大公様から命令を頂く
「タチバナ男爵。いや堅苦しい言い方は止めよう。マモル、良く来てくれたな。お前を呼んだのは他でもない、シュタインメッツを迎えに行って欲しいのだ。いまシュタインメッツは帝国から大公国に移住しようとしてハルキフにいる。そこにシュタインメッツの方から、知っている者を迎えに寄越してくれと言われている。
そこでだ、シュタインメッツの顔見知りでそこそこの地位にある者と言うと、私かヒューイかお前しかいない。そこで緊急で悪いのだが明日、ハルキフに出発してくれ」
と大公様に言われた。シュタインメッツ様が、なぜハルキフに?移住ですと?追放?亡命?ということはグラフ様と同じってこと?
「大公様、ご命令受け賜りました。それでお伺いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「許す。申してみよ」
「ありがとうございます。シュタインメッツ様が移住されるということですが、どうしてでしょう?グラフさんのときは余命が通告されたことで帝国を出られたのでしたが、シュタインメッツ様はまだ余命を通告されるには早いと思うのですが?シュタインメッツ様は参謀本部の本部長という重職にいらっしゃったと思うので、よほどのことがないと帝国は手放さないと思いますが」
「マモルの疑問は当然のことだ。余も同じ疑問を持っているが、何も伝わってきていない。詳しくはここに来て話すのだろう。とにかく明日、出立してハルキフに行ってくれ」
「分かりました」
何も分からないけど、とにかく迎えに行くしかないということだけ分かった。大公様の前を下がり、玄関に向かう途中ヒューイ様から話かけられた。
「マモル、良いホップが見つかりそうだ」
「「ホントですか!?」」
思わず、オレとヨハネの声がハモってしまった。
「失礼しました。嬉しくてつい」
ヨハネが謝罪する。うん、従者が反応してはいけないんだよね。表情は仕方ないけど、主人と一緒に声を出すってのはいけないそうだ。でも気持ちは分かるよ。ヒューイ様は笑ってるし。ヒューイ様が寛大な方で良かったよ。
「マモルが良いホップを捜しているという話を聞いて、ギーブの東の山の方を捜させたんだよ。そうすると高地の山村でホップらしいものが自生しているという情報が入ってきた。試しに持ってこさせたのだが、これだよ。どうだろうか?」
ヒューイ様は自分のポケットから紙包みを取り出して、広げて見せてくれた。その中には、まがうことないホップがあった。
「手に取ってもよろしいでしょうか?」
「いいよ。確認したまえ」
ホップを取り、ヨハネに渡す。ヨハネはしげしげと見つめ、匂いを嗅ぐ。
「これは良いホップです。これがあれば良いビールが造れます」
おぉ、ヨハネから合格点が出たよ。それと、ピルスナーじゃなくてビールね。ピルスナーって言うとリアルじゃない気がするんだよなぁ。とにかく、なんか見通しが出て来たなぁ。
「ヒューイ様、このホップを買えるだけ買いたいのですが?いくらぐらいで購入できますでしょうか?」
「待て待てマモル。まだこれは、自生しているのを集めたもので、栽培しているものじゃないんだよ。農家にしてみれば雑草と同じ扱いなので、どれくらい生えているのかも分からないんだよ。それは今、調べさせているから。
そうだなぁ、カゴ1杯で大銅貨1枚くらいでどうだい。村の買い取りをカゴ1杯銅貨50枚にして、ポツン村までの運送費が銅貨30枚、私の利益が銅貨20枚でしめてマモルへの売値が大銅貨1枚というところかな。少しやってみて、売値は調整させてくれないか。それでこれはどこに扱わせようかなぁ?ロマノウ商会やリファール商会ばかり使っていると、他が潰れてしまうし、どこかないかなぁ?
