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ヤロスラフ王国の歴史について語られる

「私が帝国を離れた一番の理由は、帝室の後継者争いから避難するためでもあるし、その波を被ったせいでもある」

 とシュタインメッツ様が言う。

「後継者争いですか?」

 オレはオウム返しで聞き返してばっかりだ。

「マモルもまったく聞いていないわけではないだろう?皇太子とその弟の争いを。まだ表沙汰になっていないが、だんだんと激化してきている」

「あの皇太子様ですよね?」

「そうだ。前に帝都に来たとき、マモルも皇太子に招かれていたな。宰相が皇太子擁立派の総帥でな、自分が皇太子を養育したと言うこともあるし、皇帝の長子であるから当然世継ぎになるのだが、問題は性格だ」

「それはなんとなく分かります」

 あれじゃなぁ、一国を背負うのはどうかと思うぞ。

「皇太子の性格に問題があると言われているが、皮肉なことに第2王子が傑物なのだよ。その第2王子を内相の派閥が推している。このままでは内戦になるかも知れない。私はそこから火の粉を逃れてきたようなものだ」

「そうですか。じゃあ、護衛の方たちもですか?」

「そうだな、私の監視のためにヤロスラフ王国に来たという時点で昇進争いからは外れたようなものだが、皇太子派と第2王子派のどちらにつくか、博打のようなものだから、国外にいて様子を見ているというのが利口と言えば利口だろう。どちらかについて、死んでしまったら元も子もない。自分だけが死ぬのなら仕方ないと言えるだろうが、一族もろとも殺されるということもあるからな」

「なるほど。どちらに付くか命がけですね」

「当たり前のことだよ」

「でも、こんな話を私に聞かせて良いのですか?」

「このくらい秘密でもなんでもない。帝国ではみんな知っている」

「そうですか?」


 しばらく無言のまま、ポクポクと進む。

「マモルはタチバナ村の戦いを不思議だと思わないか?」

「タチバナ村の戦いのことですか?」

「そうだ。シュミハリ辺境伯軍がアレクサ公爵領に攻め込んで来て、戦闘らしい戦闘があったのは公爵領の中ではタチバナ村だけなのだ」

「本当ですか?オーガやギーブでは戦闘はなかったのですか?」

「本当だ。オーガやギーブでは戦闘らしい戦闘はなかったと聞いている。あのとき、チェルニに公爵軍の大半を派遣していたため、兵がほとんど残っていなかったせいでもあるし、ハルキフやオーガに侵攻を備える兵を配置していなかったためでもある。ろくに警戒していなかった」

「そうなんですか、知りませんでした。この世界って、情報の伝達って人の噂くらいしかないので、情報が耳に入っても本当かどうか分からないし、それが起きてから時間が経っていることがほとんどで、出来事を知った頃には終わっていることがほとんどです」

 この世界は、新聞もテレビもラジオもスマホもない。平民が情報を知る手立てがない。ほとんど、ということではなく、ない。あるのは、人の噂だけ。噂だって伝言ゲームの大規模なものなんだから、信用できるものじゃない。面白おかしく盛られていることが多い。ハルキフの英雄がいい例だと思う。オレの実像とかけ離れたものになっているもんな。

運良く当事者がいれば、その人から真実を聞けるけど、そんなことは奇跡に近い。シュタインメッツ様が知っているというのは、仕事柄情報を集めて、それを精査したものなのだろう。


「そうだな。マモルがアレクサ公爵領の占領を知ったのは、すでにヤロスラフ王国と辺境伯との間で休戦協定が締結された後であったのだろう?」

「はい。あのときはもう、帰還命令が出て知りました。でもタチバナ村がどうなったかまったく分かりませんでした。あの、ご存じなら教えて頂きたいのですが、タチバナ村に兵を差し向けたのは誰だったんでしょう?他では戦闘起きてないのに、どうしてタチバナ村は戦いになったのでしょう?」

 シュタインメッツ様は少し考えて、

「誰が兵を向かわせたのかはっきりしないが、あの頃オーガの街を統治していたのはリューブ卿であったので、リューブ卿だったと見るのが常識的な見方であろう」

「リューブ卿ですか?」


 あの人がタチバナ村を殲滅するよう命じたのか?村人が何十人も死んで、辺境伯軍も全滅したと聞いたぞ。村を占領するだけなら、村の胡椒畑を辺境伯のものにして、村の蓄えたものを得ようとするなら、暴力に訴えなくてもいいだろう?ロマノウ商会のモノだって山のようにあったんだぞ。あの人はそんなことも分からないバカだったのか?


「マモルはなぜ、タチバナ村で戦闘が起きたのか不思議に思わないか?」

「思います、思いました」

 サラさんもだいぶ経ってから言っていた。どうして交渉の余地もなく、いきなり戦いに突入したのか?って。村の明け渡しを要求されるなら、それに従って退去することもできたのに、と言っていた。最初、ネストルが交渉に行こうとしていたけど、辺境伯軍が聞く耳を持たないようだったし、村のほとんどの人が辺境伯軍と聞いて、死ぬまで戦う、ということを言い出したって。ヤロスラフ王国内からタチバナ村にやって来た者はみんな驚いていたけど、周りの雰囲気に流されたって言ってたけど。


「あの背景には民族問題があるのだ。分かるか、マモル?」

 民族問題、何それ?

