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キシニフの夜

「もしや、この店は、あの店でしょうか?」

 とオレが聞くとシュタインメッツ様が、呆れ顔で、

「マモル、何を言っているんだ?見て分からないのか?」

 と言われてしまった。そりゃ、見て分かりますよ、見れば。


「いや、そういうことを聞きたいわけではなくて、貴族の方々はどこか旅行に出かけたとき、こういう店に行くのが当たり前なのでしょうか?私はそういう常識は疎い方だと自覚しているので、行った先々でこういうお店に行くことはないものですから」


 シュタインメッツ様とクルコフ様は顔を見合わせ笑い出した。お付きの人も苦笑している。

「ハハハ、マモル、済まない。確かに君は『降り人』だし、この世界に来てから時間も経っていないのだったな。この世界の常識も貴族の常識も不足しているのは理解している。だが貴族であるし、妻が3人もいるから分かっているのかと思ったが、どうもそちらの知識は疎いようだった。

 フフフ、今日は君の従者のビクトルのために来たのだよ。聞けばビクトルはもう14才で、もうすぐ成人すると言うじゃないか?それなら、少し早くはあるが、こういう店を経験させておかないといけないと思い連れて来たのだよ。本当はブカヒンに泊まったとき、マモルが連れて行ったのかと思っていたのだが、そういうことはなかったとビクトルから聞いたので、クルコフ子爵と打合せして来たのだ。

 マモルは3人も妻がいるから、こういう店は使わなくても良いというなら、待っていてもいい。聞くところによれば、ビクトルの母親を妻にしているそうだな?余計なことをビクトルは言ったりしないと思うが(ビクトル、頷いている)、そこは気まずいところもあるかも知れないから、そこは君の意思に任せよう。

 ビクトルは村の者から、こういうことがあると聞いていたようだから、楽しみにしていたようだぞ、ははは。あぁ、もちろんビクトルの分の料金は君が出してやってくれ。

 じゃあ、後は各々好きに帰ることにしようか。ビクトル、しっかりがんばれよ!!」

 シュタインメッツ様に肩をポンと叩かれる。こんなフランクなシュタインメッツ様は初めて見た。

「はい!ありがとうございます!!」

 元気で明るい返事のビクトルくん。キミ、村にいるときにそんな返事したことないよね?


「さあ、マモル様、行きましょう!」

 ビクトルに先導される。

「あぁ......」

 思いもしない展開について行けないオレ。そうは言っても、ここまで来たら突撃するしかない。いつまでも店の前に立っているわけにもいかないので、入店するわけですが。いや、嫌じゃないんですよ、決して。ただ、心構えができていなかっただけです。こういうお店は、心の準備して、心も体も万全な状態にして入りたいじゃないですか?それで、あーしようとかこーしようとか、事前にいろいろ考えたりして。暴力振るったり、極端な変態行為をしないかぎり、ほぼ制約ってないに等しいから、いや決してないわけじゃないが、日頃抑えている行為を開放されるんだし。

 いや、基本Welcomeなんですよ、オレは。


 これが娼館の匂い、というか、女性の匂いを濃密にした空気とフェロモンが肺に入っていくのが分かる。血液を通して、身体に染み渡る。これが精力になるわけでしょう。


 店の玄関には黒服のお兄さんがいて、オレたちを丁寧に迎えてくれる。なんでも、貴族の息子が筆下ろしをするお姉さんたちというのは、ちゃんと控えていらっしゃるそうで、そこはもう経験豊かであるが、一見ウブそうなお姉さんと見える方がお相手してくれるんだそうな。後から聞きました。


 そういうお姉さんというのは、限られているものかと思ったら、それは百戦錬磨の方が揃っていらっしゃって、初心者にも熟練の方にもちゃんと対応されるし、お姉さんたちの好みの外見を選ぶことができる。お金を払うんだから、それは当たり前か?ただ、この世界、写真がないから、好みの容貌を言葉で伝えないといけないが。


「ビクトル、オマエが先に選びなさい。こういう外見と言えばいいから」

 ビクトルはコクンと頷いて、黒服に外見の希望を言っている。なになに、髪の毛は金髪から茶髪、ちょっとくせっ毛でクリッと巻いてて、おつむが小さく、色が白い、あれ?ユィみたいな子を言うのかと思ったら、ちょっと違う?ちょっとホリが深くて目が大きくて、濃茶色、背はビクトルと同じくらいで胸はそんな大きくなくていいが小さいのも困るので、中くらい、と非常に注文が多いぞ。それにえらく具体的でないか?あれ、これってどこかにいないかったっけ?ん、カタリナに似てない?え、ホントに?ビクトルは気がついている?たぶん、無意識に好みの女性のタイプを言ってる?


