福音派のみなさんの居住地に行く
福音派のみなさんの居住地に向かってます。福音派のみなさんと会うのは別にイヤでもなんでもないんです。みなさん、礼儀正しくて温かく接してくれる。適正な距離を取ってくれて、必要以上に近づいてきたりしないから。ただ1人を除いては。
今回ギーブに来たときも、行く予定はなかった。と言うか行きたくなかったから、意識の外に置いておいた。しかし、ギーブに入ったとき連絡が行っていたのだろう。
「ヨハネ、どうしてリヨンさんが、オレがギーブに来たことを知ったのだろう?昨日の今日なのに、どうして居住地に来てくれと言われるのか不思議なんだけど」
「それは......私が知らせました」
もうバツの悪そうな顔で白状した。
「やっぱり」
「申し訳ございません」
「どうして知らせたの?」
「黒死病の後、ギーブを退去したとき、今度ギーブにマモル様と一緒に来るときは『必ず』連絡するように、という手紙を頂いておりました」
「そうなんだ。もし、もしもだよ、オレがヨハネに対して「リヨンさんにオレが来たことを伝えないように」と命令して、その命令とリヨンさんが「オレがギーブに来たら連絡するように」と依頼するのと、ヨハネはどちらを優先するんだろう?」
「うううぅぅぅ......」
「悩むっていうことは、リヨンさんの言うことを優先するってこと?」
「申し訳ございません」
「オレは領主でリヨンさんは聖女。聖女の方が優先されるということかぁ、はぁ」
「何度も言いますが、本当に申し訳ございません。なにゆえ信仰上の聖女でございますゆえ」
「聖女と言っても、中身があんなんじゃねぇ。聖女と言っていいのかなぁ?」
「お言葉を返すようですが、そのようなことをおっしゃるのはマモル様だけでございますよ?リヨンさまは普段はご立派な方で」
普段は、ねぇ......。
「そうなのかなぁ?前に、彼女がオレの妻になっても良いから居住地から出たいと言っていたけど」
「それは、一時の気の迷いだと思われます。私たちがギーブを出た後も、ギーブの中の病人を大勢助けていらっしゃったそうでございますよ。とてもそのようなことを、おっしゃるとは思いません。あのときは、黒死病の災禍の途中であり、きっと心が弱っておいでだったと思います」
「そうかなぁ?まぁ、いいけど、この話って、どこまで行っても平行線だと思うから、もう止めよう。そんなこと別にして、何かお土産買って行こうか?」
「ありがとうございます。それがよろしいと思います」
道すがら屋台で売っている食べ物を買い集めて居住地に向かった。舞踏会に来たときに比べ、食料事情は大幅に改善されているなぁ。金さえ出せば買えるようになっている。仕事は、えり好みさえしなければどれだけでもあるんだから、人が集まってくるということだろう。
アビルお姉さんもオレを待っていると思うのだが、今回はパスするしかないだろう。また今度、オレグを連れてきたときに行けばいいか。でも、ひじょーーーーに後ろ髪引かれるのはナゼだろうか。
福音派の居住地の入り口には意外にもリヨンさんはおらず、長老以下男性陣がお出迎えしてくれた。一通り挨拶した後、ヨハネがオレに
「マモル様、一つお願いがあるのですがよろしいでしょうか?」
と改まった顔で聞いてきた。いやヨハネはいつも改まった顔をしているか。
「お願いってなんだ?」
「実はビール工場の作業員を増やしたく、できればこの居住地から迎えたいのですが、ご承認いただけないでしょうか?」
「あれ、人手不足だったの、あの工場?」
「はい、現在のままなら人手は足りていると言えます。しかし、もっと良いモノを作ろうとすると人手が足りません。トマル(工場長ですな)とも相談していたのですが、居住地に良い人材がいれば派遣してもらいたいと思っておりまして。
