シュタインメッツ様と合流する
ここから背景説明が続きます。3話の予定です、長くてすみません。それと作者が説明好きで申し訳ありません。
馬を進め、大公国とゴダイ帝国の国境を越え、ハルキフ領に入った。国境には当然のことながら両側に門があり、通行人をチェックしている。大公様より渡された書状を門番に見せ大公国からゴダイ帝国に入ると、
「しばらくここでお待ちください」
と言われて、門番の兵隊たちが慌ただしく動く。待てと言われたので仕方なくポツネンと、通行人の邪魔にならないような場所に移動して待機する。何か問題あったのかなぁ?と思っていたら、向こうから馬車がやってきた。そしてマモルたちの前で馬車が止まり、中からシュタインメッツ様が降りてきた。
「シュタインメッツ様!?」
「久しぶりだな、タチバナ男爵、いや、マモル。すまんがマモルと呼ばせてくれ。迎えに来てくれて済まない。では出発しようか」
と言い、後ろに連れて来ている馬に飛び乗った。どうやら、ずっとマモルを待っていて、いつでも出発できるようにスタンバっていたようだ。シュタインメッツ様の馬と一緒に馬車も動き出す。
「シュタインメッツ様、この馬車は?」
「ああ、妻が乗っている。迷惑を掛けるがギーブまで一緒に頼む」
「そうですか、分かりました。奥さまは、この世界の方ですか?」
「そうだ。私は1人で飛ばされて来た」
「そうですか、分かりました。ギーブまでの道筋はまだまだ宿も整っていない所もあり、テントに泊まることもあるかと思いますが、それについてはご容赦願います」
「それは分かっている。私はもう、ゴダイ帝国参謀本部長という肩書がなくなった身の上だ。贅沢なことを言ってはおれんよ」
「分かりました、ではよろしくお願いいたします」
シュタインメッツ様の馬車は御者がいるだけで、他に誰も付き添いのいない淋しいものだ。帝国の参謀本部長と言えば、当たる所敵なし、という時もあったろう。それが今や御者一人。もしかしたら、この御者というのも雇われか?盛者必衰の理をあらはす、という一節が頭をよぎる。
と言ってもオレの同情なんぞ、この人はこれっぽっちも欲しくないだろう。
まず護衛の騎馬が先導し、その後ろをオレが進み、その後ろをシュタインメッツ様、そして最後に護衛の騎馬が進むという隊列でギーブに向かって出発した。この護衛はイズ大公国のものではなく、ゴダイ帝国の人間だろう。本部長を辞めたと言ってもやっぱり要注意人物ということ?
そんなことを気にしていたのは最初だけで、すぐに環境に慣れてしまった。シュタインメッツ様とは面識がないに等しいので、話題がないので困る。最初の昼食のとき、
「村でピルスナー製造を始めていますがだいぶ良い物ができていると思います。ギーブに着いたら味わって頂きたいと思います」
と話しかけたら、
「そうか、それは楽しみだな」
と返されて会話が終わってしまった。取り付く島がない、というのはこのことを言うのだろうか?
それでも移動中にシュタインメッツ様も暇を持て余しているのか(当たり前だが)、オレの横に馬を寄せてきて話をする。
「マモル、私がなぜゴダイ帝国から亡命してきたのか不思議だろう?」
なんと自分から話を振ってきた。これは聞きたいけど、聞くに聞けない話だと思っていたんだ。まさか自分から言われるとは。
「マモルはなぜだと思う?」
「え、分かりませんが。ゴダイ帝国の内部事情によるものだろうと思ってましたが?」
シュタインメッツ様は、ふふふ、と笑い、
「そうだな、帝国の内部事情に間違いない。簡単に言えば、私は用済みになったと言うことだ」
「え、用済みですか?シュタインメッツ様がですか?」
「そうだ。私の後継者がいて、その者が私より優秀だったということだ。そして、為政者が私を必要としなくなったということだ」
「はぁ~、そう言っても、帝国内部の秘密を知ってるシュタインメッツ様が国外に出されるっていうのは大丈夫なのですか?国としてどうなんでしょう?」
「それは私を国外に出すよりは殺してしまった方がいいだろう、ということか?」
「まぁ、言いにくいですが、その通りです」
「そう思うのが自然だな。それなのに私が帝国から出されたということは、私が帝国の重要とされる機密に触れなくなっているということの証しなのだよ。
それともう一つ、私が知っていることをヤロスラフ王国で広めよ、ということだ」
「それは宣伝広報活動をせよ、ということですか?」
「上手いことを言うな。その通りだ。そして、逆にヤロスラフ王国で収集した情報を帝国に流すという役目もある」
「それって、スパイじゃないですか!?」
「そうだな、スパイと言えばスパイだ」
「そんなこと広言していいんですか?オレは帝国のスパイだって!?」
