ポツン村の神官について
サラさん、指を目元に持っていって涙を拭った。ネストルの魂がこの世に残っていても、いなくても気持ちが揺れて止まらないんだな。サラさんをギュッと抱きしめる。ネストルがどんな気持ちで死んだかは、今になっては分からないけど、もっと生きていたかったことだけは確実だろう。タチバナ村がドンドン発展してて、実質的な村の責任者としてやりがいを見せていたもんなぁ。オレに村の将来像を語ったこともあったし。
そして、ネストルが自分自身が名誉回復して貴族に復帰することは諦めていた(領主の罪に連座した罪を受けていたから)けど、息子が貴族になることを望んでいて、親の名誉を回復してくれること、それを見れる日を待ち望んでいたし。
はた目に見ると、力一杯サラさんの尻に敷かれて、それはそれで幸せなんだろうと思っていたけど、ノンがネストルの魂がいないと言っていたし、マヤさんたちがタチバナ村の浄化を行ってきたというから、その時ネストルの魂も浄化されているだろう。
サラさんを抱きしめながら、
「サラさん、言ってなかったけど、オレがタチバナ村に行ってノンの魂に会ったとき「ネストルの魂は消えた」と言っていたんだ。伝えなくて悪かったけど、サラさんの動揺する姿を見たくなかったんだよ。こんなオレでもサラさんの今の夫であるし、前の夫のことで想いを引きずってあれこれ悩んだり泣かれたりすると、ちょっと精神的にキツくてね。
それにさ、マヤさんとゾイさんたちはタチバナ村に浄化に行ってたと言ってただろ?だからネストルの魂はもう浄化されたと思うよ。サラさんに会いたいと思っているなら、もうとっくにサラさんに会いに来ていると思うし。ビクトルが騎士爵になるってことも内定しているから安心して浄化されたんじゃないかな?」
サラさんは顔を上げオレの目を見る。目にはいっぱい涙が溜まっている。でも新たな涙が湧いてくるのは終わったようだ。
「マモル様、ごめんなさい。おっしゃる通りですよね。ネストルの話はもう止めます。あまり感情的になるのは私らしくありませんね、ふふ。これからはマモル様を見ていきますから。マモル様、愛しています」
ウルウルの目のサラさん。なんて可愛いんだろう!凜々しいサラさんはよく見るけど、可愛いサラさんは滅多に見れないから。ただ浄化を始めて、たびたび見れるようになっているけど。
気持ち余ってキスすると、サラさんも同じ気持ちだったようで、舌が入って絡んで来た。こんな積極的なサラさんは珍しい。感情が溢れてきているのかなぁ。
コンコンコン、とドアがノックされた。思わずフリーズするオレたち。もう寝たフリしようか?無反応はダメかな?
「タチバナ様、サラ様、まだ起きてらっしゃいますか?マヤです。神官長がお話したいということを言っているのですが、いかがでしょう?」
これは寝たふりデキないヤツだ。ハグしたまま、口を離すと糸引いた。
「分かりました。着替えますから待っていてください」
「はーーい!?」
仕方ないなぁ、もう。
人の恋路を邪魔するヤツは、という文句を頭に浮かべつつ、マヤさんの先導で神官長の部屋に赴いた。実は神官長に会うのは2回目。最初に大聖堂の浄化のお願いされたときに会って以来、一度も会うことはなかったのだよ。一度くらいは「ごくろうさん♪」と声を掛けてくれてもいいのに、と思っていたけど、出自が王族なんだし、そこまで気が回らないのも仕方ないと思うけど。
「神官長、マモル様がいらっしゃいました」
マヤさんがドアを開けて、神官長の部屋に入れてくれた。おぉ!?これはすごい、なにげに高そうな調度品があちらこちらに置いてあり、いかにも高貴な方という演出をしている、ような気がする。清貧をモットーとしていない人がここにいた。オレたちの着ている神官服の材質は綿か麻だけど、神官長は絹だから。何を今さら気がついたか?と言われそうな話であるけど。
指示されたソファーに座ると、これもクッションの質が違うんだよなぁ。もちろんスプリングが入っているわけはないけど、何が詰まっているんだか分からないが、すごく気持ちいい。オレたちの部屋の椅子なんて、木の板なのよ。腰掛けられればいい、という程度の物なんだし。ま、そんなことはおいといて、オレらはどうして呼ばれたんだろうか?
