凶賊が近づいている
凶賊たちは、夜明けと共にボチボチ起き出して、見張りが立っていないことに気が付いた。夕べ、見張りに立たせていた者が1人も立っていない。たかだた100人ほどしかいない集団だから、それほど広い範囲にテントを張って野営したわけでもない。それなのにナゼかいなくなっている。
しかし、こういう者の集団であるから、脱落する者というのは珍しくない。凶賊の勢いがなくなってくるとボロボロと落ちこぼれが進み、あっという間に集団が崩れてしまう。ただ悪党と言うものは、まとまっているから怖れられるということは自覚している。1人2人ではチンピラに過ぎず、力のある村人が5人10人集まると簡単に抹殺されてしまう。町の中ならともかく、町の外の村で賊からこぼれてきた者を村人が殺したからと言って、領主から咎められることはない。
凶賊から抜けていく者がいるのは日常のことだから、どうせそういうことなんだろうと考える。それにケガをして歩けなくなった者、腹を壊した者、動けなくなった者がいても、放っておくだけだ。ついて来れなくなったのなら、それでいい。薬を使って病気を治すなどと言うことはしない。そもそも薬のような高価な物を持っていない。死んだら死んだとき、病んだら病んだときで、面倒見ることはない。
見張りがいなくなったが、特に食糧が盗まれているわけではないし、何か変わっているわけでない。単にいなくなったというのが不思議だが、まとまってどこかに逃げて行ったのか?というくらいの認識を凶賊たちは持った。
が、朝食を食べた頃から、腹を壊す者が出始めた。20人ほどがひどい下痢をし始めていて、動けなくなっている。そういう者たちは、いつも通り置いて行くことにする。具合が良くなれば、後から追いかけてくるだろう。それに今日の夕方には、あのポツン村が見えるはずなのだ。あの裕福で知られているポツン村。こんな世の中なのに、餓死する者がいないと言われる村。たぶん、がっぽりと食糧と金が蓄えられている村。そこに行けば食べ放題、女は犯し放題、のはずだ。
前に襲った村は40人ほどしか村人のいない貧しい村だったから、大して蓄えもなく、村人も痩せ細っていて、女もろくなのがいなかった。村から奪ってきた食糧はあと1日分くらいしか残っていない。ただ、夕べ10人ほどいなくなり、今、腹を壊して動けなくなった者を見捨ててきたので、もう少し喰い繋げそうだ。だと言っても、せいぜい2日分の食糧しかないだろう。
前の村で馬を調達したかったが、貧乏な村だったので、馬も飢饉が起きたときに売り払われていて1頭もいなかった。仕方なく下っ端が荷車を引き、移動している。だから余計に移動が遅くなっている。下っ端はろくに喰っていないので体力がなく、足取りが重い。近くにポツン村があるという期待があることで、なんとか進んでいる。
進むにつれ、太陽が照りだし、水を飲む。草原の真ん中だから近くに川もなく、荷車に載せて来た甕の水を飲む。が、進むにつれ、また腹を下す者が出始めた。おかしい、食い物か?いや、水だ。仕方なく凶賊の頭が、
「おい、水を飲むんじゃねぇ。飲むと腹を壊すぞ!腹を壊した者は置いて行くからな。いいか、分かったか?」
配下の者はブツブツ文句を垂れるが、面と向かって言う者はいない。そのうち、朝イチにポツン村を見に行った者が帰って来た。この者は、村が戦闘準備を始めた姿を見ていない。
「頭、間違いなくこの先に村がありますぜ。村人も多く活気あります!痩せ細ったヤツなんていねえし、女もたくさんいますぜ!あの村は当たりだぁ、早く行きましょうぜ!」
と何とも嬉しい報告をした。
「オマエら、聞いたかぁ!?この先に、ポツン村が間違いなくあるぜ!!そこには、食い物も女もたくさんあるんだぁ!今日は近くまで行って、明日の朝一番に攻め入って腹一杯喰って楽しませてもらおうじゃないか!!」
「おう!!」
途端に士気が上がった。目の前にデカい餌が下がっている。今まで襲って蹂躙してきた村と同じように、暴力を使い征服すれば良いのだ。夢のような生活が見えている。領軍が村に来る少し前に、村から食い物とお宝を馬車に積んでトンズラすればいいのだ。マヌケな領軍なんぞ、今まで間に合った試しがないぜ。今まで通り、簡単なことだ。あと少し、喉の渇きをガマンすればいいのだ。
凶賊の動きを遠目で福音派のジューダとナタナエルが見ていた。
「思ったより動きが遅いな」
「そうですね、人数も減りましたし」
「やはり、腹下しが効いたんだろうか?」
「そうでしょう。ついてこれない者は置いてきているのでしょう。残された者は糞尿にまみれて死んでいくのか、獣に喰われてしぬのか。私はどうやって死ぬのでも、腹を壊して死にたくありませんよ」
