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福音派、出撃す

 会議が終わって、部屋から人がいなくなっていった。アノンが部屋に戻ろうとしたとき、ユィから袖を引かれた。モァ、スーフィリアが残っている。ユィモァがすがりつくような目をしている。


「どうしたの?ユィ」

「お願いがあります!!」

「何?」

 アノンは3人が何を言おうとしているのか気がついているが、一応聞いてみることにする。正直言って、自分に頼まれても無駄なんだけどなーと思っているが。


「私を連れて行ってください!」

「私も連れて行ってください!」

「私も!!」

 3人が口々に訴える。

「連れて行くって、どこ?」

 お願いの中身は分かっているけれど、一応聞いてみる。

「戦いの場です!」

「私たちも戦えます!」

「お願いします!」

 3人が言うが、アノンは首を振る。

「あなたたちが戦うというのは無理よ。獣を倒すのと、人と殺し合いするのは違うの。ユィモァさんがギーブでマモルくんが戦う所を見ていたとしても、あれとは違うの。大人数が戦うというのは本当に怖い。だから、あなたたちは戦場に出ないで」

「でもミンも出るのでしょう?」

 モァが食い下がる。

「ミンは2度戦場を経験してるから。特に辺境伯軍との戦いでは、お母さんと一緒にケガした人の治療に当たったんだって。だから、今回も私と一緒に治療をしてもらうから。それにあなたたちは『Cure』を使えないでしょ?『Clean』はどう?最低、どちらか一つが使えないと、戦場では役に立たないわ。だから、役に立たないなら、いるだけで邪魔なの。あなたたちを守るために人を配置しないといけないし、それだけ攻撃する力が削がれるの。わかる?相手が強力だから、少しでも我々の攻撃を強くしとかないといけないの。戦ってみないと敵がどのくらい強いのか分からないの。私たちだって、後ろの方にいると言っても、前が突破されると殺されるかもしれないし、どうなるか分からないのよ。

 あなたたちの気持ちは分かるけど、ダメなものはダメ。それに私がイイと言っても、バゥさんはイイとは言わないと思うわ。サラさんもカタリナさんもイイと言わないと思うわ。だから、悪いけど私に頼まれてもダメなの」


 結局、ケンもホロロに断られてしまった。言葉が出ない。言われることは分かっている、よく分かっている。でも、でも、何かやりたい。悪いヤツらに思い知らせてやりたい。ギーブの館でメイドたちが思ったであろう思いを少しでもヤツらに味わわせたい。誰か、誰かが、わたしたちを使って一緒に戦ってくれないだろうか?誰かいないのか?

「ユィ、誰かいないのかな?」

「うん、誰かいないのかぁ?モァは思いつかないかなぁ?」

「あの、ユィさま、モァさま、やはり私たちは止めておいた方がよろしいのではないでしょうか?」

 とスーフィリアが日和る。そもそもスーフィリアはユィモァに流されていて、それほどモチベーションが高くない。村の人の迷惑になるようなことは止めておいた方が良いのじゃないかと思ってる。もちろん2人の前では口にしないけど。


「スゥ!ダメよ!」

「そう!そんなこと考えちゃダメ!なんとしても悪いヤツらを退治するの!仇を討つの!!」

 とやっぱりキツく言われてしまう。

「も、もうしわけありません。でも、だれもわたしたちと一緒にやってくれる人がいなければ?」

 2人のあまりの剣幕に押されキョドるスーフィリア。


「でも、そうなの」

 確かにその通りと思ってテンションが下がってしまうユィ。

「ダメ!ユィ!凹んでちゃダメなの!大人の言うことに納得してちゃダメなの!」

「モァさま......」

「考えましょ、まだ時間があるのよ」

 モァが言うけど、3人に良いアイデアは浮かばない。



 一方、シモンは福音派の同朋を集め、凶賊のことを説明していた。すでに偵察に行き、その動静を捉えていて説明しているので同朋の共通認識となっている。たださっきまで、それを迎え撃つのかスルーするのか村の方向性が決まっていなかったので、それに従って動くことを同朋に伝えたのだ。


「それなら、村が動くのを待つのでなく、我々で今からでも少しでも敵を削ればどうか?」

「そうだな、少しでも削れるうちに削っておけばいいだろう」

「ただ無理をして同朋が戦闘前に死んでは意味がないぞ」

「そうだな、基本2人1組で当たろう。敵の集団の中に入ろうと思ってはいけないぞ。周りで出て来たヤツを削っていけば良い。小便でもしに来たヤツを削るだけで良い」

「暗い中、同士討ちだけはしないようにしよう」

「あまり警戒されて、村に来るのが遅くなると、村人の緊張感が保たないぞ。明後日の朝に来るように、やってくるように手加減を加えて行こうか?」

「とすると、東西南北の4方向からやることにしよう」

「よし、くれぐれもケガのないよう、注意してくれ。夜明けまではやる必要はない。明るくなって見つかってしまうと、囲まれてしまうかもしれない。あと、敵の武器を破壊できるようならやろう。襲われると思っていないだろうから、荷車なぞ外に出しっぱなしだろう。火をつけるなよ。失火に見えるようなら火を付けてもいいが、我々の仕業と分かるようなことは止めておけ。

 功を焦ってはいけないぞ、薄明るくなった頃には帰ってきてくれ。何度も言うが、我々の生きる場所はここにしかない。タチバナ男爵様の庇護を頂き、ここ住まわせて頂き、信仰生活を送らせていただいている。この場所さえあれば、同朋が世界各地でいくら迫害を受けようとも、信仰を捨てることなく、この地に至ることができる。であるから、どんなに犠牲を払おうともこの地を守るのだ。やがて来る同朋のために戦おう」

