戦うことに決まる
泣きじゃくるユィとモァ。誰も声が出ない。2人の話した悲惨な経験に驚き、飲み込まれていた。
そんな中、アノンは理解していた。ギーブに入り、あちこちに転がっている死体。それが黒死病で死んだ者だけでなく、殺された者が多くいたこと。女はたいてい犯されて殺されていた。子どもを抱えて殺されている母親もいた。貧しい身なりで、ろくに金目の物を持っていそうにない者たちも殺され、転がっていた。
家の中を見ると、家の中がすべて荒らされ壊されていた。抵抗したためか、殺された死体が残っている家もあった。服を着ていればましな方で、身ぐるみ剝がされて裸のままの死体もある。
黒死病で死んだ者より、殺された者が多いのでないかと思われるくらいだった。逃げ遅れ、ギーブの中に残され、外に出る手段を持たない者たちが殺し合う、そんな光景が浮かんだ。
そしてアレクサ公爵が住んでいた館に行ったとき、その荒れように驚いた。たぶん公爵が住んでいたときは、至る所に花が飾られ、メイドたちが生き生きと働いていたであろう。しかし、今は荒れ果て廃墟と化している。人の住んだ痕が残っていない場所。人の気配のまったくない館だったという場所。
その中に、この花のような2人の少女が隠れていたのだ。息を潜め、見つからないように、暗闇の中で、いつ来るかも分からない助けを待っていたのだ。あのとき、マモルが2人を見つけなければ、そのまま飢えて死んでいたかも知れない。もしくは食べるモノを捜しに出たとき、凶徒に見つかり、攫われたり殺されたりしたかも知れない。
あのときの状景を思い出すと、自然にアノンの足が2人の方に向き、両手で2人を抱え、抱きしめてしまった。
ユィとモァはずっとガマンしてきた涙を、ついに流して泣き出した。堰を切ったように大声を上げて。思いかけず温かい胸に抱かれて、2人は泣いてしまった。マモルに保護され、夜が明けて最初に会った女性だったアノン。一緒に地獄を見た女性だったアノン。
ユィモァは泣き止まない。けれど、この会議に参加している者の総意は戦うということに決まっていた。
カタリナは涙を拭い、
「ユィさんモァさんの言う通り、戦いましょう。ただ、問題は私たちが敵を倒すことができるか?ということです」
と言う。オレグが
「いつヤツらが来るのか分かりませんが、ブカヒンから帰るとき、買えるだけの武器を買ってきました。それにリファール商会、ロマノウ商会からも明日、武器と応援を届けてもらうことになっています」
「武器は良いとして、応援?」
とバゥが聞く。
「急なことですから、当てにならないかも知れませんが、戦える者を送ると言っておられました。武器は必ず送ると約束されました」
「分かった。敵の居場所は分かっているんだろうか、シモンさん?」
「はい、仲間が交替で監視しています。まだかなり距離があります。ヤツらは飢えているのか、思ったより進みが遅いそうです。数はおおよそ100人、ほとんどが剣しか持っていません。槍は持っていないようで、弓を持っている者も少ないようです」
とシモンが答えるとバゥは頷く。ポツン村に騎士爵の者もいるが、実質の村の戦闘指導者はバゥであるのは明らかである。
「この村で戦える者は、いったい何人くらいいるのだろうか?」
とバゥが誰ともなく尋ねるとサラが
「村の人間は207人、うち男が144人です。子どもを除いた男が102人です。全員を戦闘員と見れば、敵と同じ数でしょう。ただ実際に武器を使える者が何人いるかは分かりません」
と答えたところに、バゥのかみさんのユリが、
「アタシらも戦うよ!タチバナ村の生き残りが戦うよ!アタシらは2度も戦ってんだ。凶賊と辺境伯軍と!そこらの男たちより、うんと度胸が据わってんだ。負けやしないさ!!」