 黒服がピッタリの子がいます、と言っている。その子を連れて来るようだ。これは是非監督者兼保護者として見てみないといけないだろう。なんか、息を呑んで待っている自分がいる。


 お客様のお相手はどうしましょう?なんて聞いてくる。面倒臭い、いや、向こうも仕事なんだから当たり前か。誰でもいい、なんて言うと地獄を見そうだ。いや、お店がお店だし、ハズレを引くということもないだろう。が、ここはちょっと考えさせてくれ、と言って時間稼ぎをする。でも、なかなか、ビクトルの相手の子が来ない。ここは上司として、義理の父親として、絶対に見て、確認しておかないといけないんだ。もし、オレが満足いかないような子だったら、ビクトルの相手をさせるわけにはいかないだろう?いや、そんなことを考えてもしょうがない。店が自信持って推してくる子だからオレがダメだしする必要もないはずだ。

 なに、オレ?オレの相手?えーーー「黒目黒髪で目が大きくて口が小さくて、あんまり鼻が高くなく色が白くて、ほっぺがぷにっとしていて、手足がすらっとしているような若い子がいい、そういう子を見繕ってくれ」と頼むと、さすがプロ、ピンと来る子がいたようで、承りました、と言って下がっていった。


 待合室でオレとビクトルがぽつねんと2人で待っている。出された紅茶が美味しいなぁ。砂糖だって白砂糖よ?これはきっとポツン村産だろう?こんな所で、わが村の産品に出会うとは感激である。しかし、この感動を村の者に伝えられないのが辛い。


「ビクトルの子は遅いなぁ?」

「いえ、待つのも楽しみですから。マモル様のお相手も遅いですね」 

 こいつ、女慣れしたセリフじゃね?こんな店初めてだろうに、妙に落ち着いているし。オレがハルキフで初めて入ったときは、ワクワク感で堪らなかったんだぜ?それなのにナゼ?確かに上気した顔をしているけど、アワアワしているわけでないしなぁ。

 

 外見上、落ち着いて待ってるとナゼか

「タチバナ様、お待たせ致しました」

 と黒服が言ってきた。え?オレが先?廊下の先のカーテンの向こうに女の子が待ってて、こっちを見ている。どうして、オレが先なの?ビクトルの相手の子は人気者だから、誰かの相手をしてて忙しいから来れないのかな?でも、初心者マークを付けた男の子にそんなのを当てはしないだろう?


 オレがここで待ってても、ビクトルの相手の子がいつ来るのか分からないので、席を立つことにした。

「ビクトル、オレは先に行くから。オマエはどれだけ遅くなっても良いから、焦るなよ。気を大きく持って、相手に任せればいいから」

 と役に立たないようなアドバイスを先輩面して言う、つい言ってしまう。と、ビクトルは

「頑張ります!!」

 と非常に良い笑顔で答えてくれた。心の穢れているオレには絶対に出せないような笑顔。娼館で見せてもらうような笑顔ではないような気がするが。まぁ、いいや。


 オレのお相手のお姉さんのところに歩いて行くと、

「お客様、よろしくお願いいたします」

 とお辞儀してくれた。顔を上げたのは、まんま日本人。確かに黒目黒髪というのは日本に限らず、モンゴル系ではある顔立ちだから。でもこの世界では非常に珍しい。思わず、顔を凝視してフリーズしてしまった。これはどこかで見たような気がする。


「お客様、どうされましたか?」

 お姉さんはニコッと笑って、オレの手を取る。

「こちらです。いらっしゃってください」

 とお姉さんに手を引かれて、奥に進む。その時、すれ違った女の子がカタリナそっくりだった。その子は待合室の方に歩いて行く。思わず、その子を目で追うと、オレの相手の子が、

「嫌ですよ、そんな他の女の子を見ていちゃ」

 と手をつねられた。

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