コーヒーをどうしよう?
館の中にコーヒーの香りが満ちている。
「タチバナ様、私にも1杯くださいませんか?」
聞いた声がするので、顔を見たらミワさんだった。意外と早い再会でしたね。
「ミワさん、もちろんいいよ。はい、どうぞ」
ミワさんは嬉しそうな顔をしている。
「なんとなくコーヒーの香りが漂ってきて、気のせいかと思ったのですが、廊下に出てみると間違いなくコーヒーの香りで。思わず来てしまいました」
嬉しいことを言ってくれます。
「はい!!」
とカップにコーヒーを入れ、ミワさんに渡す。
ミワさんはカップを手に持ち、まず香りを嗅ぐ。ニコニコニコと笑顔がこぼれる。
「あーーーこれだ。これがコーヒーよね!この世界に来て初めて!10年ぶりくらいかな?懐かしいなぁ!!」
そういって一口含む。口の中で転がしている。そして、ゴックン!!
「あー、美味しいーーー!!涙出ちゃう。ほんとに美味しい。コーヒーってこんなに美味しい飲み物だったんだぁ!?昔は、いつでも飲めるから味わうこともなかったけど、こうやって飲めると、ありがたくて涙が出ちゃうよぉ」
ポロポロと涙こぼしながら飲んでる。この姿を見ると、オレって恵まれているんだなぁ、と思わせられる。いろんな所に行って、『降り人』が作ったり見つけたり知ったものを貰ったり教えられたりして、蓄積して楽しませてもらっている。感謝、感謝しかない。
ミワさん、コーヒー飲みきってお代わりできないって知ったら(だってみんなに配ってなくなっちゃったから)、ちょっと涙目になって、考えたように首をかしげていたけど、意を決したように、
「タチバナ様、あの、このコーヒーってお高いのでしょう?私に買うことはできますか?もし、もしですが、これを譲っていただくわけにはいきませんか?もしかしたら、コーヒー飲めるのが、これが最後かも知れないって、ちょっと残念すぎます。
お米が無理というのは分かってます。誰に聞いても知らなかったし。でも、コーヒーのこと知ってる人はいました。でも、なかなか手に入れられないって聞いていました。だから諦めていたのですが、今、こうやって目にして、口にして、飲んだら、もっと飲みたいって欲が出て。
タチバナ様、これはおいくらなのでしょう?なんとしてでもお支払いいたしますので!?」
ミワさん、一生懸命頼んできた。
そうは言ってもなぁ、困るんだ。そういう流れは予想できたんだけど。
「ミワさん、コーヒーミルもドリップも1点ものなんです。これってオレが作ってもらったもので。もし、これらを作ってもらったとしても、そんな高くないんじゃないかなぁ?オレは確かコーヒーミルとドリップとで銀貨1枚だったと思うけど。
問題は豆なんだよなぁ。これってウチの村でしか作ってなくて、まだ売るほど作っていないものだから。大公様に献上するのとオレが飲む分くらいしか、ないんだなぁ。少しずつ増やしていく予定ではあるけど」
オレの発言を聞いたミワさんが、1度引っ込んだ涙がまたウルウルと滲んできた。それに追い打ちをかけるように、
「だから、コーヒー豆の値段があってないようなものなんだ。将来、白胡椒よりは安く売りたいと思っているけど。希少性を考えると、今はコーヒーの方の供給量がまったく少ないし。高級品として売って行きたいと思っているんだけど......」
そこまで聞いたミワさんは黙ってしまった。
しばらく沈黙があって支配人が口を開いた。
「タチバナ様、よろしければお手持ちの豆とミルとドリップをしばらくここに置いて頂けないでしょうか?タチバナ様がおっしゃられるような高級な嗜好品として扱われるなら、ここでお客様にお出しすれば当店の評価も上がろうと言うものです。もしそのようになれば、白胡椒より高いと言われても、それは購入させて頂きます。いかがでしょうか?」
う~~ん、店のステータスを上げるのにコーヒーを客に提供したいと?その分のコストは客に請求すればいいから、客単価は上がるから良いと。それほど高く買ってもらえるというなら、ここに置かせてもらうのも良いだろうか?超高級客限定ということにしてもらえば、良いだろう。後は、ザーイに行って、グラフブレンドの豆を仕入れてくれば、オレ自身の分はあるわけだし。
「豆の安定供給は約束できないけど、それでもいいなら、置いていくことにしましょう。当面は白胡椒の倍の値段になるけど、それでも良いの?」
