シュタインメッツ様、ご来訪
シュタインメッツ様はオレが村に戻ってから、1ヶ月ほど経ってやって来た。いや失礼、ご無礼いたしました、ご訪問なされました。
さすがにお一人でいらっしゃるということはなく、お供の方を5名連れていらっしゃった。ゴダイ帝国出身の2人と大公国の3人で、大公国側はお目付役というか、監視役ですね、間違いなく。一応、名目上は道案内ということだったけど。
シュタインメッツ様の第一声が、オレの顔を見るなり、
「さあ、旨いピルスナーを飲ませてくれ!!」
と言うモノだった。
「ギーブで大公様から、前にマモルが持って来たというピルスナーを飲ませてもらったぞ。再現度はまだまだだが、この世界のエールに比べれば格段の旨さだった。だから、楽しみにしていたぞ!」
そうですか、なら仕方ないので、村の中の案内もせずに、一直線にビール工場に向かう。
ビール工場の前に雪だるまが立っていた。日本なら初夏といった季節なんですけどね 、はぁ。
下が直径1mほど、上が直径60cmほどで、にんじんの鼻、ジャガイモの目、木の桶の帽子、木の枝の手、と構成もきちんとしている。はぁ、オレがユィに語った、雪だるまの定石が守られている。ほとんど溶けていない(下に水たまりがそんなできていない)ので、作ったばかりということなんだろうな......。
「これはすごい雪だるまだ!」
シュタインメッツ様ご一行は皆さん、驚いています。魔力の無駄遣い、を絵に描いたような雪だるま。そりゃ、こんな暖かい、というか亜熱帯のような気候のところで、こんなものがあるというのは、異常現象というしかないよね。ゴダイ帝国出身者はともかく、この国の人間ではこんなデカい雪の塊を見たのは初めてだろう。
ヤロスラフ王国の方々は雪だるまを手で触って、
「おぉ!冷たいな!」
と当たり前のことを言っているよ。沖縄の人が東京で、初めて雪を見たような感じだと思う。
そして、工場の中に入ってもらおうと、ドアの取っ手に触ろうとしたとき、バチンという火花が取っ手と指先の間に生じましたがな!これって、静電気が取っ手に貯まっていてスパークしたんじゃないよね?絶対に、どなたかがオレの触ることを予想してなさったんでしょうね。絶対にどこかで見られているような気がする、きっと隠れて笑って見ているんだろうなぁ......トホホ。
オレって日本にいるときは、人間蓄電池って呼ばれていて、冬場は触る金属全部、大なり小なりスパーク起こすという人間でした。この世界に来て、適度な湿気があり、化学繊維が使われていない服装なので、あまりスパークが起きてなかったのだが......。
「今のは静電気か?」
シュタインメッツ様が聞いてきたってことは、火花が見えていたってことか。昼間の真ん中でも、火花が見えるくらいの電気を貯めてくれてた……誰かさんの努力に、ただひたすら呆れる。
シュタインメッツ様に
「静電気って知ってるんですか?」
と聞いたら、
「バカにするな!!」
と叱られました。何でも1860年代には大西洋横断電信ケーブルが設置されていたそうで、こんなところでも無知を披露して恥をかいております。
もう一度、おっかなびっくり、取っ手を触ると、さすがさっきので放電したんだろう、今度は何事もなく取っ手を握り、ドアを開ける。
工場の中は、外に比べてかなりひんやりとしており、ブルッとしている人もいる。ただシュタインメッツ様は、
「これくらいの温度は過ごしやすいな」
とコメントして頂いたけど。工場の中にはデカい氷が壁に沿って並んでおり、これを見た人は、これだけの氷をどこから持ってきたんだ?誰が作ったんだ?と話しておられますが、なんと1人が作っているんですよ。
「この氷で室温を一定に保っています」
と説明するが、誰が作っているんだ?と思っているだろうけど、誰も聞いてこない。
「これだけの氷は何人がかりで作っているんだ?」
と話しているけど、すみません、1人です。何を聞かれても「企業秘密です」で押し通すことにしていますから。オレも一応男爵なので、身分が下の者に対しては言わなくても、どうってことないからね。ま、後でバレたんだけど。
だんだんと寒くなってきたので、さっさとビールを飲ませることにした。木でできたジョッキ(ガラスはまだない。大変高価なのでウチは無理。大公様にならガラスジョッキを買ってきてでも出すけど)を渡し、セルフサービスで樽から注いでもらい、外に出て飲む!!
