デニルさんに港につれて行ってもらう
朝食のとき、ビクトルはすっきりした顔をしている。宿の部屋配置でオレの部屋は最上階のスィートのような部屋でビクトルは下の階だった。そのため、ビクトルの部屋で何があったか分からない。もし、どこかのお嬢さんがビクトルの部屋を訪れたとしても分からない。レーダーを使えば、という心の声もするが、そういうプライベートに踏み込んではいけないと思う。だから、ビクトルがすっきりした顔をしているのは、そうかも知れない、そうでないかも知れない。聞きたいけど、聞かない。
さて、朝食を終わってロビーで待っているとデニルさんがやってきた。昔、と言っても数年も経ってないけど、ちっとも変わってない。しかしこの人は、こんな高級宿にはまったくそぐわないよなぁ。よくぞ玄関で止められなかったと思うが、オレの顔を見ると、
「よぉ!久しぶりだったな、元気だったか?」
相も変わらず明るい人で。日焼けして真っ黒で、半裸に近いような筋骨隆々としている。要は筋肉を見せたいということかな?
「さあ、港に行こうぜ!!」
と言われて、外にあったのはオープンカーの馬車でした。これも前と同じ。そして、太陽の光を浴びながらポクポクと港に向かった。
港に近づくにつれ、潮の香りがしてきた。けれど、ビクトルは香りとは感じず、臭いと認識したようで、
「マモル様、何か変な臭いがします。いったいなんでしょうか?」
ビクトルくん、まったくネストルと同じ事を言うんだよな。
「これは海が近いから、潮の香りがするんだ。それに魚の臭いやら、なんやら色んな臭いがしている。オレは懐かしいし、この臭いは好きなんだけどなぁ」
「......」
ビクトル無言。たぶん、自分は好きじゃない、と言いたかったんだろうけど、オレが好きと言っているものを嫌いと言うことは差し障りがあると思ったんだろう。一応、考えているようである。
そして、角を曲がると港が広がり、大小様々の船がズラッと並んでいた。ビクトルは驚いて無言。
「ビクトル、これだけの量の船を見るのは初めてだろう?」
「はい......」
「タチバナ村から来るときに乗ったロマノウ商会の船は川を行き来するための船だから、あの大きさだけど、ここにある船は外海を行き来するためだから、もっと大きく頑丈にできているんだよ」
というとデニルさんも
「そうでさぁ。外洋はずっと遠くまで繋がっていますから、見たことのないような物もたくさんありますぜ。人もいろんなのがいますからね」
とビクトルに言う。ビクトルは初めて見る船に圧倒されて、言葉もなくキョロキョロ見ている。質問したいことはたくさんあるのだろうけど、何を質問すればいいのか分からない、という状態なんだろう。
「デニルさん、魚と干し昆布、干物、魚醤を買いたいんだけど、連れて行ってもらえないかい?」
「分かりましたぜ。それで、昼メシは前と同じ店でいいですかい?」
「そう!!あそこにしてくれ。楽しみにしてたんだ。あん時買った麦飯はすぐに食べちゃったよ。今度はあるだけ買い占めていくから」
「ありゃ!?そんなら、麦飯と山芋を買って行かれればいいんでないですかい?」
「そう思って、自分で買って作ってみたんだけど、再現できなかったんだよ。やっぱりあの店の炊き加減と魚醤の味が違うからなんだろうなぁ。麦飯を炊くのがこんなに難しいなんて、知らなかったよ」
「おや、そうですかい?あっしはいつも喰ってるから分かんねぇなぁ。そしたら、今のうちに店に使いをやっときます。マモル様の持ち帰りで、釜一つ炊いといてくれってね!」
「おおぉぉぉーーー、そりゃあいい!!是非頼んます!!」
