シショーの凄さを語る(いろいろと)
ジンとバゥの話は止まらない。
「そしてさ、宿舎に帰って、水を飲んで、落ち着いた頃にシショーがぼそっと一言言ったんだよな」
「え、何を言ったんだ?」
「それがな『女を抱きたいな』って言ったんだよ。オレたちはさっきまでのシショーとあんまり違うんで、思わず笑ったさ。そしたらシショーは照れくさそうに笑って、血のついた服を着替えて『ちょっと行ってくる。私は人を斬ると血が高ぶるから、女を抱きたくなってね』と言って出て行ったからさ。もう可笑しくて、2人で大笑いしたね!」
「夜が明けると領都は大騒ぎになって、領主さまから警邏隊にお呼びがかかって、隊長が引っ張っていかれたそうだけど、シショーは衛兵隊の隊長に事情を聞かれて、それからどっか連れて行かれたよな?」
「あぁ、オレたちも事情を聞かれたけど、同じ事しゃべったし、ただ付いて行っただけだから、何も悪いことしてなかったから、オレたちはすぐ放免されたし。あのシショー見てたら、誰も何もできないさ」
「普段のシショーを見たら、静かなじいさん、くらいの感じしかしないから、誰もあんなに人が斬れるなんて思わないよな」
オレはずっと黙って聞いていたけど、この人とは会ってみたかった。剣を教えて欲しい。
「ジンとバゥの言ったことは事実なんだろうが、本当にそんなに人が斬れるものなのか?」
ドンが聞くが、オレもそう思う。それは異世界ノベルや時代劇の中だけの話じゃないのか?
「オレも不思議でシショーに聞いた」
「バゥも聞いたのか、オレも聞いた。そしたらシショーは『斬り慣れることです』と一言、言ったんだ。一体、どれだけ人を斬れば斬り慣れるんだ?と思って聞いたら『私は百人以上斬りました、それ以上は覚えていません』と言うもんだから驚いたよ。
この人はもしかしたら快楽殺人者か?と思ったけど、一応どこでそんなに人を斬ったんですか?って聞いたらな『戦場です。戦場では、どれだけ人を斬っても罪を問われることはないですから。斬れば斬るほど、褒め称えられます』って言うから納得したけど、いったいどこにそんな戦争があったんだ?って思ったさ。
この国はしばらく戦争していないだろう?って思って聞いてみたら、シショーは28まで違う国にいて、その国はシショーが18の時から戦争が続いていたそうだ。2年ほど大きな戦争が続いて、しばらく平和があって、また大きな戦争があって、その後ここの領都に来たと言ってたな。シショーは戦争の時、隊長を務めていて『私は人を斬ることより、人を指揮する方が似合っていると思っています』と言ったのにはもっと驚いたね」
ウンウンと頷きながらバゥも言う。
「オレもシショーの昔のことが気になって色々聞いたんだよ。シショーは余り話したくなかったようだけど、たまにぽつりぽつり話してくれた。最初の戦争は負けた側で二度目は勝ちそうな側だったけど、二度目は途中で戦争から抜けたって言ってたぞ」
「そうだったな、どっちにしても戦争は悲惨だ、って言ってたな。勝った側は、負けた方の土地で必ず財産を略奪するし、女と見れば犯すし、ひどいときは子どもまで殺すヤツもいるとシショーは言ってたな。
シショーは攻めてきたヤツらが、金持ちから財産取ってくのは仕方ないにしても、女を犯したり子どもを殺すのは許せなかった、と言ってたよ。戦争に勝ったヤツらは、その土地を占領して、やがては自分の領地になるかも知れないのに、領民を痛めつけてどうするんだ、ってね。シショーは『私の中の正義が許せませんでした』ってな。
だから、二度目の戦争のときは勝った方だったけど、部下の兵士が住民の女を乱暴しているのを見たら、そいつを斬って捨てたって。他の隊の兵隊を斬ったら、その兵隊の隊長から苦情言われたけど、知らんぷりしたら、次は最前線に回されたって言ってたな」
あれ、それって自分が人を斬ったとき、どうするんだろ?どう始末するんだろう?