あぁ、そうだ、前にマモルがハルキフから連れてきた商人がいただろう?あれがいいかな、やらせてみようか?えっと、名前、なんて言ったっけ?」
あー、あれか。えーと、
「オルバーン商会!!」
「そう、それだ、あそこにやらせてみようか?」
「それはご自由にどうぞ。あっと、それならコーヒー豆も一緒に運んでもらおうかな?」
「なに、コーヒー豆が見つかったのかい?」
「はい、見つかりました。コーヒー豆の木も自生していたんですよ。ギーブで黒死病が発生したとき、医療団が向かいましたよね。そのとき、領境を越えた最初の村に自生していました。その村に頼んで送らせることにしています」
「そうか、それは良かったね。私もまた、美味しいコーヒーを味わいたいものだよ。そっちも頑張って欲しいな。それで今日はビールを持って来てくれたのかい?」
「はい、1樽持参しています。冷蔵の効いている部屋に置きたいのですが、どこかありますか?」
「うーーん、地下室があるけど、別に冷蔵ってわけじゃないけど......」
「小さい部屋でしたら、私が氷を作って一緒に置いておきますが?」
「そうかい、悪いね」
そう言ってヒューイ様は、近くの官吏を呼び止め鍵を持ってこさせた。オレたちを地下室に案内しながら、
「前の黒死病の後、館の隅々まで調べたよ。ロマノウ商会の支店じゃないけど、開かずの間とか、入り口が隠されている部屋というものやら、外部に逃げる通路もあって、いつのまにか誰も知っている者がいなくなって使われなくなっていたようなんだよ。
どうもオダ様のときに作られていたようなんだけど、アレクサ様に引き継ぎされなかったようだね。アレクサ様がこの館の構造を把握されていたら、シュミハリ辺境伯軍が攻めてきたときに、もう少し持ちこたえることができて、王都からの援軍が間に合ったかも知れないね。ま、そんなこと、今言っても仕方ないけど。さあ、ここに置いてくれ」
ドアを開けられた地下室はかび臭いかと思ったら、そんなことはなく最近掃除されたことが分かるキレイさだった。ポケットから樽を取りだし、周りに氷を作って置いていく。
「ヒューイ様、ご存じだと思いますが、栓を開けられたらなるべく早く飲み干してください。一度栓を開けると炭酸が抜けてしまいますので」
「なんだい、炭酸って?」
「あ、あの、えっとシュワシュワっとしているヤツです」
「ああ、あの泡のことか。分かったよ、そうする。じゃあ、これで帰ってもらっていいから。ホップは楽しみにしておいてくれよ」
「はい、よろしくお願いいたします」
そして館を出たのは昼過ぎだった。
「ヨハネ、どこかで美味しい物でも食べようか?この後の予定はないから、ヨハネは好きにしていいぞ」
と言うと、ヨハネは喜ぶかと思ったら、そんなことはなく、ちょっと顔をしかめて、
「マモル様、実はお願いがございます」
「なに?お願い?あ、分かった。福音派の居住地に行きたいって言うんだろう?そんなの夕ごはんまでに帰ってくればいいよ。一々オレに断り入れなくてもいいんだよ?」
「はい、確かに福音派の居住地に行くことは間違いないのですが、是非マモル様にもご同行して頂きたく......」
「え、オレも?オレは何も用はないよ?」
むしろ行きたくないし。あの方と会いたくないし。
「はい、マモル様の方が何も用のないことは存じております。しかしながら、マモル様がギーブにいらしたとき、是非居住地にお連れするよう言われておりまして......」
「オレを連れて来い、と?」
「はい、そうです。大変申し訳ございません」
「もしかして、それは長老が言ったんじゃないよね?」
「うぅぅぅぅ、申し訳ございません」
「と言うことは、リヨンさんが言ったの?」
「その通りでございます」
「オレはリヨンさんに用はないんだけどなぁ」
「申し訳ございません。なんとか一度、一度だけでよろしいので行っていただけないかと?よろしくお願いいたします」
頼むヨハネの頭がだんだんと下がっていく。リヨンさんよ、ヨハネにこういうこと、させるんじゃないよ。信仰とはなんも関係ないことでしょうが?ただ、ひたすらヨハネが困っているでしょうが。
「仕方ない。ヨハネの顔を立てて行くことにしよう。これが最後だからね、いいね!!」
「ありがとうございます。分かっております、これが最後ということで、お願い致します」
もうヨハネは泣きそうですよ。リヨンさん、大の大人を困らせるんじゃないって、もう。




