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村を出発できない

 しばらくしてジンジャーが立ち上がり、スーフィリアの腕を取って立たせた。ジンジャーはサラさんの手を取って立たせる。

「タチバナ様、ありがとうございました。両親と会えたことで、心残りはございません。私とスーフィリアはタチバナ様の家臣として、お仕え致します。どうぞよろしくお願いいたします」

「よろしくお願いいたします」

 兄妹揃って頭を下げた。

「うん、こっちもよろしくな」

「兄とともに、この身のあるかぎり、タチバナ様にお仕え致します。どうぞ、どんなご命令でもお与えくださいませ」

 うん、なんか妹の決意の方が重いような気がする。そんな言われるほど、立派な人物ではないんだけどね、オレは。


 ともかくジンジャーたちの両親の魂はいなくなったようだから、

「この辺りを浄化してもいいのね?」

「「はい、お願いいたします」」

 と返事を頂きました。

『Clean』

 大出力で放つと、ジンジャーたち3人はキラキラした魔力の残渣に目を奪われたようで、

「すごい」「きれい」「なんだこれは?」

 と3人3様の反応でした。サラさんだけは、

「これでいいですね。次はあっちの方に向かってお願いします」

 と通常運転に戻りました。そして次、今度はあそこ、とあちらこちらと引っ張り回され、結局宿舎に戻って寝たのが深夜になってしまいましたよ。


 朝、日が昇る前に隣の部屋で寝ている3人はモゾモゾし始めている気配が伝わってきた。オレたちと3人は別の部屋で寝ていたのだが、落ち着かなかったのか、あまり良く眠れなかったようだ。


「手伝いに行きたいなら行って来い。あと村長に夕べの話を伝えてきてくれ。帰って来たら出発だ。朝ご飯は馬車の中で食べてくれ」

「「「はーーーい」」」

 元気な返事で出て行った。オレはまだ寝てても良いのだが、一度目が覚めると眠れない。それに村の中が、まだ暗くても朝の喧噪の兆しが生まれつつある。こうなるとサラさんも起きてくる。場所が場所なので、さすがに朝から致すなんてことはサラさんが許してくれないので、仕方なく硬々息子に謝りながら着替えて顔を洗う。


 まだ早いけど、することもないので朝ご飯でも食べようかと思った時、村長が顔を出した。

「タチバナ様、おはようございます。少しよろしいでしょうか?」

 なぜか低姿勢で物腰も柔らかい。

「おはよう。どうだ、調子はいいか?具合はどうだ?」

「はい、おかげさまでよく眠れました。それで、さっきジンジャーから聞いたのですが、タチバナ様が無料で治療の呪文を掛けていただけると聞いたのですが、本当でしょうか?」

「あぁ、そうだよ。耳が早いなぁ!?3人を連れていく代わりに、オレが簡単な治療をしていこうかと思ってね。村長もどこか悪いところがあるのか?昨日は2回も呪文を掛けたから、もう大丈夫だろ?」

「はい、私はおかげさまで調子も良く、長年患っていた尻の方も治っております。あっちの方も元気になりまして、どれだけぶりか忘れましたが、朝から力がみなぎっておりまして......」

 そうか、そっちの方もついでに元気になったと笑。勃たなくなる呪文を掛けておけば良かったな。そうするとボルトの弟か妹はできなくて済むし。残念ながら、勃たなくなる呪文は知らんけど。


「そういう話はいいから。他に何か用があったんじゃないのか?」

「おぉ、そうでございます。うちの一家を連れて来ましたので、診ていただけませんか?」

「いいよ、並んでくれ」

 村長とその奥さん、息子夫婦が順に並び、まず村長に掛ける。

『Clean』『Cure』

 村長の周りがキラキラと光る。

「おぉ!?」

 その場にいるものが全員驚いた。視覚効果があると実際の効きがどうか怪しくても、効きが増幅して見えるだろう。昨日は身体と触って『Cure』だけだったので『Clean』のキラキラ感がなかったし。

 そういう効果で、

「お!スゴい。これは効いたぞ!腰の痛みがなくなった!肩も回るようになったし。男爵様、ただで良いんですわね?間違いありませんね?あとで金をくれって言われても払いませんからね?

 よし、じゃあオマエらもやってもらいなさい。先生、お願いします!!」

「村長よ、言っておくけど、治療というのは本来無料じゃないんだぞ。呪文一つで銀貨1枚くらいはもらうものだんだぞ。それをよーく理解しておけよ。ジンジャーとスーフィリアを連れていくから、その代金と言うには高くついているが、オレの気持ちだってことだからな」

