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始まる

 盾持ち、弓隊、剣槍隊のリーダーが集められ、作戦を伝えられる。

「みんなも感じていると思うが、誰も皆、緊張して疲れてきていると思う。このままでは朝まで保たないことは分かっているだろう?」

 バゥが聞くと、誰もが皆、首肯する。集まって来ている者たちに疲れが見える。緊張が続き誰も眠れていないのだから。

「だから、これから先制攻撃を掛けることにした」

 と言われると、みんなハッとした顔をした。生気が戻った。戦う恐怖はあるけれど、ここまで来たら早く始まって欲しいと誰もが思っていたのだ。ただ、暗い中で戦う不安があった。


 バゥは続ける。

「まず始めに、モァ様が敵に雷を落とす。そのあとスーフィリアが火の玉を落とす。その火の玉はヤツらの中で敵をいくらか倒すだろう。しばらくして、残った敵が攻めて来るだろ。それを弩で迎え撃つ。あと残ったヤツらを両側から剣と槍で挟み込んで攻めるという作戦だ。

 敵がオレたちの近くに来たときに、ユィ様が大きい光を出して、敵の目くらましをされるそうだ。そのとき、直前に『目をつぶれ!』と言うから、一瞬目をつぶるようにしてくれ。でないと、目がやられるそうだぞ。それで敵の目がやられている間に、矢を射る。敵は動けねえはずだから、ドンドン撃つ、撃てるだけ撃つ。惜しまず撃つ。

 暗くなってきたら、敵の中に火矢を撃ち込む。人が燃えようが、地面に刺さっていようが、しばらく燃えているはずだから、見えるはずだ。いいな、何か質問はあるか?」

 バゥが見回すとモァが

「私とスゥが敵に雷と火の玉を落とすのは良いけど、敵とどのくらい距離があるのかしら?」

 と聞いた。福音派のシモンが、

「おおよそ、100歩くらい離れていますね。もしかすると、もう少し離れているかも知れません」

「そんなに距離があるの?そんなに遠くじゃ、敵に雷を落とせないわ。もっと近づかないといけないわね。真っ暗な中じゃ、私は近づけないわよ?」

 とモァが言うのでバゥが、

「じゃあ、誰かにおぶって行ってもらいますか?よろしいですね?モァ様とスーフィリアさん2人だから、男2人ということで......」


 兄ちゃんたちは色めき立った。モァ姫を背中におぶることができるって。オレが指名されないか?こんなこと滅多にないことだぞ?一生に1度かもしれないし?と思った兄ちゃんもいたのだが。未だスーフィリアの認知度は低かった。いつもユィモァの後ろに控えていて、前に出てくることが少ないので、美少女であるのに知られていない。


 バゥは色めき立っている面々を見渡し、シモンの方を向いて言った。

「福音派の人にお願いしますぜ。戦場慣れしてるし、夜目も効くし。すんませんがお願いします」

「分かりました」

 バゥの依頼に、シモンはさらりと答える。そしてフィリポとジューダを呼び頼んだ。期待した兄ちゃんたちは一様にがっかりしている。


 同じ頃、まだまだ暗いが、凶賊たちのなかには、起き出している者も出始めた。朝日が昇る前、薄明かりの状態で村に攻め込むということを決めている。

 突撃前の準備なぞ、周りの者を起こし、腹ごしらえをして装備を付けることくらいしかない。月もなくなり、空一面の星だが夜明けが近いようで、空の片隅が少しずつ明るくなってきている。装備を付けないといけないので、村の方に光りが漏れないようにして火を付ける。周りでいくつかの焚き火に火が入った。


 これから村に攻め込むというこの時間、あと少しすれば、村を蹂躙して、食いたい物を食い、飲みたいものを飲んでいることだろう。女だって犯し放題だ。ひもじいのもあと少しだ。誰も何も言わないが、ニヤニヤと顔が緩んでしまう。周りの仲間も一様に、ニヤついている。

 そのとき、星の見えたはずの頭の上の空が黒くなっていることに気がついた。雲?おかしい、頭の上だけ暗くなっている。ゴロゴロと音がしている?なんだ、何が起きている?空を見上げる。

 その瞬間、周り中が光り輝き、気を失った。2度と目が覚めることなく、その後に来た炎の玉に焼かれて死んだ者多数。


 凶賊たちがボチボチ目覚め始めた頃、福音派のフィリポがモァを背負い、ジューダがスーフィリアを背負っている。2人とも戦場で不謹慎なことは十分承知しているが、ポツン村に降りた女神と陰で呼ばれている美少女を背中にしょっている幸運をキーエフ神に感謝していた。


 働いている場所がビール工場のため、親しく接することができず遠目にしか見ることができなかったユィモァとスーフィリア。たまに工場の氷を作るためユィ姫が来ることがあり、一緒にモァ姫とスーフィリア姫が付いてくることがある。福音派の若者の面々に取っては3姫は出自がどうであろうと、姫と呼ぶことになんのためらいもない。偶像崇拝は宗義上、禁止されているが、3人の像を造ってみたいと思う者もいる。

 その姫の足を抱え、背中に重さを感じ、ふとした瞬間に自分の顔に少女の髪の毛がかかってくる、至福の時間と言っても良い。このまま、千歩でも一万歩でも行ける!!と思っていたが、あっという間に凶賊の所から30歩近くまでの距離に到達した。


 自分を背負ってくれている男が(名前なんて記憶していない、そもそも覚える気がない)モァを意識しているなんてことは、これっぽっちも思わず、詠唱に集中する。モァは小声で、

