メルトポリの戦役7
ゴトン、と音がしたので、何の音かと思い、音の聞こえた方を見ると、ミンが起きて復活していた。まだぼーっとしたような顔をしている。音は腹の上に乗せていた魔力玉が床に落ちた音だった。濃い紫色だった魔力玉は無色透明になっている。ミンに全部吸収されたってことだ。
「マモル様、あたしも、手伝い、ます」
辺境伯の所に来ようとするが、ふらついて、前のめりになって手を付く。たぶん、魔力を急激に補給したせいなんだろう。すっからかんから、短時間で満タンにしたのって初めてなんだし、無理もない。
「ミン、大丈夫か?」
「大丈夫、です。初めて、魔力が、尽きてしまったので、意識が朦朧としてしまって、戸惑っただけです。アタシも、手伝います、やります」
とハイハイしながらやってくる。
「お願いします!」
「辺境伯様をお助けください」
「なんとか、なんとか、お願い致します」
辺境伯の部下たちが、口々にミンに頭を下げる。本来、辺境伯の部下たちは辺境伯の側近であり、貴族の爵位を持っている者ばかりのはずだ。それが今、ほんの数年前までは、社会の最底辺にいた娘に頭を下げ嘆願してきている。
「マモル様、どうですか?」
とミンが聞いて来た。
「マズい。オレの魔力で、辛うじてつながっているが、このままじゃ最後は離れてしまいそうだ。ミンが頼りだ。頼む」
オレの言葉を聞いた側近たちは、ここに持ち込んだ時よりは辺境伯の具合が良くなっていると思っていたのに、オレから否定するようなコトを言われ、目に見えて落胆している。
部下たちは、神に願うように手を合わせて祈る者、ミンに向かって頭を下げる者、様々な反応を見せているのだが、彼らの中でミンが女神に近くなってきているような?
そんな側近たちの反応は気にもせず、ミンがオレの横にやってきて、手を
『Clean』
と清め、辺境伯の患部を包むように手を当てる。
『Cure』
と唱えると手が光る。さっきより光とキラキラが強くなっていないか?
「腕の血管や神経がつながるといいんだが」
オレの呟きに、
「血管とか神経って何?」
ミンが聞いてきた。
「血管というのは分かるだろう。身体全体に血液を運ぶ管だ。出血したのも、その管が切断されたから血が出て来ている。神経というのは血管と同じように身体を巡っていて、魔力を身体に巡らせるような線が全身につながっているんだ。それが切れそうな腕と肩の間でつながるといいんだが」
こいつ、何も知らずに闇雲にやっていたのか?
「ふーーん、なんとなく分かったような気がする。つながるようにやってみる」
「え?やってみるって、血管や神経が分かるのか?」
「うん、言われてみて探ってみると、何か感じられるような気がするよ。それよりも大きい筋のようなものがあるんだけど、これは何?これも、くっつければ良いの?」
「おぉ、そうだ。それは筋肉と言って、肩からずっとつながっていて、手を曲げたり伸ばしたりする力を伝えるものだよ。それを繋げることができるならやってくれ」
「うん、やってみる」
「ミン、すごいな。前からこういうの、できたのか?」
「うーん?アノンさんが前に言ってたけど、よく意味が分からなかった。でもさっき魔力がなくなって、マモル様の魔力玉の魔力をもらってさ、それが身体に入ったら、すっごく調子いいの。感覚がさ、すごく敏感になってて、さわってる腕の中が見えるような感じがするの。今までこんなことなかったんだよ」
「そうか。ここに来て、一皮剝けたか」
「え、何が剝けたの?」
「いや、何でもないから。気にせず、治療に集中してくれ」
「ん、分かってる。できそうかなーー?上手くいきそうな?」
そのとき前の方で光が爆発した。
「うわーーーー!!」
「なんだぁーーー!!」
「きゃーー!?」
悲鳴にも似た声が上がる。
敵から放たれた光の威力が増したようだ。
「どうしたんだ?」
ヨハネに聞くと、
「敵が近づいてきたようです。それで威力が上がったのではないでしょうか」
「ユィの氷の塊は大丈夫だったのか?」
「全部やられました。私の防御呪文で辛うじて防ぎました。もう魔力が尽きそうです」
「オレが替われれば良いけど、ミン、どうか?オレが替わっても大丈夫か?」
「うーーん、大丈夫かな?ヨハネさんと替わってくれても良いけど、アタシの膝の上に魔力玉を置いておいてよ」
「おぉ、いいよ。ほれ、ヨハネ、替わってくれ」
辺境伯を挟んだ向かいにヨハネが座り、オレの手の代わりに手を差し入れ、辺境伯の腕を支えた。オレはポケットから魔力玉を2つ出して、大きい方をミンの膝の上に置き、小さい方をヨハネの膝の上に置く。
「ヨハネ、頼んだ」
「はい、お任せください」
魔力を膝に載せたせいか、ヨハネの顔色が少し良くなった、かな?
