サラさんの視えるということ
朝も雨、昼も雨、そして夜も雨と降り続く。土砂降りというのはないけれど、霧のような雨が続く。
馬車の中にいる分には雨はかからないが、湿気が高い。たまに『Dry』を使っても一時的なもので幌が乾くことはないし、乾いたとしても気休めにしかならない。大地には恵みの雨なんだけど、移動中は良いことないんだよなぁ。
商社勤めのとき郊外の取引先に移動中、電車に乗ってると降ってるなぁ、くらいの軽い気持ちくらいにしか思っていなかった雨が、この世界では如実に生活と結びついてきているのを感じる。天井の幌の穴から水滴が落ちて来ると、なんとかしてくれ、と思うし、できるもんなら幌に撥水コーティングしたいわ、と思うし。撥水コーティングする呪文があれば良いなぁ、ってよく思う。だって、雨の中の農作業のとき、雨合羽着てても濡れるから、どんなにか楽になるし、冷えて寒くなるってのも、ゼロではないにしても軽減できるだろうし。靴に水が入ってくるっていうのも防げるし。雨が降って冷たいのに加えて、靴の中の水が増えてきて、グチュッグチュッっていうのはホントに最悪だから。
オレはウツウツとした気分なのに、サラさんはずっと魔力を練っている。魔力を回すというよりは、魔力を手に集めたり、目に集めたり、指先に集めたり、それの緩急をつけたりと厭くことなく続けている。
びっくりするほどの集中力で続けている。小さい声で『Fire』とか『Clean』とか唱えているけど、指先に小さい火の玉が点いたり消えたり。『Clean』の方は効果がよく分からない。発動が早くスムーズになっているような気がするけど、オレの方から声を掛けたりしない。アドバイスが求められるようなら答えるけど、上手く答える自信もないし。
突然、サラさんが言い出した。
「マモル様、やはり私は視ることくらいしか出来ないのかも知れません」
「あれ、でもサラさんは何か呪文使えているでしょ?」
「はい。言われるとおり『Fire』『Clean』や『Cure』が使えたのですが、効果が弱いのです。『Clean』はカタリナ様の方が強く、『Cure』はアノンさんの方が効きます。それに、ミンさんも私より『Cure』が使えるので、村の中では私が呪文使う機会がなかったのです。ですから村の中では私が呪文を使う必要はありませんでした。
でも、どういう巡り合わせか分かりませんが、たまたま大聖堂の浄化のお手伝いをしまして、視えるようになりました。もしかしたら、視ることのできる人は多いのかも知れません。けれど、今はマモル様にできないことが私にできるようになったことが嬉しくて。私はマモル様のお力になれることがなくて、ずっと残念に思っていました。
今は、こんな私でもマモル様のお力になれることが嬉しくて......」
サラさんは下を向いて、ポツポツと涙を落とし始めた。サラさんの言うことを聞いて驚かされた。サラさんがそんなことを考えていたなんて。いつも自信満々な顔をして、村人にテキパキと指示をしているサラさんが、そんな思いをしていたなんて。人の心って、話してもらわないと分からないものなんだなぁ。
サラさんが続ける。
「それで、前は分からなかったのですが、今はマモル様の色が見えるようになりました」
「へぇーそれはどんな色?」
「はい、赤と白です」
「赤と白?」
「はい、そうです。赤と白。私の想像ですが、マモル様の得意な呪文が炎と浄化ということではないでしょうか?その色が赤と白ではないかと」
「うーん、大胆な発想だね。確かにそうかも知れないけど、オレは『Water』で水をバンバン出しているし、『Cure』も『Light』もそれなりに使っているけどなぁ?」
「確かに、言われて見ればそうですね。そう言われると分からなくなりました。得意な呪文の色ということでしょうか?分かりませんね、マモル様だけを視てのことですから。もっと呪文を使える人を視てみます」
「うん。そうしてくださいな」
明日はブカヒン領に入るという、ギーブ領最後の村に着いた。非常に細かい雨になって、この分なら夜には雨があがりそうな気がする。
雨の中、村人が荷物を下ろすのを手伝っている。オレたちはポケットがあるのでいつも手ぶらで済んでいるが、他の馬車からは村に泊まる人たちの荷物を下ろす必要がある。ブカヒンから来る馬車は多く、この村の復興のための資材も下ろされている。
「マモル様、あの人が」
サラさんに袖を引かれて、指さす先に青年?少年?が荷物運びをしていた。
「彼がすごいです。すごい白い光を背負っています」
