準備始まる
翌朝、いつも通りのポツン村の朝である。違うのは朝食後、村の広場、別名ダンスパーティー広場に村人全員が集められていたこと。
「みなさん、おはようございます。これから皆さんに聞いていただきたいことがあります」
とカタリナが話し始めた。このように村人全員を集めてカタリナが話をするというのは異例のこと。みんなは何かめでたいことでも起きたのか、それとも何か楽しいことでもやるのかと期待していた。しかし、驚くべき話が述べられた。
「この村の近く、と言っても歩いて1日ほど離れたところに凶賊の集団がいます。その集団はこの村に向かっています。私はこの村を守るために凶賊と戦うことを決めました」
意外な話にみんな驚いているが、凶賊がいるなんてことは珍しくないこと。誰もがこの村にも来たか、という認識であり、ポツン村は裕福な村だから狙われるのも無理ないだろう、と思っている者もいる。そして、戦うというカタリナの言葉に異議を唱える者は誰もいない。凶賊に対して和平交渉などこの世界ではあり得ないことだ。生きるか死ぬかの二択なのである。
「凶賊の数は約100名ほど。夕べ、ビール工場の福音派の人たちが少し殺してくれています。女の人、子どもたちは夕方からビール工場の中に籠もって避難していてください。男の人とタチバナ村の戦闘経験のある女の人で希望者は戦う方に入ってください。
村の中に凶賊が入って来て、物を獲られるのは仕方ありません。身の周りの物をまとめて、今日の夕方までにビール工場の中に入ってください。
武器はオレグさん、ロビンさんの所にあります。量は十分にあるので受け取ってください。
戦う人は残ってください。バゥさんから戦闘の説明をします。女の人はすぐに準備して移動してくださいね。それが終わったら、戦う人の食べ物の準備をするのでサラさんの指示に従って、手伝ってください。
一通り終わったら、村の外に土塁を築いて盾を並べます。それはミコラさんが指揮しますので、従ってください。
以上です。よろしくお願いいたします!!」
言葉にするとあっさりしたものだが、その場でカタリナの言葉を聞いた者は身震いして受け止めた。自分たちが築いてきたポツン村をなんとしても守らないといけない。負けてポツン村が無くなるということは、なんとしても避けたい。怖いから戦いたくない、などと言う者はいない。人の死ぬことが日常茶飯事の世界。襲われて弱かったら死ぬしかないのだ。金持ちなら、金を渡せば生き延びれるかも知れない。しかしほとんどの場合、根こそぎ獲られて殺されるだけである。
ポツン村で生活している者は、村の外から集まって来ている者がほとんどだが、自分の住処を守るため逃げるなどということは考えず、戦うことに決めた。商家や農家の長男なら家を継ぐために出征しないということもある。しかし、ポツン村に集まった男は、家の跡継ぎでないため、我が家を持つためにこの村に来ている者がほとんどである。そして、次男三男ゆえ過去に兵士として戦場に立っている者も多い。
そのような者を前にしてバゥが語り出した。他に騎士爵の者がいるのに、平民のバゥが指揮を執ることに誰も不思議がる者もいない。
「凶賊は前に大公様と皇太子が戦った時に、出た皇太子の兵の余り者らしい」
そういうと、みんな「あーーー!?」と声を出す。負けた軍からドロップアウトして凶賊に身を落とす例は珍しくない。そいつらは、討伐されるまで各地を転々として村を襲い、食いつないで行くものだ、というのが共通認識としてある。
「だから、かなりくたびれているようだ。装備も剣を持っているヤツばかりで、弓矢はないそうだ。そいつについては、見に行ってきた福音派のシモンから説明してもらうから、話しを聞いてくれ」
とバゥに言われて出て来たのが、いかにも優男で強そうに見えない、大人しそうな男だった。
「シモンです、よろしくお願いいたします。昨日の昼と夜中に凶賊の様子を仲間と一緒に見に行っています。
ヤツらは馬を持たず全員が徒歩です。荷車に荷物を積んで移動してきてました。装備はかなりしょぼくれた物になっています。剣の手入れもしているようには見えなかったですし、食糧も尽きかけているように見えました。この村には早くて、今日の夕方、遅ければ明日の昼までには着くと思います。
ヤツらの飲み水に腹下しを混ぜてきたので、移動が遅くなるかも知れませんし、動ける人数が減るかも知れません」
と言うと、
「あんたら、見て来ただけか?」
と誰かが聞いたので、
「いえ、10人ほど削りました。(ほぉーー!という声が上がる)今夜も見に行く予定ですが、ヤツらも警戒しているでしょうから、今夜は削れないかも知れません。弓矢を使ってみようと思ってます」
というシモンの話を受けてバゥが、
「と言うことだ。ヤツらのことは分かったな。それじゃ、オレたちはどうするかってことを言うぞ。よーーく聞いてくれよ!