 その場にいた者は皆、首肯する。


「ではアンデレ、頼む」

「そうだ、暗視をつけてくれ」

「分かりました。順につけていきますので並んでもらえますか?「○■※△×●」はい、次、どうぞ」

「よし、これなら大丈夫だ、行くぞ」

「よし!」

 福音派の者たちが続々と宿舎を出て行く。


 三日月の灯りを頼りに福音派の面々が進む。

 彼らに村を守り戦うということについて、元よりためらう気持ちはない。これまでもずっと戦うことによって信仰を守ってきたのだ。親の代も祖父の代も、その先ずっと祖先の代から戦って守ってきた。

 これまで確たる拠点、住処を持たず、流れ流れて決まった住む場所を得られてこなかった。住み着いた場所を、領主に攻められ全滅したこともあったと口伝されている。しかし、今、為政者に認められ、村の領主にも許され拠点を得ている。同じ村民の拒否反応も少ない。なんとしても、この場所を失うわけにはいかない。例え、村にいる福音派の者が全員死んだとしても、後から来るギーブの同朋たちが居住地を継いでくれる。そして、この場所を守り育ててくれるはずだ。そのためにも、この村を守らないといけない。そのためには、福音派の働きを為政者に、そして領主に、この村人たちに認めてもらわないとならない。死を恐れることなく、村の剣となり矢となり盾となり、村を守るのだ。


 福音派が夜の草原を2時間も走った所、ポツン村から30kmも離れた場所に凶賊は集まっていた。


 凶賊たちはテントを張り寝ているように見える。何カ所か焚き火があり、見張りが立っている。しかし、こんな草原の真ん中で自分たちを襲うものがいるなんて凶賊たちは考えていない。獣の類いは、こんな大人数の集団には近寄らない。見張りは下っ端の役目であり、イヤイヤやらされており意気も上がらず、警戒もしていない。

 見張りなんてものは、本来複数で務めるものなのだが、襲ってくる者なんていないだろうという思い込みで、最低限の1人の見張りが数カ所しか立てていない。それに今まで、それで問題の起きたことはなかった。自分たちが襲うことがあっても、襲われるなんてことは1度もなかったから。


「あ~ぁ、こんな所で野営してないで、早く村に攻め込みたいぜ」

 とため息ついたのが、下っ端見張りのこの世の最後の言葉だった。見張りが周りをまったく警戒せず、焚き火を見ながらブツブツ独り言を言っている後ろから、音も立てずに近寄り、口を布で押されると同時に、背中から心臓目がけて小剣を刺す。刺した小剣を少しひねり、傷口をひねり傷口から空気を入れ血を出すと、見張りは痙攣しながら声を上げることなく絶命した。


 見張りをそのまま、2人で持ち上げ50mも離れて草むらに隠す。そして、殺した男の武器を持ち、見張りの場所に座る。誰か出て来ないか様子を見る。凶賊は野天で寝ているヤツがいるかと思っていたが、さすがにそれは寒いからか、風が当たったり雨が降ったりすると困るためか、誰もテントの外で寝ている者はいない。テントの外には食事を作ったのか、竈が作られておりヤカンが乗っている。こんな草原のど真ん中で、よく水が手に入ったものだと関心するが、これはきっと前に襲った村から運んできたのだろう。


「水があるがどうする?」

「こんな場所だ、井戸があるわけでないし、掘ったわけでもないだろう」

「1晩だけ泊まるために水源を捜したりはしないだろう?」

「ということは、どこかに水を持って来ているな」

「毒を混ぜるか?」

「そうだな。致死量混ぜると持って来た分では足りないな。腹を壊して具合悪いくらいでもいい」

「ああ、あまり効果を期待しすぎてもいけないだろう。せいぜい、少し腹を壊して苦しんでくれればいい」

「では水を捜そう」


 水を運んで来たとすれば、必ず樽に入っており、となると運ぶために荷車に乗っている。野営している周りを捜せば、1ヶ所に荷車が集められていた。他の福音派の者も同じことを考えていたようで、荷車の所にいた。


「同朋か?」

「そうだ。同じ事を考えていたようだな、ふふふ」

「そうだな、荷車はここにあるので全部みたいだな」

「どうする、荷車を壊すか?」

「それをすると、誰からやって来て壊したと思われて警戒されるぞ。安心して水を飲んで腹を壊してもらうというのが良いだろう。他は手を付けず、そのままにしていこうじゃないか?」

「そうだな」

「まぁ、毒は大した量を持ってきているわけじゃない。そうそう期待できんさ」

 樽の中にトプトプと毒(腹下し)を入れる。そこへ、テントから1人凶賊が出て来て水を飲みにやってくる。荷車の影に隠れ待つ。長さ30㎝ほどの両刃の直刀を隠し、身構える。

 フラフラとした歩みで荷車の所に男がやって来て、樽を覗こうとしたとき、影から飛び出し、男の脇から心臓目がけて直刀を刺し込んだ。男の後ろからは布で口を押される者がいる。直刀から血がこぼれないように直刀の根元に布を巻いてある。


「これで2人目だ」

「そうか、オレたちもそうだ」

「なかなか1人になったところを削るのは難しいな」

「いや、そんなに削ろうとすると無理をすることになる。気をつけて行こう」

「分かった。無理せず、ボチボチな」

「そうだな」

 まだ始まったばかりだ。夜は長い。


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