「結構でございます。それでお願い致します」
「あ、それで豆を挽いたりドリップはできる?ミワさんはやったことある?」
ミワさん、パッと顔がほころんで、
「はい、大丈夫です。喫茶店でバイトしてたとき、マスターが中座して私が代わりにコーヒー出したことがあったんです。だから経験してます、任せてください!!」
と胸を叩いた。
「それなら、一式置いていくし、豆はほら、これね」
と言って、袋を出した。これだけで幾らになるんだろう?支配人が部下に豆の重さを量らせている。
「マモル様、何をされているのですか?」
後ろからビクトルが声を掛けてきた。やっと......やっと来た。
「商売。コーヒー豆売ってるとこ」
「コーヒー豆?あれが売れるのですか?」
「ビクトル、あれは売れるんだよ。お子ちゃまには分からないだろうけど、分かる人には分かるんだ」
「そうですかね?あんな苦いだけの飲み物なのに」
とビクトルが言ったとき、豆の重さを量り終わったようで、支配人が
「銀貨120枚分ございました。ですから金貨6枚でよろしいでしょうか?」
と聞いてきた。
「いいよ。大事に使ってくれ」
オレが返事をしたら、ビクトルがオレの腕を掴んで、
「マ、マモル様、あ、アレが金貨6枚、ですか?アレがどうしてそんな高い、のですか?一体全体、アレのどこか良いのでしょうか?」
グイグイ引張りながら聞いてくるけど、
「アレは分かる人には分かる、としか言いようがないんだよ。村に帰ったら、もう少し量を作れるようにしようや」
「は、はい、分かりました」
「そうすると、ビクトルもまた、ここに来れるかも知れない」
「はい!!」
最後にすっごい良い返事を頂きました。
さて、ビクトルも来たし、帰ることにしよう。娼館を出て、2人で宿に向かう道を歩く。
「なぁ、ビクトル。良かったか?それにしても、どうしてあんなに時間がかかったんだ?何かあったのか?顔を見れば良かったと書いてあるんだが?」
と聞くと、こいつ晴れ晴れとした顔で、
「はい、すごく良かったです。もう最高でした。でも、そんなに遅かったですか?」
「そうだぞ。オレはだいぶ待った」
「それは申し訳ありませんでした。でも、マモル様も3回やられたのでしょう?」
え、ビクトル、3回もやったの?なんつーか、これからビクトルのことを元気クンと呼びたい。ここは、オレは2回、とは言わず、
「オレは1回だけだよ。相手のお姉さんとゆっくりお話しても、たっぷり時間あった」
「え?1回ですか?あれ、おかしいな?若い子は3回するのが普通って、ユリさんが......」
「ん、ユリさんが?」
「......」
「ユリさんが?」
「......えっと、ユリさんが言ってました。申し訳ありません、マモル様、このことは呉々も秘密にしてください!!」
バカだなぁ、こいつ。オレが秘密にしていても自分で人に話しちゃいそうだ。それに、ユリさんから言われただけで、どういう状況で言われたかなんて分からないでしょう?そこを口止めするっていうのは、そういう状況で言われたってことでしょうが。ビクトルくん、新しい世界が開けて嬉しいのは分かるけど、よくよっく気をつけないとイケナイよ。
「おーーそうかい。分かったよ、分かった。オレは口は堅いからね。任せておきたまえ!それにしても、今日のお姉さんとユリさんは大違いだったろう?」
「はい!それはもう!!全然違いましたよぉ!女の人の裸を見たのは、生まれて初めてだったですから」
「そりゃ、良かったね」
「まだ、あそこが包まれている感じがします!」
「そうかい、そうかい」
ビクトルはハイテンションのまま、宿に着くまで語り続けた。こういう時、詳しく聞き込むヤツと聞かないヤツの2通りいると思うけど、オレは後者で、話たければ自分から言うさ、という考えでほっておくことにする。人に話したい、聞いてもらいたい、という気持ちはすごく良く分かるよ!!でも、それをガマンして黙っておく強い気持ちがないとバゥみたいに墓穴を掘るんだからね。男同士でそういう話をすると、必ず痛い目に合うってことを知っておかなくちゃいけない。男同士の秘密ってものは、必ず女に伝わってしまい、地面に水が浸透するみたいに広がるものなんだし。
まあ、人生何事も勉強だよ、勉強。




