交渉は終わったと聞かされる
宴たけなわでございますが、とは上手いことを言ったモノで、辺境伯領トップのドンチャン騒ぎを抜けて(と言っても解放してもらったのは夕方だった)ビクトルを連れ、馬車で宿に向かう。
「マモル様、かなり飲まれたのでしょうか?」
「うん、飲みたくなかったけどね。大人は飲まなくちゃいけないときってあるんだよ。ビクトルも成人して、村の幹部として働き出して、村の外と交渉したりすると、必ず酒の席に呼ばれるからね。だんだんと酒の訓練をしておかないといけないよ」
「訓練ですか?酒は嗜むもの、楽しむものと父が申しておりましたが?」
「確かにネストルはそう言ってたよなぁ。でもネストルって、酒の席には出なかったんじゃないかなぁ?家で飲んだりしていたの?」
「父が家で酒を飲む姿を見たことはありませんでした。母の言うには、若い頃、飲んだくれて家で粗相して、母に注意され、それ以来家で飲むことはなくなったそうです」
うん、ビクトルくん、たぶんそれはサラさんは『注意』したんじゃないと思うよ?強く『強く指導』したんだと思うけど。一発レッドカードくらいじゃなくて、シーズン出場停止くらいのことを言ったんだと思うよ。予想するに怖いけど。
「確かにネストルは、オレとどこかに行ったときも、宿の外に飲みに行くということもなかったよなぁ」
「そうなのですか?」
「うん、どこにも行かなかったよ」
「どこにも?」
ああ、ビクトルはネストルがキレイなお姉さんの所に行ったどうか聞きたいのか?
「うん、どこにも行ってない。一昨日ビクトルが行ったような所にも行かなかったよ。バゥやミコラを連れて行くと、ヤツらは喜んで行ってるけどね」
「オレグ兄はどうですか?」
それを聞く?聞いてくる?
「え、オレグ?オレグは、うぅぅ、知らない!!」
「......知らない、ということは関知されていないと言うことですね?」
「何も言いません。ビクトル、沈黙は金、という言葉を知りなさい。お母さんの妹を妻にしているでしょ、オレグって。ねっ?知らなければ、何も話しようがないんだから。(ここは強引に話を変えよう)そういうことを聞くっていうのは、ビクトルはまた、あそこに行きたいの?」
そう聞くと、まだ若いビクトルくん、顔を真っ赤にして小さい声で、
「はい......」
と言いましたがな。やっぱそうだろう。ユリさんに悪いけど、若いキレイなお姉さんが相手してくれりゃ、夢中になるわな。
「でも、ビクトル。今晩は無理だよ。オレはたっぷり飲んでいるから、こんな状態で店に行けないし。それにビクトル1人で行けないでしょ?お金も持っていないだろうし?あそこは高かったんだよ」
高い、という言葉に反応して、
「彼女は、ハンナさんは、いくらなのでしょうか?」
と食いついてきた。そうなんだ、彼女はハンナさんって言うんだ。2人でいくらは分かるけど、彼女はいくらか知らないので適当に言っとこう。
「彼女は銀貨4枚よ。高いだろう?今回、オレの従者として外に出るということで、サラさんがビクトルにお金を持たせてくれたと思うけど、たぶん足りないだろう?それに、その持たせてくれたお金をお姉さん買うのに使うなんて、サラさんは予想していないんじゃないかな?何かお土産買うのに使うのは良いけどさ、お姉さんに使っちゃいけないよね?」
そう言われて、ビクトルはしおれてしまった。仕方ないよなぁ、世の中の厳しい現実を知ったんだよ、今。
「はい......」
ビクトルくん、泣くんじゃないかって思うくらいだ。声が湿ってるから。一昨日、夢のような時間を過ごして、ホントに夢に出て来ているかも知れないよね。また行きたいって思うのも無理ない。今はサカリのついた犬状態だからなぁ。オレも経験あるから、気持ちが分からんわけでもないけど、コレばっかりは仕方ないだろう。ポツン村の日常とあの店のあの時間のギャップが大きすぎるから。
また、連れて行ってあげるから、今はガマンしてくれって。
その夜、ビクトルがいかに悶々としていたかは知らないが、夜は更け、朝になった。
朝食のときのビクトルは、いつも通りの顔をしている。オレはシュタインメッツ様とクルコフ子爵様に呼ばれて、朝食をご一緒することになった。
「マモル、キミのお陰で辺境伯との交渉は上手くいった。交渉団はこれで解散だ。マモルは自由にしてくれ。私たちはせっかくここまで来たのでザーイに行こうと思うが、マモルはどうする?」
とクルコフ子爵様から聞かれた。交渉の内容は昨日聞いたモノだけではないだろうが、こんな朝食の場で聞けるようなモノではないだろうし、一介の男爵ごときが聞いて良いようなものでもないだろうから、聞かないことにする。ただ、ザーイには行きたい、いや行かないといけない。どうして急転直下、交渉がまとまったのか、非常に不可解であるけど。
「ザーイには行きたいと思います。ロマノウ商会の本店がありますので、挨拶に行かないといけませんから。それに買っておきたいモノもございますので」
「そうか、ではザーイまで一緒に行こうではないか。その後は自由行動ということにしよう。我々はお忍びで行くことになるので、身分を明かすような行動を取ることはないようにしようではないか?」
クルコフ子爵様が言われるので、異論はない。
「分かりました。ではザーイまでご一緒致します」
クルコフ子爵様が続けて、
「これもマモルに伝えておいた方が良いだろう。イズ大公国は公都をギーブとすることとなったそうだ。それによって大公様はギーブにいらっしゃることになった」
「それではヒューイ様はどうなるのですか?確か、ギーブの領主になられると聞いていましたが」
「そうだ、その通りだ。ヒューイがギーブの領主となる」
「あ、そうですか、なるほど。では、ヘルソンの領主はどなたがなられるのでしょうか?」
「それは、ステパーン・バンデーラ男爵だ。あぁ、今は子爵かこれまで大公様の補佐をしてヘルソン統治を行ってきた。軍政共々なかなかのモノだぞ。ザーイの帰りに挨拶をしておいた方が良いだろう。大の甘党だからな、砂糖をたっぷり持って行ってやれば喜ぶぞ。『降り人』については偏見を持っていない。ブラウンを上手く使ったのも、バンデーラの手腕だ。もし、サキライ帝国と一戦あるとすればバンデーラの軍が主体となるだろう」
なるほど、そういうことか。では帰りに会っていこう。でも、向こうはオレのこときっと知っているよな。大公様に面会したとき、きっと側にいたんだろうし。
とは言え、さてさて、久しぶりのザーイだ。いったい何があるだろう?港のデニルさんは元気かなぁーー!!




