メルトポリの戦役5
何も起きないだろうと聞いておりました。ええ、そしてそれを鵜呑みにしていましたよ。しかし、そういうフラグを上げると必ずへし折られるもの、ということも経験しておりました。でも楽観視したいというのはどうしても、人間誰もが持っていると思うんですよ。
でも、オレたちが朝方まで呪文の練習をしていて、もうそろそろ寝ようか?と思い始めてきたころにサキライ帝国が攻めてきた。
こっちが弛緩しているのを見ていたんだろうな。偵察に来ていれば分かるだろう。もし、敵の戦意を見ることができるスキルとか持ってたら一目瞭然だろう。
オレたちが来てから、たった5日しか経っていなかったのよ?
こっちがどう思おうと、サキライ帝国軍はなぁなぁで済ませるつもりはなく、こっちに攻め込むつもりだったんだと分かりましたよ。殴られないと分からないのよ。転ばぬ先の杖、ということわざもありますし、あ~ぁ。
オレが軍の前で何かあったと気づくと同時に、ヨハネがハッとして前の方を見る。
「マモル様、前の方で何かあったようですが?」
とヨハネが言ったのでオレも注意を向けてみると、確かにサキライ帝国の方が、何か動いているような気がする?
「そうだな。攻めて来るんじゃないか?オレたちの所まで攻め込まれるとは思わないが、準備だけはしておいた方が良いかも知れない。みんな準備しろ!」
誰も緊張していない(ここまでは、まだ前の方の声が届いていない)ので、動作はゆっくりしている。
「マモル様、本部の所に行かれた方が良いのではないでしょうか?前の方で何かあったのなら、ここには伝わって来ないかも知れません」
とビクトルが言ってくる。確かにこのままここにいても情報は入って来ない気がする。
「なら行ってこよう。オレグ、付いて来い。バゥ、後を頼む」
「「ハッ!」」
陣を離れ、前方に進む。前の方で声がし始めた。最後部の兵士たちも、あたふたとしながらも装備し始めている。まだほとんどが寝ていたのだろう。テントから顔を出して、何があったんだ?という表情でキョロキョロと見ている者もいる。慌ててズボンを履いているものもいる。この有様を見ると、いかに弛緩していたのかが分かる。
大公様の軍でさえこれなのだから、前方のザーイやキシニフ辺境伯軍も同じなんだろう。いや、前陣はこうでないと思いたい。
本部はさすがに整然としていた。バンデーラ様、クルコフ様、ヒューイ様、という首脳陣が集まりテントの前に立ち、前方を見ている。
オレの顔を見たヒューイ様が
「マモル、来たか!」
と声を掛けて来られたので、
「敵が攻めてきましたか?」
「良く分からないが、そのようだ。まだ何も連絡がないので、キシニフ辺境伯軍に伝令を行かせている。前の方は混乱しているようだ。私たちも戦うことを考えておかないといけないようだな。マモルたちは最後尾と言っても、万が一ということもある。備えておいてくれ」
と言われる。そのとき、前方が眩しく光った。そして一瞬遅れて、バリバリバリィーーーという音と共に、敵から膨大なエネルギーが向かって来るのが感じられた。
『Defend』
何が向かっているのか分からないが、それをまともに受けたらダメだ、と言うことくらいは分かり咄嗟に唱えた。バリアを張った途端、目の前に目が開けられないくらいの眩しい光の塊が飛んで来た。バリアの前にいた兵士たちは、光に飲み込まれて黒い影となり消滅した。バリアがこれに保つか?耐えられるのか?バリアが削られている感覚が手に取るように分かる。とにかくバリアに魔力を注ぎ込む。
ヒューイ様が、
「大丈夫か!マモル?」
と聞いて来るので、
「大丈夫です!!」
と答えるも、正直な所、心許ない。あと10秒も続くと破られる!?と思ったとき、急に真っ暗になった。光が消えて無くなったのだ。目の前に敵軍まで続く暗い通り道がでている。遮るものがなにもない。あれほどいた兵士が消えている。あれは何だったんだ?レールガンか?炎ではないだろう?熱は感じられていない。
「オレグ、みんなをここに呼んでこい。ここを何としても守らないといけない。ここが潰れちゃいけないんだ。すぐに呼んで来てくれ!!」
怒鳴るようにオレグに告げた。
「ハイ!!」
オレグはすぐに後方に向かって駆けだした。
あんなでかい光の塊を飛ばしてきたってことは、クールタイムがあるだろう?しばらくはないだろう、と思ったとき、バッ!!と光の柱が敵軍からわが軍の右側陣地の方に走った。
「辺境伯の方だぞ!」
誰かが叫んだ。クールタイムなしで撃ってくるんか、あれを?あれを連続して撃つなんて、何人も能力持つ者がいるのか?それとも、とんでもない魔力の持ち主か?それを思ったのはオレだけじゃなかったようで、
「なんだあれは!?時間を置かずに撃ってきたぞ?」
「そうだ、連発してきた!」
「タメがない!」
「そんなバカな!?」
「油断するな!」
「陣を下げた方が良いのでないか?」
「バカな、始まったばかりだぞ」
「そうは言っても、あれがどこまでも届くわけではあるまい?」
「まだ、それほど損害は出ていないだろう。逆に突撃すべきだ!」
周りではめいめいが口を開いて、勝手なこと言っているので収拾が付かなくなっている。バンデーラ様、クルコフ様、ヒューイ様も怒鳴り合っているが、内容までオレに聞こえてこない。こんなに混乱していていいのか?と思っていると、また敵軍で光の玉が生じ、それから光の柱が今度はわが軍の左側に飛んで来た。
「今度はザーイ軍だ!!」
絶叫が上がる。絶叫と言うより悲鳴に近い。前の方で、ウワワワワァァーーという大勢の吠えるような声が上がったかと思うと、前の方が崩壊したらしい。前にいた兵士たちが武器を投げ出してこちらに向かって走り出したようだ。それにつられて、兵士たちが逃げ始めた。指揮官が押し止めようと大声で怒鳴っているが、恐怖に駆られた兵士たちを止めることができない。兵士たちの目がつり上がり、狂っているとしか言えないような顔つきになっている。死を目の前にして、次は自分じゃないかという恐れに取り付かれている。
「マモル様、到着しました」
オレグの声に振り返ると、娘たちとバゥ、ビクトル、ヨハネを連れたオレグがいた。
そのとき敵軍に光の玉が生まれ、こちらに向かって飛んで来る。
『Defend』
とにかく今は守ることしかできない。どれだけ連射できるんだ?と思いながらバリアを作る。
バリアを少し右に傾けてみた。いなせるならいなして、直撃せずそらし、魔力の消耗戦には持ち込みたくない。当たった光が右に流れて、右側に逃げていた兵士を消していく。右に流したためか、バリアの消耗があまり感じられない。
これか、側にいた者はやられてしまうけど、それは仕方ない。これで敵の魔力が尽きるまで、これで凌ぐしかないか?