「そうだな、私もそうだ。尻から下痢便を垂れ流しながら、死んで行くなんてことだけは嫌だな」
「凶賊から脱落したヤツらはどうなっているんだ?」
「シモンは、殺さなくとも狼たちが始末してくれると言っていましたよ。ただ、狼を呼ばないといけないので、血の臭いがするようにすると言ってました」
「そうか。なかなかキツいが、仕方のないことだ。あ、偵察のヤツが帰って来たぞ。ポツン村を見つけてくれたかな?」
「みたいですね、足取りが軽かったし、何か凶賊たちが沸いているように見えます」
「だな、近くに獲物があると思ったら、やる気が出たんだろう」
「よし、ワシらは1度村に戻って報告しようか」
「はい、分かりました」
草に紛れ、2人は村に戻った。
「どうして誰も話を聞いてくれないのよ!」
とモァが言えばユィも、
「そうよね、おかしいわ。私たちにどうして協力してくれないのかしら?」
と言う。
ユィモァとスーフィリアは焦っている。いや、ユィモァは焦っているが、スーフィリアはなるようになる、ユィモァの言う通り動くだけだから私は考えるのは止めておこう、と決めているので、別に焦っていない。至って平静な状態のまま。
思い切って、ユィモァはカタリナ、サラに頼んでみたが、最初から相手にされない。話しも聞いてくれない。男たちは忙しそうにしているので、頼みに行くにいけない。足を向けると、逃げるように散って行く。いつもなら、呼んでもいないのに集まって来る若者が、誰も寄ってこない。
村人たちからすれば、ユィモァというのは素性を良く知らされなくとも、「お姫さま」という位置付けなのだ。マモルの義理の娘はミンも同じだが、ミンの素性は知れており、ユィモァはマモルがギーブから連れてきた訳ありの姉妹である。モァがお転婆と言っても、それは貴族の娘として生まれ育った範疇のものであり、村のガキどもとは一線を画している。だから、村の者たちはユィモァに対しては、本人たちに気づかれないように「お姫さま」としての扱いをしている。
だから2人がどんなに戦場に立ちたいと言っても、ゼッタイにそれは受け入れず、妊娠しているカタリナと一緒に絶対に安全な場所に鎮座してもらう、それが一番良いという認識を村人全員が共有している。
ユィモァがスーフィリアを従え、村の主立った者に頼んで回っているのは誰もが知っているが、その願いを叶える者は誰一人としていない。しかし、それをユィモァは分かっておらず、スーフィリアは薄々感じ取っている。が、それを言うことはできずにいる。村人全員が3人を見ているが、全員が見ていないふりをしている状況である。
「ビクトル、前のタチバナ村に辺境伯軍が攻めて来たとき、あなたはまだ子どもでした。戦いに満足に加われなかったこと、それは仕方なかったと思います。お父様はマフノ家の再興を願っていましたが、志を果たせず亡くなりました。しかし、その功績を認められマモル様が、将来あなたの騎士爵叙爵を約束していただいています。この戦いであなたが勇気をふるい、敵を倒すことで、誰もがマフノ家の再興を認めるよう戦ってください」
とサラがビクトルに圧を掛けている、イヤ語りかけている。ビクトルの父、ネストル・マフノがハルキフで領主の罪に連座してタチバナ村に流されて、ずっと汚名返上と家名再興を願い努力してきた。それを、もう少しで息子のビクトルが叶えようとしている。しかし、今度の村の命運が掛かっていると言ってもいいような戦いで、命を惜しみ村人から蔑まれるようなことがあってはならない。絶対に村人の範となる行動を示す必要がある。そうでないと、マモルが約束したことが反故になる可能性もある。
ネストルとサラの一人息子ではあるが、命を惜しんではならない。なんとしても家名を落とすことは、あってはならないことだ。
ビクトルはその決意を胸に持ち、
「はい、分かっております。絶対にご期待にそえるよう頑張ります!!」
と応えていた。
ビクトル自身も、母がマモルの妻というハンデを感じていた。母が村の中心となって運営を回していること。その前は亡くなった父が担っていた。自らも成人前に、両親の功績によって騎士爵になるのでなく、騎士爵に見合った実力を持っていることを示し、周りに認めてもらわないといけないと思っている。ここで武勇を示してユィ様に認めてもらおうと密かに決意している。モァ様は......パス。いつも口で負けている。もし、モァ様を妻にしたら必ず、両親のようになると思う、きっと。しかし、ユィ様なら、あのいつも控えめで大人しいユィ様なら......。
思春期の男の子の妄想というモノは、自分に都合良く一人歩きするモノである。




