カイコを食べる
何事もなく、夕ごはんとなりました。
みんな、オレを見ています。オレの食べるのを今か今か、と待ってます。
みんなの心の声が聞こえてくる気がします。これは食べるしかないんだよね。婆さまだって、ジンだって見てるもの。仕方なく、カイコのまんま、姿煮をフォークに取って見る。見なきゃ良かった、今カイコと目が合ったでしょ?......これを食べるのか、としみじみ思うけれど、食べないといけない、とんだ罰ゲーム。ではないんですよね、この村の皆さんにとっては、ごちそうなんだし、みんな待ってる。
カイコを口に入れる。なんか、舌触りで形が分かる。こんなときは舌の器用さが恨めしい。舌でカイコをさわっていくと、味付けがだんだんなくなってきて、カイコ本来の味が出てきたように思うんですけど、あぁ。
口に入れたら、みんな食べ始めるかと思ったのに、まだ......まだ視線が来てる。仕方なく、本当に仕方なく、口をもぐもぐしてみせる。噛んではいないけど、顎を上下してみせ、食べているように見せると言う高等技を使い、なんとかこの場を納めようということです、うぅぅぅ。
良かった。顎を動かしたら、噛んでるふりをしたら、なんとか皆さん、オレから視線外して食べ始めてくれた、ありがたやぁ~~涙。でも、口に入れているコレをどうしようぉ。噛みたくないし、飲み込むには大きすぎる。横でジンの野郎がニヤニヤ、笑いをこらえてやがる。
「マモル、大丈夫か?」
「ふぉふぉふぉ」
ダメだ、目一杯ほおばっているから、言葉にならない。
「食えないんだろ。ほれ、この葉っぱに出せよ」
ジンさん、あなたは大天使ミカエルですか?後光が差してまぶしくて見れません。この恩を私は一生忘れることはないでしょう。
「オマエの食べさしは葉っぱでくるんで置いて、後でミンに食べさせな。喜んで食うぞ」
「え、オレが口に入れたぞ」
「大丈夫だよ、ミンなら言わなきゃいいから。死にはしないさ。ま、ちょっと味を付けといてやれば分からないさ、ふふふ」
婆さまは、聞かぬふりして小さく笑ってる。すんません、気を遣ってもらって。
言われた通り、葉っぱに包んだカイコを小屋に持って帰って、ミンに食べさせると大喜びして食べてくれた。カイコを食べてるグロ感があるけど、オレの口に入れた物を喜んで食べてくれているミンを見ると罪悪感にさいなまされる。ノンは分かっているようで、呆れたような顔をしているけれど。
罪悪感を紛らわそうという気持ちが起きてきて、ミンに話しかけた。小市民のオレ、チキンハートのオレは罪悪感を持ったまま。、寝てしまうということができないんです。
「ミン、オレのいた世界の話をしようか?」
「なに?」
「木馬がのった〇い船、という話でな、オレが前に住んでいたところは、この村よりずっと人がたくさん住んでいたんだよ。小屋より家という大きな小屋に住んでて、それがたくさんあるんだ。子どももたくさんいたから、その村の真ん中に公園と言って、子どもが遊ぶ場所があってな......」
と話出す。
これまで、ミンはオレにろくに口をきいてくれなかったのに、今は真剣に聞いてくれる。きっと誰かからか物語を話してもらう、ということ自体がなかったんだろうな。オレもこの話をするとは思わなかったけど、オフクロが持ってた童話集に載ってて、確か小学校の夏休み読書感想文で書いたと思うから、なんとなく覚えていた。
かちかち山とか桃太郎みたいな、勧善懲悪はダメなような気がする。「アタシも鬼を退治しに行きます!!」なんて言ったら困るだろうし、グリムみたいなゲロいのは話す方もいやだし、誰も死なない、困らない、ちょっと悲しい話くらいがいいような気がするんだよなぁ。
ただ問題がいろいろあって、最初は忠実に「郵便局」って言った時に、ミンとノンが「郵便局ってなに?」って聞かれて、ここと違うことに気が付いて、この世界に置き換えながら、考え考え話を進めた。それでも、木馬って何?とか、手紙とか、お金とか聞かれると困ってしまったけど、ノンが領都で見聞きした経験から助け船を出してくれてしのいだ。それでも、話すうちにミンだけでなく、ノンも目を輝かせて聞いてくれて、最後には2人とも泣いてくれた、うんうん、ボクは嬉しい。君たちが涙までして聞いてくれてボクはとても嬉しいです。
こういうのって、世界の言葉で「称号・語り部」を得ました、とか天の声で言われるんじゃないの?