あの工場は福音派の者ばかりですから、異なる宗派の者が入って来ても居心地が悪いであろうと思います。それなら同じ福音派の者が良いだろうと考えまして。仕事上の多少の無理も福音派の者同士であれば、利くというものですから」
多少の無理が利く。うーーーん、トマルってヤツは職人の鑑って人でしょ?一に品質(味)、二に品質、三四も品質、五にコストって感じでロビンが泣いてたよ。あんなブラックな職場に放り込まれていいのかねぇ。
「ヨハネよ、あんな職場に適合できる人間って、そうそういないと思うんだけど、大丈夫なの?」
「それは大丈夫です。これも信仰を広げるための一助となりますから。同じ信仰の光の下に一緒になり、より良いモノを作る。それほど恵まれた環境がありましょうか?あぁ、キーエフ様、お導きに感謝いたします」
ヨハネと一緒に、その場にいたみなさんが祈りを捧げた。オレ1人だけ立ち尽くしているという不思議な光景。こうなったらNoということはできないよ。
「マモル様、いかがでしょう?」
「まぁいいけど。人選が済んだら、ヒューイ様に了解取らないといけないし、ハルキフ行って帰ってきたら教えてね」
「ありがとうございます。長老と相談致します」
「それで何人くらい考えているの?」
「おおよそ5人から10人ほどかと」
「そんなにたくさん抜けたら、居住地の働き手がいなくなっちゃうんじゃないの?」
「大丈夫です。工場で働いた工賃を仕送りさせますから」
「ナルホド」
よく考えられている。
「さあさ、タチバナ様。中へどうぞ。前にいらしたときに比べ、かなり復興しておりますぞ。是非、見てくださいませ」
長老たちに案内されて中に入れてもらった。中は復興していると言うけれど、まだまだ廃屋にしか見えない建物も多い。きっと住人が死んでそのままにしてあるんだろう。
「居住地に住んでる人は、黒死病の前に比べて減っているのですか?」
と聞くと長老が、
「そうでございますね、ざっと黒死病の流行る前の3割ほどになりました」
「そんなに少なくなったのに、ポツン村に出稼ぎに出してもいいの?」
「ギーブの復興は著しいのですが、これは一時的なものであろうと考えております。私どもは迫害を受けることが多くて、領主様から迫害受けることがなくとも、周りの住民から阻害されることが多くあります。ですので、もしポツン村で迫害なく生活できるようであれば、ポツン村にここの者がみんなまとめて引っ越しても良いと思っております」
「そうなの?」
「はい、ヨハネから聞いたのですが、ポツン村では宗教儀式が村主体で行われていないとか?それだけでもありがたいのでございます」
「宗教儀式?」
「そうでございます。タチバナ様は意識されていないようでございますが、宗教儀式が行政と一体となって運営されることが多くございます。新年だったり、キーエフ様の復活祭であったりするのです。けれど、正教と我々の行いは異なっております。そのため、正教の儀式に我々が参加することはできません。
タチバナ様は正教の儀式に福音派の信者の参加を強制されていないと聞いております。そのことだけでも我々としては誠にありがたく、寛容な領主様というのは誠に得がたいものでございます」
「そうなんだ。オレとしては来てもらってもいいけどね。ちゃんとヒューイ様が「うん」と言ってくれれば良いけどね。そう言えばロビンも言ってたなぁ。ロビンというのはオレと同じ『降り人』で前の世界では少数派の宗教を信仰してたと言うけど、やっぱり迫害に遭うことも多かったって。だから福音派の気持ちが分かる部分も多いって言ってたもんなぁ」
「そうでございますか。では、その節はよろしくお願いいたします」
長老以下、福音派の面々が深々と頭を下げた。オレは今、環境が許せば良いよ、くらいのつもりで言ったことが、彼らの中では承認されたってことなのか?とにかく、一気に進むってこともないだろうし、オイオイ連絡があるだろうから、こういうことあったよう、ってコトくらいをまた今度会ったときにヒューイ様に伝えておこっと。




