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国境を見に行く

 国境となる場所に着く。

「今は干潮だから、海が引いていて広く陸地がとれているが、大満潮になるとすぐそこまで海が迫ってくるそうだ。道がほとんど海に埋まると言うことらしい」

 デニルさんの解説によると、山が崖のように海にせり出していて、満潮の時は海の間に辛うじて道があるという状態になるらしい。これが嵐だったら、とても通れたもんじゃないだろうな?親不知子不知(親知らず子知らずです)のような感じだろうか?

「え、大満潮というのは何ですか?小満潮というのもあるのですか?」

「おっと、マモル様は知らんのかい?海の近くにおらんと分からんのじゃなぁ。干潮の具合は月がどこにおるかによって変わるんじゃよ。月が2つ重なっていると大干潮、大満潮になるんじゃよ。月が離れていると小満潮になる。大きい月と小さい月、どっちが空に見えるかによって干潮、満潮の程度も違うしな」

 なるほど、確かにそうか。干潮、満潮なんていうのは、内陸に暮らしていると生活に差し障りのないことだから、意識したことないのも仕方ないことだ。月が2つあることなんて、今はもう当たり前の景色になってる。


「行けるだけ行ってみるか?この先に、サキライ帝国の関所があるぞ。そこで入国税を大銅貨1枚取られる」

 デニルさんが聞いてきた。

「だいぶ遠いのですか?」

「いいや、昼前には着くぞ。そのまま帰って来ても、夕暮れ前にメルトポリに着くな」

「じゃあ、行ってみましょうか」

 今晩もメルトポリ泊まりということになる。ということは、今晩もあの2人を呼ぶということになるんだろうなぁ。そんな思いを知ってか知らずか、デニルさんはごく普通に、

「ああ、ええよ」

 と答えた。心なしかビクトルの顔がほころんだような気がする。こいつめ!14かそこらで女性経験がこんなにあるってのはおかしいぞ。オレなんて、14くらいのときは、妄想の中でしか女を抱いたことなかったんだぞ!!チクショー、今晩はビクトルにハチセを呼ばないでおこうか?イヤイヤ、これは嫉妬だよなぁ~~。やっぱり、人生の先輩として寛容であるべきなんだろうなぁ、義理の息子なんだし。親として息子の息子の成長は喜ぶべきなんだろうか?こういう時の心の持ちようの一般論を聞いてみたい、誰かに。誰か、あてはないけど。

 本題とはまったく関係のないところで悶々としながら、馬車は進む。


 海と崖に挟まれた道をポクポクと進む。ずっと向こうに城塞が見えた。関所と言ったけど、要塞に見えるよ?高さが数mの石壁がずっと並んでいる。ヤロスラフ王国が攻めて来たときの、防御陣地の意味もあるんだろうな。


「あれが関所ですか?」

「そうだ。中に入るとき、金がいる」

「関所と聞いていたから、木の柵があって、数人の兵士がいて、怪しいヤツを取り締まっているのかと思いましたよ」

「そんなことはないだろう?あそこがヤロスラフ王国に攻め込むときの前線基地じゃから、それ相応の兵隊が入れるようになっとるはずじゃよ。あそこから攻めて来ることが何度もあったしな」

「あそこから攻めて来たのかぁ?」

「そうだな。そもそもヤロスラフ王国の兵隊ってのは弱いって、みんな知っとるからな。平気で攻めて来るぞ。しばらくメルトポリの近くに陣地を作って、メルトポリを攻めて、気が済んだら帰ってくる。あれは何のために来るんだろうな。メルトポリにちょっかい出して、被害を与えれば良し、と思うとるんじゃろうか?」

「サキライ帝国から逃げた者たちに打撃を与えれば良いということですか?」

「かも知れんなぁ。メルトポリの人間を攫っていったりもしとるようだし」

「人さらい、ですか?」

「そうだな。メルトポリが壊滅するくらいのことはせんが、それに近いことはするようじゃよ。サキライ帝国には奴隷制度があるから、奴隷にするんだと思うぞ」

「奴隷制度?」

「おう、ヤロスラフ王国にはもうおらんが、サキライ帝国には奴隷がおる。メルトポリのモンは奴隷で逃げて来たヤツとか、宗教で逃げたヤツとかいろいろおるんよな。民族の違いもあるし、いろいろじゃよ。サキライ帝国の中のことはよう分からん」

「そっかぁ、大変ですね」

「そうじゃよ、ヤロスラフ王国は小さいから、一つの民族じゃから、民族対立も起きとらんが、サキライ帝国は少数民族がいろいろあると聞いとるぞ」

 大変なことだなぁ。福音派と正教、真教ってことでも大変なのに、違う宗教って融和することってできないんだろうなぁ。


「ここまで来たらもう満足ですから、帰りましょう」

 あの城塞まで攻めて行くこともないだろうし、これで目的は達しただろう。

「ええよ、なら帰ろうか?あそこに入っても良いことないしな」

「良いことないですか?」

「あぁ、ないな。兵隊だけおって、あとはその兵隊の飲み食いと旅人向けのちょっとした宿屋くらいしかねえ。だから面白くもなんともねえし」

「そうですか?」

「女も高いしな、ははは」

「それは残念ですね、なぁビクトル」

「な、な、な、なんですか?私は別に、高かろうが安かろうが、関係ありません!!」

 別に狼狽えなくてもいいのに、話を振っただけで狼狽えてくれたビクトル。


「デニルさん、もしサキライ帝国が攻めて来るとしたら、この道1本ですか?」

 帰り道、キシニフ辺境伯領軍と一緒に戦うことを考えてみた。

「そうよな、この道しかないだろう。あとは海か」

「海から攻めてきますか?ザーイの軍備はどうですか?」

「ザーイか?ザーイは大丈夫じゃよ。自治なんてものは、自分の身を自分で守れるくらいの軍備を持っていて言えるものじゃよ。サキライ帝国が攻めて来たって、そうそう負けやしねえくらいの軍備があるのさ。自衛できなきゃ、独立なんてことは言えねえな」

「そうですか。非武装中立なんてことは、成り立ちませんよね?」

「非武装?そりゃあ、無理だろう。非武装にしちまって、誰か攻めて来たら、どうするんだよ。誰が守ってくれるんだよ?占領されて終いだろうが」

そりゃそうだ、確かにね。


 崖と海に挟まれた道を抜けるとパッと平野が広がる。大げさだが、圧迫感が一瞬で解消された。サキライ帝国側から来るとこういう印象を受けるのか。サキライ帝国が攻めてきたとき、この海の道で攻めることは地理的にできない。海の船の上から矢を射るとかはできそうだが、ここは遠浅のように見えるので、船から遠すぎるだろう。ということはこの道を通っている間は、サキライ帝国軍は安心して来れるのだろう。そして、ヤロスラフ王国側、というかザーイ側の平野部に来て戦闘が始まるということか。わざわざここまで来て戦争しなくちゃいけないというのは、大変ご苦労なことだと思うけど、そこまでして戦争する理由がサキライ帝国にはあるんだろうなぁ。




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