ポツン村は周りに濠が掘ってあるけど、塀も壁もないので濠を頼りに守るってこともできねぇ。村の濠の前に土塁作って、盾を並べてそこに弩を並べるぞ。ヤツらはゼッタイにバラバラにならず、固まって突っ込んでくるはずだ。(なんでだよぉ~?と聞かれ)そりゃ、バラバラになった方が的になりやすくて死にやすいからだよ。まとまって突っ込んだ方が、隣のヤツに矢が当たるかもしれんが、自分には当たらないかもしれないだろ?100人の中の1人と5人の中の1人じゃ、後の方が的になりやすいからな。まぁ、普通に考えると村を守るモンがそんなに弓を使えるなんて考えたりせんだろう?だから、ヤツらは舐めくさって、多少矢が来たって攻めてくるって。そこをオレのかあちゃんたちの弩で刈っちまう。あらかた刈ったところに、オレらが飛び込んで行くっていう戦法だ。細かいこと言ってできなけりゃ困るから、大雑把なことしか言わねえぞ。
ただな、必ず敵が1人にオレらは3人でかかるんだぞ。トドメは刺さなくていい。敵を動けなくすりゃあ、良いんだ。どこかを切れば良いんだ。剣が怖いヤツは槍を持っていけ。3人のうち、1人は必ず槍だぞ。3人で動く訓練すっから、後で福音派のメンツが教えてくれるから集まってくれ。
それで盾は動かないんじゃねえぞ。ヤツらが動いたら、そっちの方に盾も突っ込んでいくんだ。オレらは常に先手先手を取って戦って行く。オレらみたいに、人を殺すのが慣れてない者は守りに入ると弱いもんだ。だからとにかく攻めるんだぞ。
弩は30人くらいか、ユリに使い方教わってくれ。とにかく、矢をどんどん撃つことが秘訣だから、今のうちに練習しとくんだぞ。ユリは女だからって舐めんじゃねえぞ。言っとくけどなぁ、タチバナ村にいるときは、凶賊と辺境伯の兵と2度戦ってんだぞ!おまけに、ルーシ王国にいるときも凶賊相手に槍持って戦ってんだからな。そこら辺にいる男よりもよほど強いからな、気をつけろよ(だからバゥも負けてるのかぁ、あははぁ、と声がかかる)。
オレらの他に福音派の人たちは全員が戦士だ。死にたくなかったら、戦い方っていうのがあるそうだから、よーく聞いとくんだぞ。
あとなぁ、領主様にはこれから連絡すっけど、応援が間に合うとは思えねぇ。だから当てにすんなよぉ!オレらだけで凶賊をやっつけるんだからな。ヤツらを皆殺しにするつもりで頑張るんだ。そうしないとオレらが殺されっぞ!!
いいかぁ、これで解散すっぞ!あと、また夕方に集まるから、ここに集まってくれぇ!いいなぁ、か、い、さーーーん!!」
バゥの非常に大雑把な話しで説明は終わってしまった。誰もバゥから細かな話しが聞けるとは思っていない。要は精神論、士気を鼓舞することくらいしかできないと誰もが思っている。
「弩の人はこっちに集まってぇーー!」
と言うユリの元に集まる人たち。
「剣と槍はこっちだぁ!」
とシモンが声を上げるとゾロゾロと集まる。
「盾と他の仕事の人はこっちぃ!」
とオレグが呼びかけると、ワラワラと集まる。誰もが、あと1日の内に殺しあいが始まることを分かっている。自分たちの準備次第で、一方的にやられて殺され、犯され、蹂躙されることもあることを知っている。




