メルトポリの戦役11
正面と左側は完全勝利が見えているわけで、残りは右側なんだが、実はもう決着がついてそうだと感じてる。だって熱いもん。いや、そっちの方から来る熱量がすごくて熱いから。時々視界が紅く染まるのは、きっとスーフィリアの炎のせいよね。紅蓮の炎ってやつでしょう?敵の兵士の悲鳴が聞こえ、視界の端には逃げて行くサキライ帝国軍兵士の姿が見えている。そして肉の焼ける臭いがしている。もちろんバーベキューをやっているわけではないことは承知している。
はてさて、予想はついているものの、どうなっているやらと思いつつ、右側を見るとそこにはスーフィリアとミンが立っていた。ミンが立っているということは、辺境伯の治療が済んだってことか。
スーフィリアは仁王立ちして、もう炎を出したりしていない。どういう意味か分からないのだが、両手を上に挙げ、万歳したと思うと、それを前に出し、次に両側に広げている。そしてまた上に挙げる動作を繰り返している。前に教えたラジオ体操第一の深呼吸に似たフリはあったけど、それをやっているのだろうか?いったい誰に教わったのだろうか?オレは教えていないと思うが。
「スーフィリア、そっちは終わったのか?」
と聞くと、こっちを向いてニコッと笑い、
「はい、終わりました」
と報告してきた。敵軍、というモノはなくなっていた。みんな逃げ走っている。実際に真っ黒焦げになっている死体?は数体、火傷で痛がっている兵士が数十人いる。被害はそれほどでもないと思うが、スーフィリアの火力に恐れをなして逃げて行ったんだろう。火傷した兵士はミンが片手間に治療し始めている。
傍観者だった味方の兵士たちがここにもやってこようとして、あと少しという所まで来たらしいが、スーフィリアに一睨みされたようで、敵兵士の死傷者の周りを囲んで立っている。手に剣を持っているが、それを使って何かしようというわけでもなく、手持ち無沙汰という感じである。
「スーフィリア、魔力玉はいる?」
と聞くとこっちを向いてニコッと笑って、スーフィリアが手を出してきた。
「はい、頂きます」
うんうん、分かったよ。スーフィリアは「マモルくん」と言わなくて良い子だよ、ホントに。今回も魔力玉をポケットから地面に落として蹴飛ばした。スーフィリアは尻に敷いたりせず、手に持っている。あららら、あっという間に紫色が無色透明になった。すごい吸収力である。あれでクラクラしたりしないのがスゴい。オレが初めて魔力玉から魔力を吸い上げたとき、流れ込んでくる異物感にゲロ吐きそうだったモン。それをスーフィリアは初めてでないにしても、あんな勢いで魔力を補給して、へっちゃらな顔をしているし。
オレたちを囲んでいたサキライ帝国軍が引き上げていく。最初はてんでバラバラに逃げていた。潰走という言葉がぴったりだったけど、しばらくして隊列が整い始めて、敵の司令部辺りに戻る頃には軍としての形に戻っている。やっぱり優秀な指揮官がいるんだって。一時的な乱れはあっても、ちょっと時間あれば立て直すんだって。あんな軍なら大敗しないと思うな。
サキライ帝国軍の動きを傍観していたオレの周りにユィ、スーフィリア、ミン、ヨハネが集まって来た。男4人も。
「ごくろうさん」
「はい!」
ユィがほっぺを赤らめて返事してくる。可愛いねぇ、そのほっぺを掴みたいよ、まったく。引っ張って伸ばしてみたい。
「逃げて行った者たちはどうするのですか?」
スーフィリアが聞いてくるが、
「それはオレらの仕事じゃないと思うぞ。ずっとオレらは働きづめだったから、休憩しようよ。まずは朝食取らないと、いけないし」
「そうですね」
ユィ、スーフィリアはコクンと頷いているが、背中に乗っている人は、
「もう疲れたよ。眠りたい」
とおっしゃるし。確かにそれはそうだけど、一応上司の了解を得ないといけないし。
司令部に向かうと、皆さん非常に忙しくしておられる。サキライ帝国軍が退いたので、軍を編成し直して、備えないといけないし。オレたちが立っているとクルコフ様が目に留めてくれたので、
「クルコフ様、私たちはいったん休んでも良いでしょうか?また緊急の時は呼んで頂いても良いですし」
クルコフ様はオレの顔を見て、ヒューイ様、バンデーラ様と会話した後、
「分かった、休んでくれ。後は私たちがやる。今日はご苦労だった」
「マモル、済まなかった」
「タチバナ男爵、助かった。休んでくれ」
司令部のお偉いさんに口々に感謝の言葉を頂いて、元いた場所に戻る。一応、連絡係としてビクトルを置いておく。誰もオレの背中の方についてコメントはおっしゃられない。オレの肩からツインテールが前に下りているのだが。
道々、前線から避難していた兵たちが隊列を組み、上官が怒鳴っている。とにかく、元いた場所に戻って、サキライ帝国軍に攻め込もうとするのかなぁ?