「タチバナ様、毎夜大聖堂の浄化にご協力いただき、感謝に堪えません。この通り、お礼申し上げます」
と軽く会釈される。サラさんはちょっとショック受けているようだけど、オレ的には頭を下げるくらいはタダだから、それがどうした?という気もするけど。あとで聞いたら、神官長からお礼を言われる、というのに驚いたそうです。王家出身の神官長なんて雲の上の人だから、そんな方から言葉の上だけでもお礼を言われるというのは異例のことのようです。
「実はポツン村に神官がいないということを、ヒューイ様から聞きおよんでおります」
あぁ、そのことね。
「そうですね。以前、タチバナ村にいたときはクリタスという者が神父を務めていたのですが、辺境伯から軍が差し向けられ、その戦闘で亡くなりました。今はクリタスの妻のラリサが神官の代わりを務めておりますよ。ポツン村として特に不都合もないので、そのままにしています」
とオレが答えると神官長は顔をしかめ、
「なるほど。それはマズいですな」
「マズいですか?」
「マズい、おおいにマズい」
「私としては何も不都合を感じておりませんが?」
ふふん、ここはシラを切る。が、サラさんに脇腹を小突かれる。
「いいえ、キーエフ様の教えを間違いなく伝えることのできる神官がいないというのは大変にマズいことです」
要は神父か神官を置きたいってことなんだろうけど?サラさんが耳打ちしてくる。
「マモル様、正式な神父か神官がいませんと上納金が発生しません。ですから、神父か神官を置きたいとおっしゃっているのです。神官長から言うわけにはいかないので、マモル様の方から要望する形にしないと収まりがつきません。マモル様はポツン村は小さい村だからと考えておられるかも知れませんが、今後の成長を考え今から押さえておこうと考えておられるのでしょう。そのため、神官長がわざわざ影響力を発揮なされていると考えます」
なるほど、そういうわけね。それなら仕方ない。サラさんの声が聞こえたんだろう、神官長はニコニコとしている。きっと神官長は『地獄耳』というスキルを持っているに違いない。
仕方ないなぁ、と思いながら
「神官長様。ポツン村に神父も神官もいないということは、キーエフ様の教えが村人に行き渡らないこともございますし、何かと不便なこともございます。このたび、神官長様にお会いしましたことも、ひとえにキーエフ様のお導きと思います。この際、ぜひ神官を置いていただけないかと思いますが、いかがでしょうか?
できますれば、神官はここにおられるマヤ神官をポツン村に派遣いただければ幸甚でございます。一緒に浄化を行いまして、マヤ神官の信仰心の厚さにほとほと感心し、頭の下がる思いでございます。マヤ神官がポツン村に来て頂けるなら、村人の信仰はさらに厚いものになると思います。なにとぞ、私の願いをお聞き届けいただけないでしょうか?これはキーエフ様の御前にご供物ということでお納めくださいません。
どうぞ、よろしくお願い致します」
と言って、ここぞという時のための必殺の白胡椒1袋を出した。この袋で金貨20枚は下るまい。
神官長は、袋を見て最初は「なんじゃこれは?」と思ったらしいが、マヤさんに袋を開けさせ中身を見て、臭いをかぎ、目を見開きそして満面の笑みとなった。横のマヤさんは白胡椒の金銭的な価値が分からず、これで願いが聞いてもらえるのかしらん?という顔をしている。
神官長、腕を組んで目を閉じウーーンと上を見る。それって、考えているふりですよね?単なるポーズでしょ?悩みましたってことでしょ?
「そうか、マヤ神官ですかぁ......ゾイ神官をやるつもりだったが......う~~む」
えっ、そっちの悩みですか?ナゼ、ゾイさん?あの人のどこがいいのだろうか?胸?信仰とは関係ないぞ。男の信者には喜ばれるだろう。教会の演壇の上でジャンプするとかすれば受けると思う。しかしちゃんと信者を導けるのだろうか?
それにしても、神官長の考慮の時間が長い。あれ?ホントに悩んでるの?ゾイさんとマヤさんを天秤に掛けている?そりゃ、受け入れる側としてはマヤさんに1票です。ゾイさんはちゃんと説教できるかさえ、心配になるから。もしやこれは、ご供物が不足していると?
「なにとぞ、マヤ神官を派遣して頂くよう」
これでもか!という気持ちを込めて白砂糖1袋を出す。これの中身を確認したら目を剝かれた。フン、あんまり渋るんなら他から来てもらっても良いんだよ?
「実は神官長様、このギーブに参る前にブカヒンの大聖堂からお呼びがかかっておりまして(ウソです。物は言い様だから)、そちらに伺うつもりが予定が混んでおりまして、仕方なくこちらに来た次第でして」
パン!という音がしたかと思うくらい、神官長の顔が真顔になった。さっきの余裕綽々のにやけた顔はどうした?と、見ていたオレたちが驚くくらい変貌した。
机をバン!と叩き、
「よろしい。マヤ神官を派遣致しましょう。よいな、マヤ神官。ポツン村に赴き、キーエフ様の教えを広げてくれ。何事もタチバナ様の意に添うよう心掛けてくれ」
と決まりました。一決ですな、はいはい。
オレとサラさんはニマッとしながらマヤさんに向かって頭を下げる。
「ただいま、神官長様からご指示あったようにポツン村に来て頂くこととなりました。どうかよろしくお願いいたします」
「いえ、こちらこそ、よろしくお願いいたします。私のような、経験の浅いものが行き届かないところもあると思いますが、先任の神父の奥さまと手を取り合い、キーエフ様の教えを広め浸透したいと思います。
どうぞ、よろしくお願い致します」
マヤさんに深々とお辞儀された。胸元からは胸が......見えず腹が見えた。