「特に問題はないぞ。大公様や私を受け入れる者たちは、それくらいのことを誰もがみな認識しているであろう。むしろそのくらいのことを考えていないと、為政者としてやっていけないぞ」
「そういうものなんですか?」
「当然だ。前の世界で大使館というものがあっただろう?この世界では大使館というものが存在しないが、私は亡命したと言われているが大使という認識が適当だろうか?」
「そしたら、この護衛の方たちは?」
「大使館員と言っていいのか、私が勝手なことをしないか監視するための要員というのか」
「もしかしたらグラフさんもそうだったのですか?」
「似たようなものだ。気がついていなかったのか?」
「はい、まったく」
「少し考えると分かることでないか?グラフは帝国に妻を残して来たのだぞ?妻の親族も帝国にいる。追放された、亡命してきたと言っても帝国に残した親族との繋がりは切ることができないのだ。そうすると、手紙のやり取りがあって、日常生活を伝えるだけでも、情報を送っていることになる。
別に機密事項を送る必要はないのだ。小麦の価格がどうで、今年のできはどうか、とか、マモルに関係するところからすれば、ギーブで黒胡椒がいくらで売られているという情報で良いのだ」
「それくらいの情報で良いのですか?」
「ああ、十分だ。黒胡椒の価格を帝国内と比較して、どれくらいの価格差があるのか?ということを比べると、帝国に運ぶ運送費をどのくらいに設定しているのか?と考えたりする。そういうことを調べるのは大変面白い」
「確かに言われて見るとそうですけど」
「以前、グラフがザーイまで何度か行っていただろう?」
「はい、最初にお会いしたのは、ザーイから帝国に帰られる途中でした」
「おかしいと思わなかったか?」
「ええ、思いました。一国の医療総監ともあろう御方がこんな所にいていいのか?と」
「そうだろう?たかがコーヒーのためだぞ?たかが、と言っても私もその恩恵に浴していて、楽しませてもらっていたが」
「と言うことはグラフ様は、行く先々でいろいろ調査されていたのですか?」
「そうだな、調査していたというほど綿密なことをしていたわけでないが、毎日の旅行記録を書き、それを帰国してから私に見せていた。それを私がまとめて、関係部署に報告していた。しかし、犯罪行為は行っていないぞ。平民の暮らしぶりがどうかとか、どのくらいの人口があるのか、穀物の生産量やどういう物が売られ、どういうものが好まれているという報告で十分なのだ」
「それで良いのですか?」
「それで十分だ。見る者が見れば役に立つ。私はこれから死ぬまで大公様のお膝元で過ごすことになるだろう。大公国や王国のことで聞き留めたことを報告し、帝国から送られて来た情報を大公様に連絡する。それでいいのだよ。何か政治的な出来事があった場合は、その解説をする。それくらいのことで良いのだよ。逆に、参謀本部ではもう使い物にならないという烙印が押されたということは、それくらいのことしかできないのだ」
「へぇーー、そう言っても、もしかしたら大公様がシュタインメッツ様から機密情報を搾り取ろうとして捕まえて、表向き行方不明にして拷問にかけるかも知れませんよ?」
「マモルよ、オマエの頭の中は偏りがないか?私は半分公人として来ているので、そういう事態にはなるまい。そもそも、私からそうやって聞き出さなくても、大公様ならいろいろな方法で情報を仕入れているだろうよ。帝国の為政者が変われば私の立ち位置も変わるし、そうなると大公様との関係も変化が生まれる。
万が一、私から強制的に情報を吐き出させようと考えるような為政者であれば、先は長くない。マモルも早く離れることを考えるべきだぞ」
はぁーそうですか。オレって何も知らないって自覚した。オレの呼び方がオマエになったことで、シュタインメッツ様の中のオレの位置が下がったことを感じる。
「それに国を越えて、貴族の間での婚姻ということを聞いたことがないか?」
とまた質問される。
「そう言われれば、聞いたことがあったような?」
「前にいた世界でも、プロセイン王室とイギリス王室が親戚だったであろう?」
「そうなんですか?」
「オマエは何も知らないな、呆れたヤツだ。ケイコ・サイトウは知っていたぞ。サイトウは高校までしか出ていないと言っていたが、オマエは大学まで出ていたのだろう?それなのにそんなことも知らないのか?」
「はい、歴史は苦手だったもので理系を選択しました」
「バカめ!歴史から学ぶことは多いというのに、どうせ自国の歴史も知らないのだろう?」
「ハイ、日本史も世界史も覚える知識量が膨大で......」
「ホリタは日本の歴史を詳細に語ってくれた。サイトウは世界史を教えてくれた。オマエは大学で何を学んだのだ!?」
言葉もありません。