カァーーーー!!昼間から飲むビールは旨い!!いいねぇーー!!どうです、皆さん?
飲んで、口に泡を残して皆さん、思い思いに感想を言ってくれているが
「マモル、まだ物足りないところはあるが、まだ1年ほどしか経っていないことを考えると、十分合格点を与えられるぞ!さらなる高みを目指して欲しいが、今はこれで十分だ。夜にたっぷり飲ませてくれ!!」
シュタインメッツ様からお褒めの言葉を頂くと、さすがに嬉しい。フン、フン、フン、このホップはヒューイ様から大量に送ってもらったのを使ってますからね!これに比べるとエールなんて水のようなもんだから、シュタインメッツ様の付き人の方々は微妙な顔をしているけど、慣れるとこっちの方が美味しいからね。
続けてIPAを注いでみた。ゴクゴクと飲まれるのを見ている、喉仏が動くのをじっと見ている。どうかなー?
「プハーー!?これも旨い!!いいぞ、マモル。このビール工場はゴダイ帝国がヤロスラフ王国を占領したとしても、必ず残すと誓おう!!」
シュタインメッツ様、変なフラグを立てないでくださいませ。残るってのは良いですけど、ゴダイ帝国が占領なんてのは、オレの目の黒いうちは見たくないから。
そして本村に戻り、ついに凶賊との戦闘経過の詳細聞き取りに至る。どうせ、オレ1人に聞いて終わりというわけでない(当時オレは村にいなかったし、シュタインメッツ様と会ったりしてたから)、オレ以外の者から聞き取りするわけで、正直に言うしかない。
エラそうに聞き取りするシュタインメッツ様がどういう肩書なのか聞くと、大公様の特使で調査を任されたということで。凶賊と戦闘して、村にも結構な被害が出たというなら、珍しくもなんともないけれど、村がまったくの無傷で凶賊を退けたということが大公様の関心を引いたそうで、今後他の村でも対応を真似させたいと思われたそうな。
オレが思うに、3姫とバゥの奥さんがいたから、というのが完勝の理由だと思うけどなぁ。弩を準備するというのも重要で、普段から練習させとくというのも必須だけど、いざ凶賊が襲って来たとき、ユリさんみたいに旗振りが沈着冷静にできる人って、男でもそうそうおらんぞ、と思うし。ユリさんが関係して負けたのは、辺境伯軍だけなんじゃない?相手はプロ?の軍隊だったんだからねぇ、あれは仕方ないよ。
ユリさんは凶賊が襲撃してきたとき、ビクトルをずっと側に置いて、英才教育を施していたというヤツもいるから、教育者としても優秀なのかも知れない?なぬ、一時2人の姿が見えない時があった?バゥは検死に行っていて知らない?みんなで深く追及していない?それは重要なことですよ、平穏を保つために。忖度と知らんぷりと沈黙、ってことがね。
そんなわけで、シュタインメッツ様は優秀な官僚らしく、3姫始め主要な村人に面談聴取の上、報告書を作成してらした。それも朝起きて、ビールをたっぷり飲んでから仕事を始めている。ビールの臭いをプンプンさせながら......。
はぁ、よくあんなに微に入り細に入り人の話を聞いて、それを整合性取って報告書にまとめるもんだと感心する。PCあれば、報告書の書き直しなんて簡単なことなんだけど、この世界ではPCないから、いきなり文書を書き始める。頭の中でどれだけ、正式文書ができているか?というのが勝負で、文書を作成しながら考える、なんてことはNGだそうである。
こういう人って、オレが真っ直ぐに作った畑の畝を、真っ直ぐさが足りなくて気持ち悪いとか言って作り直す人のような気がする。この例えって分かりにくいだろうか?
完璧主義者が他人にも完璧さを求めるのって、至ってはた迷惑な話ですよね。でもゴダイ帝国から一緒に来ている人は、そういうシュタインメッツ様に慣れていて平気な顔している。大公国の人は驚き呆れているけど、キミたち事務職はそうあるべきなんだから見習いなさいよ!オレは為政者、末端でも領主だからオレグかロビンがそうなら良いの。大公様だって、オレにはそんなこと期待していないから、大丈夫。
シュタインメッツ様が3姫を事情聴取して「あれはバケモノだ」と評していたけど、あなたも人間の皮を被ったAIだと思いますよ。バケモノが人をバケモノと言うシュールな世界。オレのような小市民の住む世界ではないような気がする。




