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戦いはじまる

 シショーの話の後、また沈黙になった。後は待つだけ、ということはみんな分かっていて緊張感が漂っている。ジンとバゥは見回りに行くと言って柵の方に行った。



 ウォォォォーーーーン、という狼の吠える声が意外と近くで聞こえる。

「ギャ!」

「ウワァーーーー」

 という声が柵の外から聞こえた。緊張が走る。何か外で争うような物音が起きている。人が狼に襲われていることだけは分かる。柵の外には村の者は出ていないはずだから、凶賊のヤツらが外に出て狼に襲われたか?何のために柵の外に出た?オレたちが、凶賊が入って来ると想定している門以外を狙って、そのために外に出て移動していたのか?


 しばらくして、ジンとバゥが帰ってきた。

「ヤツらは、柵の周りを回って、どこが弱そうか、侵入できるなら入ってしまおうと考えていたんだろう。ところが、狼の群れと遭遇して、やられちまったようだ。バカめ、オレたちだって、そのくらい考えていたさ。ヤツらの通りそうな場所に、干し肉置いてあったから、狼たちが集まっていたさ。狼から見ればいい夜食になったな、狼たちに感謝してもらわないといけないな、あははは」

「凶賊たちはオレらに見つからないように、灯りを使わなかったから、狼が近づいても気がつかなかったんだよ。そりゃあ、暗闇で狼に勝てる訳がない。狼に食われずに逃げるヤツらが、月の光で照らされて見えたから、矢で射ておいたがな、そうしたらそいつに狼の群れが群がって、結局食われていたよ」

「外に出たのは3,4人くらいだったろう。ここは領都付近と違って、狼や野犬が多いから夜に柵の外に出てはいけないんだが、甘く見ていたな。これでヤツらは、そこの門からしか来れないぞ。さぁ、もうすぐ来るぞ」


 え?どう来るんだ。オレには分からんぞ、解説してくれ!

「ジン、どうヤツらがやって来るのか、オレは分からないんだが、もうちょっと分かるように言ってくれ」

「あぁ、そうだった、済まないな。この門は周りの柵から比べても低くできてるし、人が登ろうとしても、越えられる高さにしてある。それに余り丈夫じゃなくて、弱っちく見えるだろう?だから、ヤツらは、子分に登らせて、内側のかんぬきを外させるんだよ。そして、中に入って来る。門に登らせた子分が殺されれば、その時は火をかけてでも、突入しようとするだろうな。でも火をかければ、こっちだって村の中に火が点くかも知れないし、食料が燃えてしまう可能性だってあるし、柵まで燃えてしまったらまた狼に襲われるかも知れない。だから、なるべく火は使いたくないんだ。だからオレたちは、ヤツらが門を開け、中に入ってくるのを待つ。

 ヤツらが全員入ったら、ヤツらの後ろに松明を落とすことになっている。それが戦いの合図だ、凶賊が全員罠にかかったってな。落とし穴なんぞ作ると、中に入ってこれなくて、始末が難しくなるから、全員を入れて中で迎え打つ。多少の犠牲は仕方ないが、これが一番だろうと思う」

 なるほど、後は待つだけか。



 どれだけ待ったか、目をつぶっていると突然『ホゥホゥ』というミミズクの鳴くような声がした。ジンが小さい声で言った。

「来たぞ、合図だ」

 そう言われて、門の方を見ると、門の上に人影のようなものが見える。剣と右手を布で結ぶ。人影が下に降り、門をそっと開ける。門は無音というわけにいかず、ギィィィと音を立てるものだから、ヤツらはゆっくりと開けている。開け切ってから、ヤツらがゾロゾロと音を立てず、ゆっくりと中に入ってくる。辺りを見回しているようだが、両側が丸太の壁のようになっているので、かなり警戒している。そして、ゆっくりこちらに向かって歩いてくる。ヤツらにオレたちは見えていないようだ。両側でジンとバゥが弓を引き絞って、合図を待っている。


 バっと門の外に松明が投げられた。

 ヤツらの目がみんな、後ろに向けられる。それと同時にジンとバゥが矢を発射した。矢は吸い込まれるように、先頭のヤツに刺さり、倒れる。ジンとバゥはすぐに2射目を射て、2番目のヤツに当たり、そいつは倒れる。と同時に、山賊たちの後ろの方から

