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ちっとも明るい話ではない

「それでだ、話は戻るが、マモルの降りて来た村のことを覚えているか?」

「はい、覚えています」

「あの村に名前がないことをおかしいと思わなかったか?」

「それは、思いました。ただ、あの村は罪人が送られてくる村だから名前を付けられなかったと聞いています」

「それにしてもおかしいと思うだろう?自らが罪を犯したわけでなく、主人の犯罪に連座させられただけなのだぞ。それもその子孫まで、だ。その者たちが、子孫に渡ってまであの村から出ることができない。死のうが殺されようが、領都は何も関知しないのだ。いくらこの世界と言っても、異常だと思わないか?」

「確かに、最初は酷すぎると思っていました。けれど、村のみんなもそう言っているので、そういうものかと納得して」

 ここでシュタインメッツ様は苦笑い。呆れているというのか、もしかしたら怒っているのか?


「あの村を作ったのは、さっきヨハネが言ったボリーネ族なのだ。ボリーネ族は忌み嫌われ迫害を受けながら、福音派の信仰を拠り所として生きている民族だ。なぜ迫害を受けるのか正確な理由は伝わっていない。一説によるとキーエフ様の布教を妨げたとか言われているが、はっきりとは分からない」

「ユダヤ人のようにですか?」

「そうだな。だから定住地をなかなか持たせてもらえない。流浪の民と言われたりもする。帝国内でも同じ扱いをされているので、マモルに頼みポツン村に住まわせてもらうようになったのだ」

「そうですか。ギーブの福音派居住地からもポツン村に移り住んで来るかもしれませんし、同じ流れでしょうか」

「それはありがたい。ポツン村で安心して暮らせる、ということになれば世界中、というのは大げさだな、とにかくヤロスラフ王国の他、ゴダイ帝国やルーシ王国に住んでいるボリーネ族が集まって来るぞ」

「そんな大げさな」

「そうでもないだろう。ボリーネ族は居場所を確保するために、様々な技術を身に付けている者も多い。人の役に立つことで、居場所を確保して迫害を受けにくくなるという知恵だ。それでも、人の目を気にせずに、迫害を受けず生活できる場所があれば、そこに行くだろう。同朋が安心して暮らしていると聞けばなおさらだ」

「それもそうですね。それにしてもシュタインメッツ様は、ボリーネ族に対して同情的な気がします。もっと冷たい方かと思っていました」

 言ってから、失礼なことを言ってしまったと思った。昔から母親に「オマエは一言多い」とよく言われたのを思いだした。

 そんなオレの失言をスルーされて(もしかしたら、そんなこと言われすぎていて慣れてしまっているのか?と思ったんだけど)

「……実は私の母はユダヤ人なのだ。父はドイツ人なのだが。母はロートシルト家の末ではあるがな」

「ロートシルト家というのは?」

「マモル、知らないか?そう言えばサイトウも知らなかったな。イギリスではロスチャイルド家だ、知っているか?」

「聞いたことがあるような、ないような」

「オマエはホントに何も知らないな、はぁ......では第2次世界大戦の時のユダヤ人大虐殺は知っているのか?」

 オマエって言われましたよ、オマエって!?そりゃぁ、何にも知らないんですから。堪忍袋の緒が切れたってことですか?


「それくらいは知っています。あれ?でも第2次世界大戦は、シュタインメッツ様が転移してからの出来事ではありませんか?」

「そうだ。それはサイトウに教えてもらった。私が転移してから1960年頃までの世界史を教えてくれたぞ。彼女があまりに詳しいので驚かされたが。逆に何度も言うが、大学まで出たマモルが何も知らないのにも私は驚いているが。聞かれる前に言っておくが、第1次世界大戦の敗北でプロセイン帝国が消滅し、その後ナチスが台頭して第2次世界大戦でドイツと日本が同盟し敗北したということも知っている」