「はい、分かっております。十分理解しております、はいありがとうございます」

 村長の昨日とあまりに違う態度に呆れつつ、順番に掛けて行く。ケガなんぞは治せるはずもなく、たぶん頭痛とか腰痛の軽いのくらいが治せているだろうと思うけど。


 村長家族が終わったら、

「おい、村のもん、みんな呼んで来い!こんな機会、逃したらいかん!手の空いたもんから来るように言ってこい!」

 と村長が指示を飛ばすから、

「ちょっと待ってくれ。オレはまだ朝ご飯食べてないので、それが終わってからにしてくれ」

と言うと、

「あぁぁ、はい、承知いたしました。ではすぐに村の者たちを集めますので、よろしくお願いいたします!!」

 ってオレの話を聞いたのか聞いてないのか、よく分からない反応で、息子夫婦に指示を出した。だもんで息子夫婦が走って行った。オレらが朝ご飯を食べていると、家の外に村人が集まってくる。人が増えるに連れてガヤガヤとうるさくて「まだかね~」とか「あたしゃ、ずっと足が痛くて」とオレたちに聞こえるように?話をしている。

 落ち着いて朝ご飯を食べている状況じゃなくなったし、サラさんと顔を見合わせて苦笑い。


順に処置を進めて行くと、途中であきらかに村人でないヤツも混じっている。

「オマエは村人じゃないだろう?」

「はい、そうですが、いけませんか?」

 運送やってる親方然としたヤツがしれっと言う。

「オレはな、村の者はタダと言ったんだよ。村人以外は1回大銅貨1枚な。イヤならやってやんないからな」

「チェっ!でもいいや、効果あるなら大銅貨1枚でもいいぜ。医者のヤツらにゃ、1回銀貨1枚って言いやがって、ちっとも効かないのに平気な顔しているヤツもいるし。さぁ、ドカンと一発、キツいのをお願いしますぜ!」

 こういうバカもいる。でも金を払ってくれるお客様だぜ。

「サラさん、金を集めてくださいな。じゃあ、やるからよく見ておけよ。『Clean』『Cure』どうだ?」

「へ?そうかな?ああん、ありゃ、こりゃあ、いいや。身体が軽くなったぜ!腕の痛みもねえや!!先生、いやすまねえ、男爵様、仲間のヤツらを呼んでくるから、待っててくだせぇ!」

 たぶん、筋肉痛が治ったくらいだと思うけど、大げさな反応して走っていった。続けて村人に掛けていると、ドスドスと男たちがやって来て、

「男爵様、すんません、オレらもおねげえいたしやす!!」

「オレも」

「そん次、オレ!」

 10人くらい連れてきた。そいつらを順に掛けて行く。1人が、

「男爵様、あんたスゴいですね。オレのいた村のお医者は5人掛けたら、その日は終わりでしたぜ。それも効いたか効かないか分からないくらいのもんでしたぜ」

 と言うと他のヤツも、

「そんだな。オラも身体が軽くなったぜよ。あ、ええこと、思い付いた!男爵様、オラの馬にも掛けてもらえやせんか?人に効くんだから、馬にも効くんじゃねえですかい?」

「おーー!そうかも知れねぇ。オマエもたまにはイイこと言いやがるなぁ」

「そんだな、オメエにしちゃあ、イイ思いつきだぁ。先生、ひとつやってみてくだせぇませんか?」

 親方たちがわいのわいの言ってきた。

「やってもいいけど、効くかどうか分からんぞ。それにオマエたちも、もうそろそろ出発しないといけないだろ?」

「そうですが、ええですから、やってみてくだせえ。いくらです、いくら払えばええですか?」

「そうですが。オラとこのもやってみてくださいまし」

「おぉ、オレの馬もお願いします」

「分かった、分かったって。1頭大銅貨5枚な。図体が人より大きいんだから、値段も高いぞ。それでも良いのか?」

 なら止めます、と言うかと思ったら案に相違して、

「おっと、安いじゃないですか!?すぐにお願いします。ほら、先生、タダの村人より、金になる方をやってくださいまし」

「そうだそうだ、お願いしまっさ」


 村人の顔を見ると、そっちをどうぞ、という顔をしていたので発着場に向かった。親方が来ないので御者や乗客などブースカ文句言ってるのを尻目に、馬に呪文を掛けて回る。

 オレ的には呪文を掛けると、馬も気持ち良さそうにしているように見える。それは親方や御者にも分かったようで、

「驚いたな。馬の機嫌が良さそうだ。艶が戻って元気になった」

「そうだな、騙されたと思ってやってみたが、効くとは思わなかったぞ」

「これなら全部の馬にやってもらおうか、なあ?」

 と意外に高評価を頂いたので、サラさんが「重くて持てません」というくらい大銅貨が集まってしまった。


 呪文を掛け終わった馬車から出発していったが、

「おっと馬の脚が軽いぜ!」

「そうよな、こいつは儲けもんだ!」

 なんて声も聞こえたし。この話をアノンさんが聞いたら爆笑しそうな気がする。ブラウンさんが聞いたら、研究対象にされそうな気がする。密かに心配してたんだけど、元気になった牡馬が発情して、牝馬に乗っかったらどうしよう?と思ってたけど、そういうのはなかった。少なくとも目の前では。


 一つ困ったことがあって、オレたちが乗る予定だった馬車は、オレらを待ちきれずに出発してしまった。仕方なく、もう一泊この村に泊まることになってしまった。




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