雄叫びを上げた。そう、このメンツの中では、バゥとミコラを除けば、もっとも戦いを経験しているだろう。2度の戦闘では最前線で戦っているユリである。
「待て、簡単に言うな」
とバゥが止めにかかると、
「何が、簡単さ!アンタがいないときだって、辺境伯軍と戦ったんだからね!」
「違う、違うんだって」
と夫婦げんかが始まる。
「2人には勝手にやってもらって、まず出て戦うのか、守って戦うのか決めましょうよ」
ロビンが発言した。
「それは出て戦おうぜ。守るっていっても、周りには濠があるだけで塀もないし柵があるだけだ。ヤツらは必ず明け方に襲ってくるはずだ。その前にこっちから村の外に陣地を作ってしまおうぜ」
とミコラが言う。
「そうだな。それが良いだろう。女子どもは隠しておいて、ヤツらに見つからないような場所にいてもらって」
と言うとシモンが、
「それならばビール工場に入ってもらいましょう。あの中なら十分に広いですし、もしヤツらが攻めてきても、火事さえ起きなければ守ることができます。あそこは、もし異教徒が攻めて来ても、そこに籠もって戦えるようにと設計してるのですよ」
と苦笑い気味に話した。
「ではそこに女子どもは入ってもらいましょう」
とロビンが言うと、
「アタシは入らないからね!弩を持って戦うからね!!」
ユリの強い決意表明に、みんなバゥの顔を見るが、
「好きにさせてやってくれ。もう、ここまで言ったら人の言うことなんて聞きやしねぇし」
と諦めの口調。誰もがバゥとユリの力関係を再認識する。
「「私も行く!!」」「私も行きます!!」
ユィモァと遅れてスーフィリアが叫んだ。誰もが意外な、スーフィリアの叫びに驚いた。ユィモァの決意は当然のように思っていたが、スーフィリアが何ができるのか誰も知らない、分からない。単なるお付きの女の子、くらいの印象を誰もが持っている。
「いや、あなたたちは出ちゃいけない」
「そうだ、出て来られるとかえって邪魔になるから」
「あなたたちを戦場に出して、万が一のことがあったらマモル様に顔向けできない」
「我々に任せてください」
と次々に言われて、3人は何も言えなくなってしまう。
「アタシとミンは後ろでケガ人の手当をするわ」
とアノン。ミンも頷いている。
「アタシはマモルくんと一緒に帝国に行ったとき、さんざん戦場を経験したのよ。戦うことはできないけど、ケガの治療はできるわ。それくらいのことは任せて!!」
アノンが大公の帝国行きに同行して、大公を殺そうとした戦闘に巻き込まれて負傷兵の治療をしたことは誰もが聞かされている。
「我々は全員が戦えます。剣も弓も使えます。先陣を切りましょう」
とシモンが言う。福音派が自らの同朋を守るため、武力と持って立ち向かうことはよく知られている。拠点を守るため、同朋を守るため、死を怖れず、最後の1人になっても戦うことは良く知られている。そのため、日頃から武技を磨いていることも。
「敵は必ず偵察を放ってくるはずです。そいつらは全部、我々が始末します。1人たりとも生きて返しません。お任せください」
シモンの言葉を誰も大言壮語と思う者はいない。必ず言ったことは実行すると思っている。
「では、村の外に盾を並べ、敵と対峙しましょう。女の人はその中から矢を射ましょう。矢は十分に買ってきてあります。白兵戦になったなら、男たちで立ち向かいましょう。敵は戦い慣れていますから、私たちは2、3人が組んで敵1人に当たることにしましょう。
明日の朝、みんなを集めてもう一度説明します。たぶん、明日の夜、いや明け方近くに戦うことになるでしょう。敵だって、暗いと同士討ちが心配されるので、朝方、それも少し明るくなったときです。
よろしいですね?お願いします」
オレグの言葉で会議を締めくくった。