え、明日も聞きたい?それはその~~今回はカイコのお詫びなんですが。さぁ、寝てください、明日目が覚めたら、忘れていてくださいね。オレが覚えている立原さんの童話って、これしか知らないんです。確かこの話って童話集の一番最初に載ってて、他にもいっぱいあったはずなのに......こんなことならもっと覚えておくんだった。すみません、立原さん、アホな読者で。
ノンがミンを寝かせた後、オレのベッドに来た。アンは呼ばないと来なかったし、ノンもそんなことをしたことなかったから、驚いてしまった。
「ノン、どうしたの?」
「うん、お礼言いたくて」
「え、なんの?」
「なんのって、話をしてくれたこと」
「話って、ちょっとだけだよ(小声で『Clean』)」
「あ、ありがと。これって気持ちいいなぁ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。ノンはオレが何かしたの、はっきり分かるのか?」
「うん、分かるよ。何か、マモルからアタシの方に流れ込んでくるような気がするって昨日も言ったでしょ」
「そうなのか」
「そうだけど?アンは分からなかったの?」
「たぶん、ノンほどはっきりは分からないと思う」
「ふ~~ん、でも何が違うって身体の臭いがしなくなった気がする。口の中もすっきりしたし」
「そうか?」
「そうなんだよ!口の中がすっきりして、アタシの口、臭くなくなったと思う。
アタシは死んだダンナとキスって、全然しなかったけどね、たまにしたとき臭かったんだよ。あんときは、ダンナの口臭がひどいと思ってたけど、アタシも臭かったんだよね、きっと。だからさ、夕べ、マモルとキスしたと気が付かなかったけど、今分かったよ」
口臭ひどいとキスしたいとは思わないよな。だから、アンはあんな反応だったのか、おっとそんなことじゃない。
「ノン、ちょっと試してみるから、分かるかどうか教えてくれ」
ノンの背中に指を当て、魔力を指先に集め、ノンに渡すような意識をする。ノンに流れ込ませているつもりだが?
「あぁ、分かる。何か入ってくる気がする。ねぇ、変な気持ちだよ。あ......」
声だけ聞くと、何をしているのか誤解されそうな気がするが、画としてはオレがノンを抱きしめているだけなのだが。
ノンの中に魔力を流し込んでいるイメージができていて、実行できている気がする。でも流している先で何か詰まっている感じがして、ちょっと通りが悪くて気持ち悪い。
細い穴に細い細い管を通して、詰まった先をトントン突くイメージで突いてやる。少しずつ詰まりが取れている気がするのだが?
「あ、すごい、そこ、そこ、そこなの、そう、あぁ、もう少し、お願い、もう少しなの、そこなの、もちょっと強く......あぁ、通るの、あぁ、だめ......」
聴講者の皆さん、何もしてませんから。でも、でもあと少しで、貫通します!
「いった、いったよぉ......ありがと」
ノンの言う通り、詰まりが取れた気がする。魔力を流し込んだのが、返ってきているような気がする。
「なんか、スゴいね。身体の中で流れが感じられるよ、何だろう、これ?」
「ノンが感じているのは、たぶん、魔力だと思う。明日、婆さまに相談して、この後どうするか聞いてみな」
「なんで?」
「魔力があるということは、呪文が使える可能性があるということだ。オレも婆さまに言われたんだが、呪文を使えるということを他人に知られるというのは、本人にとって良いことはないらしい。ミンが能力を持っているというのと同じだ。よほど気を付けないと、ノンもミンも不幸になるかも知れないからな」
「......分かった。明日、婆さまに聞いてみるね」
「うん、そうしてくれ」
「それはともかく、今日は色々ありがとうね。それでね、最初の話に戻るんだけどさ、アタシはさっきみたいなお話を聞いたのは初めてだったんだ。最後は感激して涙が出ちゃったよ」
「そうなのか?オレは子どもの頃、母親が寝るとき話してくれたけどな」
「そうなんだ。アタシは孤児院で育ったから知らないのかなぁ?親がいると話をしてもらえるのかなぁ?アタシはそういうの知らないから、アタシもミンに話をしたことなかったよ。そもそも話を知らないしね。
アタシもミンも明日また話を聞きたいけど、明日からアンが戻ってくるから、明日はお話聞けないから残念」
「お、アンの女の日が終わったのか?」
「うん、終わったって。アタシは今日まで。明日からアンだから、良かったね」
「まぁ、そうだな、そうか」
明日、お話しなくていいのは安心しました。
「ねぇ、アタシとアンのどっちがいい?」
「なんだ、その質問は。選べるほど、付き合ってないと思うけどな?」
と、よく分からない逆質問でごまかす。
「わかってるって、聞いてみただけだから。だけど、次にアンがまた女の日になったら、アタシが来るからね!!良いでしょ?そのときは、またお話してね、アタシもミンも楽しみにしているからね!だ・か・ら、ほら、抱いてね」
と言ってノンはキスをしてきた。オレが舌を入れていくと応えてくれるノン。明日からアンか、この胸らしい胸は今夜で終わりか、と思いながら、口に入れ、もう片方の胸を手でなで回す。アンのお地蔵さんもそれは良いけど、ノンのちゃんと反応してくれるのはやっぱりいい。脇も耳も、太ももも、もちろんあそこだっていい。もっと、もっと、とリクエストされると、頑張ろうという気になるし。そうやって夜は更けて行く。
朝、目が覚めるとノンはいないがミンが横にいた。いつの間に来たんだろう?