「おぉぉぉぉ、止まるンじゃねえぞ!!やっちまえぇ!!」

 と山賊から大声が掛けられ、ヤツらはこっちに向かって突撃してきた。オレも石を握って投げようとしたけど、剣と手を紐で結んでいた。頭に血が昇ってた。


 その声のタイミングで塀の両側から、槍が突かれ山賊の何人かに刺さる。槍は突いては引き、突いては引きを繰り返す。残った先頭のヤツらがこっちに突っ込んでくる。ジンとバゥは弓を捨て、剣を抜いて一歩下がり、オレを先頭に出す。


 え、どうしたんですか、ジンさん、バゥさん。オレが先頭で戦うなんて聞いてないですよ、聞いたっけ!!でもまだ、この世界に来て10日ほどの異世界初心者なのに、こんなことさせるなんて!!

 と思ってても、凶賊の特攻隊らしいヤツが剣を振り上げて迫ってくる。

「ワァァァァ!」

 でかい声を上げて、剣を振り下ろしてくる。

 腹を決めて集中する!腹に力を入れ、ヤツを凝視すると、だんだんヤツのスピードが落ちてきているように見える。ヤツが振り下ろしてくるのを、オレは一歩前に出て、剣を下から摺り上げるようにヤツの腹を斬り上げる。ヤツが剣を振り下ろす少し前に斬り抜けるので、後はジンに任せる。トドメを刺してくれ。


 そいつの後ろにもう1人デカいのがいた。そいつは振り上げてすぐ斬ってきた。その剣先を避け、オレの前にヤツの身体が来たところを横なぐりに斬る。さらに前に行くともう1人いた。その後ろには誰もいないか?これが最後か?そいつはオレよりだいぶ小さいが、長い剣を持って、ヘラヘラ笑ってオレを見ている。そいつは正眼に構えているので、オレも正眼で動けなくなる。そいつが剣を振り上げるのに釣られ、オレも振り上げ、そいつの振り下ろそうとする気配に釣られて、1歩踏み出して切り下げてしまう。しまった。誘われてしまった、ヤツはこれを狙ってたのか?と1瞬で分かる。ヤツの顔は、ニマッとしているのが見える。けれど、オレは剣を切り下げながら腰を落としつつ、刃を横にして空気抵抗を掛け、抵抗が貯まったところで横に薙ぐ、リュービが決まる。


 その瞬間にそいつの顔を見てしまった。そいつは「しまった!!」という顔をして、目をこれ以上見開けないくらいにまん丸に開け、剣を見ている。剣がそいつの身体に入って行く瞬間に、死を意識したのか悲しそうな絶望を感じているような顔をして、視線をオレに振ってきた。剣がそいつの腹を斬り抜けるとき、そいつは可笑しいような顔をしていた、見なければ良かった......。

 十分な手応えがあり、ヤツが倒れていく。オレはいつも通りたっぷりと血を浴びていた。あぁ、こいつの血は温かいな、手にそいつを斬った感触が残り、斬られたときのそいつの顔が目に焼き付いた。


 門の方では両側からの槍衾で、かなりの数の山賊たちが倒れていた。死んでるヤツもいるんだろうけど、うなっているのもいるから痛手を受けて、動けなくなっているようだ。

 後ろから肩が叩かれて、振り返るとジンがいた。

「良くやったな、マモル。終わったぞ」


 あっという間だった。ジンに言われて、ホッとした途端、こみ上げるものがあった。ウッと胃から上がってくる、横に走って、ゲーゲー吐く。これはなんだ、人を斬ったからか?獣を斬ったときは感じなかったが、人間を斬ったからか?人を斬るということの感触が未だ手に残っている。

 口からは何も出ず、胃液しか出て来ないが嘔吐する感覚が消えない。

「おい、マモル、大丈夫か?」

 バゥが声を掛けてきた。

「人を初めて斬ったときは、そうなるんだよ。オレもそうだった。人の肉を斬る感触が手に残るんだよ」

 そうなのか、初めてを斬るとこうなるのか、この感触は慣れるとなくなるのか?悪党とは言え、人を斬ってしまった罪悪感がこういう気持ちにさせるのか?


 累々と横たわっている凶賊たちを、ジンとバゥが淡々とトドメを差していく。本当に淡々と、何か事務処理するような感じで、首に剣を当て押すようにして。

 こいつらは生かしておいても、何の役にも立たないだろうし、これまでやってきた悪行とか考えると、これがお似合いなんだろうな。この村には薬はないから、治療どころか投薬もできない。ジンとバゥが何か、話をしている。傷の浅そうなヤツを残しておいて、事情聴取するのか?


