女が来る
「女のことだが、ビクトルの兄ちゃん、あんた嫌だったら断ってもいいぜ?」
なんとデニルがビクトルに気を使ってくれた。そうだな、こんな町のこんな宿で来る女なんて期待しない方が良いだろう。ビクトルの幻想をぶち壊すことになるかも知れない。ユリさんがどうだったか知らないが、キシニフでは夢を見たと思う。でも、いつかは現実を知るんだけどなぁ。
などと、余計なことを考えてたらビクトルが、
「大丈夫です。来てください」
と言いよったビクトルくん。ビクトルよ、鬼が出るか、蛇が出るか?という言葉もあるんだぞ?おっと、この世界にはないかも知れない。宝箱と思って開けたらミミックだ、ってこともあるんだよ。
「そうかい、なら頼んどく。マモル様はもちろんじゃね」
「あぁ」
オレは最初から承諾するという前提か。オレの細やかな心情を汲むことなくデニルが語り始めた。
「この町の一番の産業が売春なんじゃよ。一番というか、それしかないんじゃ。さっきも言ったが、男の働き口がろくにないし、手に職を持たないヤツも多い。となると女が身体を売って生計を立てるしかないわな。だもんで、ここは安くてな、ザーイからも半日掛けて女を買いにくる。一番安い女なら銅貨100枚にもならないはずじゃ。あっしはそんな女を買ったことはないがね。しかし、ザーイで暇はあっても金がないヤツはここに買いにくるんじゃよ。
こんな話を聞かせて済まないが、必ず女を抱いてやってくれ。良かったら、金を渡してやってくれ。後から来る女は大銅貨5枚じゃから、間違っても銀貨なんか渡さんでくれ。そんな金持ってたら、帰り道盗られちまうかも知れねえ。マズいときは殺される。だから、大銅貨1枚でも2枚でもいい。何もしねえで返すのもいかんぞ。女にも誇りってものがある。娼婦やっててもカスみたいな誇りを持っとる。何もしねえで、金をもらうなんてことは、できねぇんだよ。女の境遇に憐れんで抱かずに金だけ渡すってのはゼッタイにダメだぞ。だから抱いてやってくれ」
うーん、これと同じ状況が以前もあったな。ギーブとハルキフの間の村で。
デニルは心配だったか、もう1度念を押す。
「分かったかい?女が来たら、何も言わず抱いてやってくれ。来るのはこの町でも上等な方の女だよ。女の生活を支えると思って抱いてやってくれ」
「デニルさん、一つ聞いていいか?この町では娼館というものはないのか?そこに行った方が良くはないのか?」
「マモル様、確かに普通はそう思いますわね。でもここでは呼んだ方が安心なんでさ。娼館があったとして、まぁありますけどね、その行き帰りが危ないでさぁ。帰り道、気持ち良くなって力の抜けたときに襲われて、ケガならまだしも殺されて金を取られてしまっちゃぁ、元も子もありませんぜ。だから、女に来てもらうのが安心でさぁ」
そういうことね、夜道の帰り道はとっても危ないと。真理です!
とにかく、女が来ると言うので部屋で、ちょっとワクワクしながら待っている。デリヘル待つ気分ってこんなんなんかな?などと思いつつ、部屋で待っていると、ドアをコッコッコッとノックする音がした。指先の灯りを少し明るくしてドアに向かい、開ける。そこにいたのは、明らかにヤロスラフ王国の女とは違う異邦人と言っていい女が立っていた。考えてみれば、オレもヤロスラフ王国人から見て異邦人なので、失礼な話なんだが。
コツコツ、ドアがノックされ、何も言わないのにドアが開けられ、女が顔を出した。
「タチバナ様ですか?」
「そうだ。キミがデニルさんに呼ばれた人か?」
「はい」
もしかしたら、言葉が違うかも知れないし、訛りがあるかも知れないけれど、脳内変換されているんだろう。けど、デニルよりは訛ってないような気がする。
女は背丈が160㎝くらいはあるだろうか、目鼻立ちがヤロスラフ王国人よりハッキリしていて眉毛が太い。肌の色も茶色く(黒く?)明らかにサキライ人であることが分かる。中肉中背で胸が少し淋しいけど、オレの許容範囲であったので安心した。
「中に入ってくれ」
と言い、招き入れる。
「よろしくお願いします。できれば乱暴にしないでください」
ペコリと頭を下げて、いきなり注意事項を言われた。乱暴にする、ヤツがいるのね。それも頻繁に。だから最初にそう言うのね?