しばらく魔法の練習をしているとノンが朝ごはんを持って来た。それでやっとミンも目を覚ましたので、3人でいつもの朝食を食べる。
ミンはいつも通り、黙々と食べているが、気のせいか昨日より距離が縮まったような気がする。と突然、ミンが話しかけてきた。
「マモル、昨日の話、ありがと」
なんとミンが自分からオレに口をきいたよ!
「あぁ、大したことじゃないよ。どういたしまして」
「ね、マモル。お話、今晩もして?」
あれ?
「......」
「ミン、今夜はマモルはアンと一緒だから、アタシとミンはマモルと寝ないから。マモルのお話は今日は聞けないからね」
「そうなの?」
「そう」
「マモル、そうなの?」
「そうなんだ、ゴメンな」
「うん......」
ミン、泣くなよぅ。これって、なし崩しでミンと一緒に暮らす展開じゃないですか?オレの手持ちの童話はあれ一つだから、少し猶予をください、お願いします。できれば忘れてください。
朝食が終わって、ミンの涙を振り切ってジンの所に行く。
カイコ持参で説明しなければ、みんな食われてしまいそうだし。顔を出すと、まずは剣の練習から始まる。
「マモルはノンから聞いたと思うが、今晩からアンがオマエの所に行くからな。ノンも良いから、アンとノンの両方いさせてくれと言うなよ、お貴族様じゃあるまいし、ははは」
そんなこと言わないですから。
練習が終わったところでカイコの説明をする。
「これを育てるのか?旨そうなんだけどな」
そうですか、それは結構ですね。
「このカイコから、やがて白い糸を吐いてくれる。それを身体に巻いて白い卵のようになるんだ。オレの世界では、それを繭と呼んでる」
「それは知ってるぞ。そのあと、羽が生えてきて、どっかに行っちまうぞ」
そうなのか、この世界では羽が生えて飛べるのか。
「その繭になったら、羽が生える前にお湯に浸けて、中のカイコを死なすんだ」
「ほー、それで中の虫を食べるのか?」
うーん、どうしても食べる方から離れられないんですね。
「違うよ。食べれるかも知れないけど、そっちじゃなくてその白い糸を取るんだ。白い糸は1本で、ずっとつながっているんだよ。それを巻いていくんだ」
「なんだ、よく分からんが」
「えーと、オレもうまく説明できないから、繭になったらもう一度説明するわ。糸を巻き取る糸車とかいるんだよな」
「いとぐるま、分からんな」
「じゃあ仕方ないな。そんとき、またな。あとチョウジの花はどうした?」
「あれはマモルに言われた通り、干してあるぞ」
「そうか。あれも胡椒と同じように、カラカラになるまで干して欲しいんだよ。うまく行けば、この村ももう少し余裕ができるんだけどな~」
「そうなれば、いいなぁ。今は、生きるか死ぬかのギリギリの所の生活だから、せめて薬を買えるくらいにはなりたいな。ちょっとしたケガで死んじまうのは、辛いぞ」
あれ、血止め草くらいはありそうだけど、ないかな?下痢はゲンノショウコ茶、だったかな?両方とも、近くに生えていそうだけど、探しにいこうか?ドクダミ茶とか、センブリ茶とか、あったら腸に効きそうだけど、確かセンブリ茶はすごく苦い罰ゲーム用の飲み物だったと思うから、最初にジンに飲まそうか。




