攻撃した軍の指揮官がいたんだよ。今回のサキライ帝国遠征軍の中の3番目に偉い貴族がいた。指揮しているのは侯爵だそうだが、捕まえたのは子爵だった。そいつの言うことだから信用していいだろう」

「そいつが嘘をついてる、ということはないのでしょうか?」

「まあ、嘘をついても私には分かるし、本当のことを喋らせる術もあるから、まず間違いないと思うよ」

 嘘が分かる、本当のことを吐かせる、というスキルがある。こういう方とは捕虜として会いたくないと思う。人ごとながら、その捕虜の子爵には同情します。


 んん?もしその能力を妻が持っていたら、浮気したらバレると言うことか?



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