「分かりましたぁぜぇ、おーーーい、そこのオマエ、海猫亭に行って、今の話、伝えてこい。それと、オマエは海猫亭の親方に聞いて、魚醤買って来い。あるだけ、どれだけでもいいぞ。1樽でも2樽でもいい。海猫亭で使ってる魚醤だからな!間違えんじゃねえぞ。それと、そこのオマエは山芋買って来い。束で買えるだけ買って来んだぞ!!いいな、オマエら行ってこい!!」
さっすがデニルさん、そこら辺にいる半裸の兄ちゃんたちを顎で使って走らせた。兄ちゃんたちも「ヘイっ!!」って良い返事して駆けて行った。山芋は別にここでなくても買えるんだけど、勢いってものがあるから、ここは黙ってお願いしとくべきですよね?忖度、そんたく、ソンタク。
「ここら辺の魚がお勧めでさぁ」
とデニルさんに紹介された店で魚を見るんだが、どれも新鮮だ、と思う。冷凍で運んでくるなんてことはできないだろうし、すぐに萎えてしまうだろうから、今朝獲れた魚ばかりだと思うんだけど、赤いのんやら、青いのんやら、色とりどり。ビクトルは魚の臭いに閉口しているようで、店の中に入って来ず、入り口のところで立っている。本来は主人に付き従ってこないとダメなんだけど、これもネストルで経験済みだから大目に見るよ。
それで、新鮮な魚を大量に買う。まあ、鰺とか鯛とかヒラメなんだけど、あるたけ買う。箱買い、大人買いするので店主が目を白黒して他の店から持ってこさせようとするけど、そこまで欲しいわけじゃない。店の一角で作っていた鯛汁も鍋と七輪?ごと買ってしまう。味噌はないから塩だけの味付けなんだけど、それでも十分美味しいのよ。ビクトルは離れて見ていて
「そんなの買うんですか?」
って顔している。キミはね、今まで川魚しか知らないから、無理ないよなぁ。オレも鯉や鮒は食べたいと思わないもん。ウナギは食べるけど、白焼きはそんなに好きじゃなくて、あれはタレをつけて食べないと嫌だ。できればひつまぶしが好きだという、ウナギ好きな人に言わせると邪道になるんじゃないだろうか?でも好きなんだから。
さて、乾燥昆布が欲しいのだけど、生昆布は見掛けるが乾燥昆布はない。
「デニルさん、乾燥昆布はないですかね?」
「あんなもん、乾燥して食うヤツなんて滅多におらんから、どこにも売ってないと思うぞ?あれが欲しいのかね?」
「そうなんですよ、欲しかったんですけどね。ないなら仕方ない、生のヤツを買っていきます」
最悪、『Dry』でやってみて、たぶんダメなような気がするけど、ダメなら村ハズレで天日干しする。けど、臭いでブーイング受けそうな気がするんだよなぁ。
「そうしてくれんか?乾燥するなんて面倒なことをやりたくないわい」
「でも、乾燥昆布を作ってくれれば買いますよ?1枚大銅貨1枚かな?」
と具体的な値段を言ってみた。どうだ?
「売った!!今から作るわい。できた分はみんな買ってくれるかい?」
ほら、乗ってきた♪この肉厚な昆布が1枚大銅貨1枚というのは、オレの価値観としては安い!
「あんまり多いと買えませんけど、月20枚くらいなら買います。ロマノフ商会に頼んで送ってください。後で言付けしておきますから」
「おーーーし、分かった!これから作らせっから待っててくれ!」
なぜか乾燥昆布でテンションあがるデニルさんだが、こっちとしても助かるし、余れば帝国の斉藤さんに送ればいいし、ギーブにいるリヨンさんに送ってもいいし。斉藤さんは喜んでくれると思う!お礼に醤油を樽で送ってくれないかなぁ?
港にはイカ、蟹、海老、鮹は置いてなかった。希望をすれば取ってくるのだが、普通は誰も食べないので置いてないんだって。鮹やイカの外見で食べないというのは分かるけど蟹や海老ってダメなのかなぁ?
あっちこっち行って魚買ったりしているうちに、昼飯の時間になったよ。さぁ、海猫亭に行こうぜ!