 はぁ、本当にすみません。


 シュタインメッツ様は続ける。

「私は母親がユダヤ人ということで、この世界のボリーネ族に目が行くようになった。迷信だと思うが、この世界ではボリーネ族には魔女が多く生まれると言われているしな。ボリーネ族の血を引いていると魔女になるとか。

 だから、シュミハリ辺境伯領では魔力持ちを忌み嫌うのだろう。昔、ボリーネ族の女はみんな魔女裁判にかけられ殺されたとも伝えられている。

 だから、あの名もなき村にボリーネ族が住んでいたが、ひどい迫害を受けていた。そして、ボリーネ族でなくても罪人をあの村に送り込み、なおさら扱いがひどくなったそうだ。あの村はボリーネという名前が付いていたが、ボリーネという名前が不浄ということで呼ばれなくなり、名前がなくなったとも伝承されている。教会との縁も切れ、ボリーネ族も行けなくなったので、信仰も途絶えたようだ。

 とにかく、シュミハリ辺境領としては、あの村は存在しないし、存在しない村に名前も必要ないのだ。そこに住む者がいたとしても、人ではない。それならば、何をしようが誰も気に病む者はいない。あの村に住む者を殺したとしても、誰もとがめることはない。為政者の視点からすれば、生かしておいてやるだけ、ありがたいと思え、というところだろう」


 そう言われれば、あの村で胡椒の木を見つけたときに、村の人間を栽培にあてたらどうか?とリューブ様に提案したら却下され、村の人間をどこか他所にやって、他から栽培の人間を持ってくるというようなことを言われたっけ?


「それで、そのようなボリーネ族の末裔の者たちがヤロスラフ王国に渡り、人並みの生活をしていると聞いたとき、辺境伯領の者たちはどのような感情を持つか、容易に想像が付くだろう。そして、タチバナ村の者たちが辺境伯領の者に対して、どう思うかも理解できるだろう。

 だから、タチバナ村の戦闘というモノは起きるべくして起こったと言えよう。もし、オーガの町の兵がタチバナ村に派遣されていたなら、戦闘は起こらず平和裏に明け渡しが済んでいたのでないか?私にはそう思えるぞ」


 確かにそうかも知れない。あの時のことは、サラさんたち、ヤロスラフ王国出身者とバゥやユリさんなどのシュミハリ辺境伯領出身者では、かなり見方が違ってた。 やはりリューブ宰相の指示ミスだったということだろうか?昔ギレイ様から聞いた話より、だいぶ具体的だったような気がする。ん、そのリューブ宰相は今、どうしているんだ?


「ちょっとお聞きするのですが、リューブ様は今どうされているのですか?」

「あぁ、リューブは死んだのでないか?シュミハリ辺境伯が侵攻してきたのに同行して、オーガを治めていたまでは良かったが、脳梗塞を起こして動けなくなったらしいぞ。脳梗塞というのは症状を聞いたサイトウとホリタが言ってくれていたが。倒れた後はどうなったか知らないな。生きているとしても、辺境伯領に戻っていると思うが。

 リューブはもともと辺境伯とそりが合わず更迭され、宰相を辞めさせられていたが、ヤロスラフ王国侵攻で連れて来られて激務で発病したらしい。そうだな、マモルも仕事が過ぎると病気になるから気をつけた方がいいぞ」

 あーーーそれは思い当たります。転移する直前まで、激務でしたから。そういうシュタインメッツ様は部下にパワハラかまして激務に沈ませていそうな気がするんですけど。あんたが言うか、という気がします。


 タチバナ村の戦闘について、結局誰かに仇を討つ、なんてことはできないんだな。単純に誰かが悪くて、どうなったなんて単純にかたづけられないことが分かった。魔王が後ろで糸を引いていて、それを倒せばハッピーエンドなんてことはないんだなぁ。

 それにしても、ボリーネ族はよくぞ今まで、生きてきたと思うぞ。


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