 オレはやっと立てるようになったので、のろのろと立ち上がり、ジンたちの所に歩いて行く。やっと空が明るくなってきたのに気が付いた。門から足下まで、地面が血の池のようだ。その中にオレが斬った奴らも倒れていた。

 ジンがオレの顔を覗き込んで、

「マモル、後はオレたちがやっておくから、オマエは休め。ひどい顔色だ、真っ青だぞ、大丈夫か?とにかく休め」

「あぁ、悪いな、休ませてもらう」


 小屋に戻ると、ノンとミンがいた。ミンはオレを見ると、驚いたのだろう、ギャァと泣き出した。ノンはミンをあやしつつ、

「マモル、終わったの?凶賊はみんな殺した?マモルはケガしてないの?顔色がひどいよ?大丈夫?身体洗うでしょ?着替え持ってくるから、井戸に行ってて」

 と言ってミンを連れて小屋を出て行った。オレはトボトボと歩いて井戸に向かう。足が重くて持ち上がらない、やっと歩く。井戸に着いて、ふと気が付くと、血だらけの剣を右手に持ったままだった。全身、返り血を浴びて、手には血まみれの剣を提げていれば、ミンじゃなくても泣くわな。剣の紐をほどこうとするが血で滑って上手くいかない。指がガタガタ震えて、紐を手に取ることができない。

 四苦八苦していると、ミンの手を引いてノンがやってきた。紐をほどこうとしているオレを見るに見かねて

「アタシがやってあげるよ」

 と言って、血だらけの紐をほどいてくれた。ノンの手も血だらけになる。やっとほどけて、オレは疲れて井戸の横に座り込んでしまった。

「マモル、大丈夫?どうする、自分で洗うことができる?アタシが洗ってあげようか?毎日ミンを洗っているから、こう見えても上手いもんだよ!」

 と明るく言ってきた。ノンの明るい声がありがたい。もう、何もする気にもならない。

「頼む、疲れて腕も上がらない」

「分かった、ちょっとガマンしてね」

 ノンはミンを少し離れた所に置き、汲み上げた水をオレの頭から掛ける。2回、3回と水を掛け、上着を脱がせてくれ、ヘチマたわしで身体をこする。女の力からか、余り痛くなくちょうどいい。

「マモル、上は洗ったから立って、下を脱いで。はいはい、仕方がないなぁ」

 仕方なく、ノロノロと立ち上がり、ズボンもパンツも脱いで、素っ裸になると、ノンが力を入れてゴシゴシと下半身も洗ってくれる。と、手を止め凝視している。ナゼか息子が起立している。はち切れんばかり、という表現がピッタリなくらい。先っちょが腹につくんじゃないか?と思うくらいに天に向かっている。

「ノン、何を見てるんだ」

 と言ってもノンは目を逸らさず、見ている。オイ、そんなに珍しいか? 

「ううん、別に。ほら、これを着て」

 やっと服を着せてもらい、よろめきながら小屋に戻りベッドで横になる。


「マモル、顔が真っ青だけど大丈夫?何か食べる物を持ってこようか?」

「イヤ、いい。今はとにかく寝かせてくれ」

「そう?アタシに何かできることある?」

「特にない、イヤ、悪いけどオレの手を握ってくれ」

 ナゼかは分からないけど、人に手を握って欲しくなった。ノンに握られて、ガタガタ震えていた手が治まった。ノンの体温が手を通して伝わってくる。

「悪いがオレを抱いてくれないか?」

「うふふ、大丈夫?どんな風に?」

「子どもを抱くようにして、抱いてくれないか?寒いんだ」

「んーーー分かったよ。こんな感じかな?」

 ノンはベッドの上に上がり、オレを小さい身体で包むように抱いてくれた。オレがガチガチ震えているのに、驚いたようだが、オレに覆い被さるように抱いてくれる。アンより大きい胸が肩に当たり、髪の毛が顔にかかる。ノンの体温がオレの身体に染みこんでくるように感じる。ノンの暖かさに救われる。ミンが部屋の隅で不思議そうに見ているがちっとも気にならない。ミンの前なのに息子を握ってくれた。ただ、握るだけ。ノンの手が温かい。そこからノンの熱がオレの身体に広がるような気がする。


 そうして、オレは意識を手放した。



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