「てんにおわせらるる、いかづちのかみよ、われのねがいをかなえたまえ。われはいかずちのかみのけしん、みおな・やおすらふなり。いま、われのねがいをかなえたまえ」

 と唱え、両手を組んで頭を下げ、詠唱?に集中している。モァのツインテールがフィリポの顔の両側にかかる。この至福の時間が続きますようにと神に祈る。


 それを見て、モァ様は始めるんだ、と思ったスーフィリアも右手を天に向け魔力を集中し始める。スーフィリアは詠唱という物を教えられていないので、何も唱えない。

 モァが唱えているのは、マモルが詠唱するとカッコイイと言ったのでやっているだけのこと。セリフはマモルが教えてくれた物を覚えただけで、意味はまったく分からない。

 フィリポとジューダは顔を見合わせ、多幸感に浸っている。この時が永遠に続いてもいいと思いながら。


 モァが魔力を集め始めると、詠唱とはまったく関係なく、髪の毛の一部がビシっと発光した。そして上空が暗くなり始め、暗くなった中からチラチラと発光が始まった。そしてモァが

『Thunder!!』

 と叫んだ途端、凶賊の集団のど真ん中に天から雷が直撃した。辺り一面、真昼のように明るくなり、人の顔のシワまで見分けられる明るさになった。と同時にバリバリバリーーーという音がして、直後に地面に何か落ちたズドドドーーンという衝撃波が広がり渡った。凶賊のほとんどの者が、何が起きたのか分かっていない時に落雷が起き、雷の直撃した者は、一瞬のうちにショック死した。その周りにいた者も電気ショックを受け、気絶する者、全身や手足に痺れの起きた者が続出した。


 そして、雷の光りが収まり暗くなってきたときに、宙に火の玉が浮かんだ。最初は赤黒い炎の玉。その下に男に背負われたポニーテールの女の子が手を上げて、その上に炎の玉が輝きを徐々に強め、色が青白く変わり、大きく膨らんでいる。

 凶賊たちは、雷撃で呆けた頭で、炎の玉を見ている。だんだんと大きくなる炎が自分たちのところに放り込まれるだろうことは分かっているが、自分が何をすれば良いのか分からない。目を離すことができない。


 凶賊の1人が叫ぶ、

「オレはあれを知ってるぞ。公爵軍と戦ったとき、あんな火の玉を投げてきた男がいた。あれは見た目ほど熱くないぞ。一瞬ガマンすれば大丈夫だ。あれはこけおどしだ!!」

 それを聞いて、皇太子軍とイズ公爵軍がぶつかったとき、マモルの作って投げた火の玉を思いだした者もいた。そうだ、あれは見た目ほど熱くないんだ。一瞬のことだった、と。


 いろんな思いが渦巻いているが、とにかくあり得ない光景にただ目を奪われていた凶賊。そして炎の玉の大きさが1mを越えたとき、

「えぃ!!」

 というかけ声と共にスーフィリアの右手が凶賊に向かって投げ下ろされた。その右手に釣られるように炎の玉がゆっくりと凶賊の中に飛来して落ちた。誰もがみんな、その様を呆然と見とれている。


 炎の玉は凶賊たちの中に落ち、着地とともに炎の玉がゆっくりと潰れていく。そして潰れるとミルククラウンのように玉から炎のしぶきが飛び散らばった。しぶきは触れた有機物をすべて、発火させる。布、木材、槍の柄、剣の柄、そして人。炎を消したくとも水がない。しぶきを浴びた凶賊が火だるまになり転げ回る。しかし、誰も消すことができない。そいつが自分の方に来たなら逃げるしかない。阿鼻叫喚が起き、誰も統率することができない。凶賊たちはその場から逃げ出した。

 落雷で死んだ者は直撃の数人だけだったが、炎で死んだ者は多かった。そしてヤケドで動けなくなった者も多く、20人以上が死んだり動けなくなり、凶賊の1/3以上がこの時点で脱落している。


 モァとスーフィリアが呪文を放ったとき、2人を背負っているフィリポとジューダは雷と炎に見とれてしまった。一瞬の間があって、モァが、

「早く、早く戻って。魔力が枯渇しちゃったから、もう何もできないから。早く安全なところに戻って」

 とゼイゼイと言いながら、ぽんぽん頭を叩く。それで我に返り、村に向かって走り始めた。背中に炎の熱さと凶賊たちの叫びを感じながら。ジューダもスーフィリアが脱力して背中にしがみついているのを確認しながら、走り出した。


 同じとき、アノンとミンは凶賊を先んじて攻撃すると聞いていたので、漠然と凶賊の方を見ていた。しかし、突然空から雷が光の柱のように落ち、その音に全身が揺さぶられた。そして十分離れていても煌々と明るい炎の玉が中空に生まれ、それが凶賊の中に投げられたようだということが分かった。そして、凶賊の中から大きい絶叫が聞こえた。

「ミン、あれ何?」

「何って、きっとモァとスゥだと思う。ユィなら氷だと思うし」

「何をどうすればあんなのができるのよ?」

「分かんない。もう人の域を外れていると思う」

「そうね。同じ魔力持ちでもアタシたちみたいに、人を治すのは人の範疇に入るけど、あれは人外だわ」

「うん」


 工場の中にいたサラたちは、工場の外に突然の閃光が発し、中を明るくした途端、工場を揺さぶる衝撃と振動が襲った。

 起きていた者はもちろん、寝ていた者も飛び起き、抱き合う。外で何かが起きていることは間違いない。何が起きているの?何か知る手立てはない?工場の上の窓から外を見る者が、

「あっ......!!」

 絶句した。



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