「分かった。でも乱暴して良いことないだろう?」
「それが、そういうお客がいます。一昨日もそうだった。だから、昨日、仕事できなかった」
えらく率直に言われた。そんなこと言っていいの?
「それは大変だったな。色んな客がいるんだ」
と言ったら、それが呼び水になったようで、彼女は話し始めた。
「顔を叩いてきて、無理矢理しようとした。叩かないで、とお願いしたら、腹を殴ってきた。分からない、どうして殴るのか分からなかった。泣いて止めてとお願いしたら、やっと止めてくれた。オレは、泣き叫ぶ女とするのが好きなんだって言ってた。金を払っているから、オレの言うことをきけ、って言った。金を、余計に出すから、もっと泣き叫べ、って言われた。ほら」
と言い、服をめくり上げ腹を見せてくれた。そこには内出血した痕があった。なんちゅうか、いろんな男がいるんだなぁ。そんな性癖の持ち主は死んでしまえば良いんだよ。きっとこのほかにも痕があるんだろう。
気の毒になって考えもせず、痕に触れ『Cure』と唱えた。手を当てた部分が光る。女は、最初また殴られるのかと思ったらしく後ずさろうとしたけど、オレの手の方が早く、すぐに呪文が発せられたので、あっけにとられていた。
手を外すと、痕はなくなっていた。
「痛くない。痕、痛くない。ありがとう、あ、でも、アタシ、お金ない、治療費、払えない。どうしよう?今日のお金、もらえない」
と言ってボロボロ泣き出した。オレの払う金で生活しているから、金がないと困るということね。オレ的にはそんなこと気にしてもらわなくてもいいんだけど。
「治療費は良いよ。これからオレを気持ち良くしてくれればいいから。それより、他に痛い所はないのか?ついでだから治しとくぞ」
と言ったが、オレの好意に甘えるわけに行かないと思ったのか、後が怖いと思ったのか分からない。モジモジして何も言わない。もうしょうがない、これは強制執行するしかないだろう。
「おい、服を全部脱ぐんだ。裸になれ!命令だ!」
彼女はビクッとしながら、それでも脱ぎだした。服も結構汚れているなぁ。
「ほら、服をこっちに寄こせ。下着も全部だ!」
目を見開いている。
「帰るとき、服を、返してください。お願い、します」
あれ?なんか、変な嗜好のヤツと思われたんじゃないだろうか?そんなこと気にしていても仕方ない。服を手に持ち、
『Clean』
と掛けた。ほら、キレイになったぞ。臭いもしなくなったし、汚れも落ちた。驚いて目がまん丸になっている。服を凝視している。
「おい、きょうつけーをしろ!」
「???」
あ、きょうつけーって日本固有の言葉なんだった。
「まっすぐ立って裸を見せろ!」
彼女は言われた通り、オレの方を向いて裸を見せる。さっきの腹の他にも胸、腕、足に打撲痕が残っている。顔だけ殴らなかったってことか、ひどいもんだ。これだけ殴られたら、相当痛かっただろう。とにかく治してやろう。おっとその前に、臭いをなんとかしよう。
『Clean』『Cure』
と連続して掛ける。
「どうだ、痛いところはもうないか?」
「はい、治りました、ありがとう、ございました」
とお礼を言ってくる。このとき、ハタと思い立った。これで、性病も治してるよね?彼女が罹ってたかも知れないから、ついでに治療したかも知れない。おーこれってケガの功名?
あ、ビクトルのところに行った女の性病は大丈夫なの?