「分かりません」

「本当にマモルは何も知らないな?このヤロスラフ王国の歴史を調べたことはないのか?知ろうとしたことはないのか?」

 なんというか、ずっと叱られてばかりいるような気がする。

「一応、歴史を知ろうとしたんです。オーガの街でギレイ様にお願いして、歴史書を見せてもらったこともあったんです。でもこれが難しくて。そもそもこの世界の字を読むというのが大変で、おまけに言葉使いも今とは違ったり、字は手書きだし、少し読んで挫折して諦めました」

 そうよ、異世界ノベルにあるような、本を手に取っただけで中身がみんな読めてしまうとか、サラサラっと速読できるっていうスキルを持ってなかったんだよなぁ。

 そう言うとシュタインメッツ様が怪訝な顔をして、

「マモルはもしや、転移するときに読み書きの能力を頂かなかったのか?」

「はい。読み書きは転移してから自得しました。当たり前のことのように言われますが、シュタインメッツ様はもらわれましたか?」

「当然だ、グラフもそうだったぞ。サイトウもホリタもだ。お陰で私はゴダイ帝国もヤロスラフ王国も文書は楽に読み書きできる。古い物でもなんの問題もない。マモルはこの世界に転移して、学んだというのか?それは大変だったろう」


 変な所で呆れられ同情されるオレ、凹む。異世界ノベルでさんざん学習しているはずなのに、異世界ノベルとはまったく無縁の方々に遅れを取っていたという事実。

「質問ですが、シュタインメッツ様が転移されるときに神様に会いましたか?」

「お会いしたが、それが何かしたか?」

「どんな方でした?ちなみにオレは男の神様だったんですけど」

「私は女神だったぞ。言ったらなんだが、マリア様が現れたらこのような方か?と思った。私はルター派なので、マリア様というのは問題なのだが。グラフも、ホリタもサイトウも女神だったと言っていたな」

 オレだけ男だったのかぁーーー女神様ならもっと話やすかったかなぁ。


「話は戻るが、そこの従者、ヨハネと言ったか?オマエはタチバナ村で戦闘が起きた理由が分かるか?」

 なぜか突然、シュタインメッツ様は話をヨハネに振った。ヨハネはしばらく黙っていたけどポツンと言う。

「ボリーネ族、ということでしょうか?」

「そうだ、ボリーネ族ということだろう。分かるか、マモル」

 まったく分かりません。シュタインメッツ様とヨハネは分かるが、オレは分からない。もしかしたら、護衛の人たちもみんな分かっている?ここにいる中でオレだけが分からない?


「分かりません」

 と答えるしかない。ため息をつきシュタインメッツ様が続ける。

「そうか、知らないか。ではヤロスラフ王国とシュミハリ辺境伯領が同じ民族ということは知っていたか?」

「すみません、知りません」

「それも知らないか。ハァ......仕方ない、教えてやろう。ヤロスラフ王国とシュミハリ辺境伯領民は同じユニエイトの民なのだ」

「ユニエイトっていうのは王都の名前では?」

「そうなのだが、元々はユニエイトの民が住んでいた場所という所からユニエイトと呼ばれて地名になったのだ。町が大きくなり、周りを征服するなかで、ユニエイト族の中のヤロスラフ家が王位に就き、ヤロスラフ王国が始まったと言われている」

「ということはシュミハリ辺境伯は?」

「うむ、ヤロスラフ王国が北に領域を広げて今の辺境伯領一体を治めたとき、領主としてシュミハリ家の祖先を統治させたと言われている」

「しかし、シュミハリ辺境伯領はルーシ王国の領地ですよ?」

「そうだな。その後、シュミハリ家とヤロスラフ家で争いが起き、シュミハリ家は南下してきたルーシ王国の一員となり、別々の国に別れたと言われている。ルーシ王国はバルマン族なのでシュミハリ家はルーシ王国の中では異端視されている。民族が違うという理由から、ルーシ王国に組み入れられてから何百年も経っているだろうに、未だにルーシ王国のなかでは辺境と見られているのだよ」

「なるほど」

「ちなみに、ゴダイ帝国はウルチ族だ。宗教もヤロスラフ王国とは違ってゴダイ正教だな。ヤロスラフ王国とシュミハリ辺境伯領だけが同じユニエイト族なので、もしかしたらシュミハリ辺境伯はヤロスラフ王国を併呑してユニエイト族の統一王国を作るつもりだったのかも知れないな」

 

 なにこれ、えらく難しい話なんですけど。だんだんと耳が拒否反応を示してきたよ?



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― 新着の感想 ―
[一言] まもるって何も学ばないばかなのねいいとしこいて笑
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