横にいるバゥに、
「バゥよ、この後、サキライ帝国軍と戦うことになると思うか?」
バゥは頭をかきながら、
「いやぁ、また睨み合いになるんじゃないですかねぇ。敵さん、逃げ帰ったように見えますが、死傷者はそれほど出ていないでしょう。100人ほどですかねぇ。うちだって、同じくらいやられていますから、冷静になってみれば、どっこいどっこいの戦果でしょうね。
3姫様を前面に出して、向こうに攻め込んでみても、向こうにだってまだ強力な隠し球がないとも言えませんし。万が一、向こうも隠し球があって、3姫様に何かあっちゃあ、大変なことですからねぇ。
予想じゃ、サキライ帝国軍も同じ事考えていて、また睨み合いになるんじゃないですかねぇ。
その前に、朝メシですよ、朝メシ。向こうさんだって、ずっと戦っていたから、腹が空いているでしょう。こっちも同じだし、朝メシ食ってからですよ」
「そうだな。オレはもういいよ。疲れたから」
オレたちが後方に移動するのを、兵隊たちがジロジロ見ている。オレたちは今回の戦闘の英雄なんだぞ!と言ってやりたいが、オレがモァを背負い、ヨハネがユィを背負い、オレグがスーフィリアを背負い、バゥがミンを背負っている。この戦場にあるまじき光景に兵隊たちみんなビックリしているんだな。ついさっきまで、命の取り合いしていたんだし。そこここに死体が転がっているというのに。オレたち背負いたくて背負っているんじゃないのよ。モァがオレの背中から降りようとしないので、ユィがおねだりしてきて、そしたらスーフィリアとミンもお願いし出したからさ。ミンは最後だったからバゥの背中になってしまったけどね。
オレたちのテント張った場所は、ここまで逃げてきていた味方の足跡だらけになっている。竈も蹴飛ばされて単なる石ころの山になってるし、テントや食器などはポケットにしまって移動したので、実質的な被害はないけど。正直、こんな所まで逃げて来たのかよ?と思うんだけど。
それはともかく、そこから離れた場所に移り、テントを立てお嬢さんたちのトイレを作り、竈を作る。男は大草原に向かって小も大もできるが、お嬢さんたちは未だできない(当たり前なんだろうが)。音も聞かれたくないそうだし、臭いも出したくないそうで、まぁいろいろですよ。美少女というのはおっきい方も小さい方もしない、なんてことはなく、普通の人間ですから。ただお嬢さま方は『Clean』が使えるので、何かと都合が良いのである。
朝食を取り、テントに入るとぐっすり寝てしまった。起こされたときは、すでに太陽が頭の上を過ぎ、夕暮れ近かった。こんな時間になっているということは、何事もなかったということなのね。