立ち上がりすぐに最前列に立ち、
『Defend』
と唱える。ユィの作った氷の壁の1列だけがきれいに消滅している。壁の中心に向かって撃ってきたってことか?1点を狙っていたのか。
ヨハネが敵が近づいてきていると言っていたが、確かに敵軍が前進してきているように見える。凝視して、ズームしてみると、敵軍の前線には盾が並んでいる。間断なく撃ってきているようだが、それは普通の魔力を使った攻撃に比べると時間が短いというだけで、クールタイムがないと言う訳ではないと思う。現に今だって、敵軍は沈黙している。
味方の軍勢は?オイオイ、驚くことに、みんなオレらの後に集まっているぜ。細長く縦列というのか縦陣というのか、オレらの後にいれば、光の直撃を受けず大丈夫だという考えなんだろうな。今はそれでも良いけど、敵が物理的な攻撃をしてきたら、どうするんだよ?と問いたい。そんなことは、オレが考える前に、ヒューイ様やクルコフ様、バンデーラ様も思っているんだろうけど、今の所、手も足も出ないから黙っているんだろうなぁ、トホホ。
「マモルくん、ねぇ、私、反撃したい。ね、撃ったらだめ?」
モァが聞いてきた。プンプン、という吹き出しが見えそうな顔をしている。でも、どうだろう?まだ少し遠いような気がするが?
「モァ、届くのか?遠くないか?」
「でも、やられっぱなしだよ?敵に撃たれっぱなしっていうのは、もうガマンできないよ。こっちもガツンとやれること知らせてやりたいよ、ねぇ、マモルくーん、撃ったらダメかなぁ?」
「でもなぁ、敵はまだ、こっちも同じように魔力で攻撃できるって知らないんだよな?なら、敵を引きつけるだけ引きつけてから撃った方が、敵に対して威力があるっていうか?」
「えーー、どうしてよー?ねぇ、撃ってもいいでしょう?ねぇ、マモルくーん」
すっごいシリアスな戦場なのに、なぜか場違いな口調でおねだりするモァさん。
「来るぞ!?」
と叫び声が聞こえた。急いでバリアを二重にする。敵軍から光の塊がグングンと伸びてきてバリアに当たる。ガ、ガ、ガとバリアが削られる。が、最初より短い時間で光が消滅した。これはだんだんと威力が落ちてきているように思える。
敵軍を凝視すると、盾の間に3人が立ってこちらを見ているのがいる。あの3人が撃って来ているのか?今のは3人が合わせて撃って来たのだろう。
最初のクールタイムなしで大公様の軍、辺境伯軍、ザーイ軍に撃たれたのは3人がバラバラに撃っていたからではないのか?それで辺境伯軍とザーイ軍が跡形もなく崩れ去ってしまったので、残った大公様の軍に3人合わせて撃ってきているということか?そして、魔力も尽きつつあるということではないか?
ということは、もっと近づいてくるのでないか?そのときの1撃で打倒できないだろうか?
そう思っていたとき、ヒューイ様が叫んだ。
「騎馬隊がやってくる。突撃してくるぞ!」