サラさんの指し示した青年だろうか、背は他の村人より高く170㎝はあるだろう。この世界の男の平均は160㎝ほどだと思うから、一回り背が高い。首一つとは言わないけど、顔半分が見えている感じがする。
「あの背の高い男か?」
「そう、あの子。こんなに人がいるのに彼だけが違うのです」
「違うというのはどういうことだろう?」
「たぶん魔力が使える素質があるということではないでしょうか?」
「ふーん、話してみて良い性格なら連れて行きたいね」
「そうですね。身なりはかなり汚れていますが、顔つきはしっかりしていそうですし、平民には見えないですが」
「そうなの?貴族と平民って違いが見ただけで分かるの?」
「はい、勘ですが顔つきが違います。騎士の者は戦闘訓練を受けているためか、目つきも違うと思うのですが」
「そうか、なら期待できそうかな?ちょっと話してくる」
と言って、その青年?に近づいていった。人が行き来する中をその青年?目がけて進むと、彼はオレに気が付いてくれた。まぁ、オレも175㎝黒目黒髪平たい顔と目立つ外見しているから、たいてい一目見られたら、「胡散臭いヤツが来たな?」という感じで、そのままジロジロ見られるんだけど。
「キミ(なんと声を掛ければいいか分からない汗)、ちょっと話をしたのだけど、時間とれないだろうか?」
彼はちょっと戸惑ったようで、
「は?私でしょうか?」
「そう、キミ、オレはマモル・タチバナという者だけど。悪いけどちょっと時間作って欲しいんだ。あっちの村はずれにテント張っているので、来てくれないか?待っているから」
彼は少し考えたようだったが、
「わかりました。伺うのが、遅くなっても宜しいでしょうか?」
「いいよ、遅くても待ってるから。もし、家族がいれば連れてきてくれたら良いけど。夕食はごちそうするよ。ちなみにキミの名前はなんていうの?」
「ジンジャーです。ジンと呼ばれています。よろしくお願い致します。一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「うん、何でしょう?」
「タチバナ様は私とは初対面だと思いますが、どういうご用件でしょうか?」
「ちょっとキミに興味があってね」
「そうですか。村長に了解を頂きましてから伺います」
「うん、遅くてもいいからね。遠慮しなくていいから」
ジンジャーは青年というか、少年との境目みたいな感じがする。顔が幼いなぁ。ちょっとやつれてるし、結構汚い外見だけど、言葉使いがしっかりして好印象です。
オレらはいつも通り、村外れにテントを張る。その頃には雨があがっていた。焚き火を大きめに焚き夕ご飯を済ませて、焚き火の火を見ながら待つ。
村の灯りがだいぶ消えた頃になって、やっとジンジャーがやってきた。
「遅くなりまして申し訳ありません」
ジンジャーが頭を下げ、挨拶した。後に女の子を連れて来ている。その子も一緒に頭をさげた。
「さあ、2人とも座って。ごはんは食べた?」
サラさんが気を使って、2人に椅子を勧める。
「あ、はい。夕食は済ませて来ました。お気遣いありがとうございます」
サラさんが驚いて目を広げる。うん、分かる。ちょっとこの辺にいない丁寧な言葉使いが板についている。ちょっといないタイプだよね。
「そうなの?2人が食べるかと思って、スープ残していたのだけど」
と鍋のクリームスープをかき混ぜる。匂いが広がったんだよね。するとジンジャーのお腹がグゥと鳴ったような?妹がゴクンと唾を飲んだような?ふんふん、カタリナ特製スープだぞ。とっておきのスープで肉と野菜がゴロゴロ入っているんだ。
「良ければ食べてくれる?私たちは食べて、余ったから捨てるのも、もったいないし」
サラさん、なんとかよりも年の功です。良くある手だと思うけど、腹を空かせた子どもには効く手ですよね。
「ありがとうございます」
「いただきます」
2人とも神に祈りを捧げてから食べ始めた。こんな村で、食べる前に祈り捧げていると周りから浮いてるだろうなぁ。
2人とも一心不乱に食べている。あっという間に皿が空になり、
「お替わりする?」
とサラさんが聞くと、ジンが遠慮する素振りを見せたけど、妹の方が「ハイ!」と皿を差し出した、嬉しそうにコクコクと頷きながら。子どもは素直に食べるのが一番よ。
「パン、食べる?」
サラさんが追い打ちを掛けると、
「頂いてもよろしいのでしょうか?」
ジンジャーは恐縮しているけど、妹の方は目を爛々と輝かせて「ください!!」と訴えかけている。
「あ、白パンだ!?」
パンをポケットから出すと妹が叫んだ。2人ともパンで皿の中のシチューをキレイに拭い取って食べ、2人のたぶん2回目、もしかしたら1回目の夕飯が終わった。