「その、シショーが人を斬ったとき、金で済ませるような女とかいないときは、どうしてたんだ?まさか、乱暴したんじゃないよね?」
「そこはガマンするんだってさ。理由は『私の矜持が許しません』だって。痩せガマンなんだけど、シショーらしいさ」
「そうだよな、シショーはえらく損な性格みたいだったな。最初の戦争で、軍を率いていた将軍が戦いの途中で船に乗ってどこかに逃げちまって、軍が崩壊するのを何とか止めようとしたけど、軍の末端の隊長だったから、自分の部下を守るので精一杯だったって言ってたし」
「誰が考えても、それは無理だよな。オレなら一番先に逃げるさ」
「でもシショーは『部下を見捨てることが私にはできなかった、短い間だが苦楽を共にした仲間だった』って言ってたぞ」
「はーーー、かっこいいなぁ」
「その最初の戦争のとき、敵と対峙していて、ここを突けば敵を破れる、勝てるというのが見えたそうだ。それで『上官に進言したが受け付けてもらえず、何度悔しい思いをしたか分かりません。戦局の見えない上官を持つと部下は苦労します』と言ってたぞ。最初の戦争は、ずっと負けてばかりだったと言ってたし」
タキガワさんって、いつ頃の人だったんだろう。10年くらいの間に大きい戦争が二度あったというのは、いつなんだろう?日本史なんて覚えることが多すぎて、選択しなかったのが今となっては悔やまれる.....。
「広場の立ち回りの後、隊長に呼ばれて、シショーはしばらくして戻ってきたさ。また、そしていつもの通りの静かなじいさんに戻ったな。ただ、オレらはシショーに剣や槍や弓を『真剣に』教えてもらうように、なったがな」
「そうだな、オレたちの話を聞いて、他の衛兵たちも教えてもらうようになったし。シショーは嫌がることもなく教えてくれたし。ただ、広場の出来事を話すのは嫌がって、その話をせがまれると不機嫌になって、そっぽ向いてたし」
「シショーのお陰でさ、オレたちはその後、タダ酒を飲めるようになったんだよ!!」
「え、なんで?」
「だってさ、その話はみんな聞きたいんだよ。それでシショーに付いて広場に行ったのは、オレたち2人だけじゃないか。そうすると、その場を見ていたオレたちに聞きたがるわけだよ。オレたちは話をしたいんだけど、仕方なくせがまれて話をするわけさ。そうすると、また違う奴らが話を聞かせてくれと、オレたちにお願いしてくるから、オレたちはしばらく、タダ酒飲んだり、タダメシ食ったりで、いい思いをさせてもらったよな笑」
「あぁ、あんときは楽しかったな、何十回話をしたか数え切れないくらいだよな、女にももてたし、あはは」
「オレらはシショーに付いて剣を持って行っただけだったのにな、へへへ」
「オレはジンと違って真面目だから、一応シショーに話をしたんだ。オレたちはこんなことやって、毎日ただでメシ食って、酒飲んでます、申し訳ありません、って。そしたら『いいですよ。存分に楽しんできてください』ってシショーが言ってさ、この人なんてできた人なんだろう、って感激したさ」
「なんだ、バゥは聞いたのか、真面目だなぁ」
「オレはね、ジンのこの性格がダメだと思うな笑。だから、変な女に引っかかるんだよ」
「何言ってんだよ!関係ないだろ?」
......と脱線した。良い話だったのに。
「この話、まだ続きがあるんだよ。しばらくしてな、オレとシショーが門番してたら、怖い顔をした男が2人(ジンより怖い顔ってどんなんだ?)、シショーを尋ねて来たんだ。
そいつらはなんと、広場で腰抜かしたボスたちの後釜だっていうんだよ。何しに来たかって言うと、シショーに挨拶に来たというんだよ。
誰かが『シショーに挨拶に行かないと、後々何かあるかも知れない』って言ったらしくてな。シショーはイヤな顔するし、門を通るヤツは、おっかなそうな男が2人シショーに頭下げてるから、何があったんだ?って不思議な顔して見るし、オレはおかしくておかしくて、しょうがなかったさ。
でな、ヤツらが手土産持ってきてシショーに渡そうとしたら、シショーがいらないと言うんだよ。オレは驚いてシショーに、どうして受け取らないのか聞いたら『矜持』なんだそうだ。何だその『矜持』ってのは!!損をするもんじゃないのか?そんなもん、捨てちまえ、と思ったけど、ヤツら頭上げないから、オレが代わりにありがたく受け取ったさ。シショーは渋い顔してたけど、何も言わなかったし、そうしないと場が収まらなかったから仕方ないんだよ。
え?その受けとったものか?それはな、話をどこからか聞いた隊長に取り上げられちまって、オレらの知らないところに行って」
あ~~どこの世界も同じですねぇ。タキガワさん、この世界でも損してますね。
「そうだ、マモル。シショーが言ってたが、相手が斬ってきた時、剣で受けてはいけないぞ」
「え、それはどうして?」
「それほど力のないヤツが相手なら受けることもできるが、剣を使えるヤツなら速さも重さもあるから、受けたときに剣を弾き飛ばされることがあるんだ。オレは相手の剣を受けて、剣の勢いに負けて頭まで剣が届いてしまうのを見たことがあるしな。シショーみたいになるだけ、剣を避け相手を斬る。これだ、ゴノセンとシショーは言ってたが、先に斬らせて、避けて、斬る」
ゴノセン、後の先、か。忘れないでおこう。
「それと、剣が一つしかないとき、相手を斬ったときに剣に血が付いて血で滑って、剣が握れないことや落とすこともあるそうだ。だから、今夜みたいに何人斬るか分からないときは、剣の握りに布を巻いておくんだ。それと剣と手首を紐で繋いでおいて、上手くつかめなくても落とさないようにするんだそうだ。
でも、一体何人斬ればそんなことになるんだよな」
オレはそんなに人は斬れんぞ、今夜はできれば斬りたくないのが本音だし。
「一度、マモルにシショーを会わせたかったな。でも、シショーはしばらくして死んでしまったんだよ。シショーは『私はたくさんの人を殺したので、長く生きることはできません』と言ってたし、『私は40までしか生きられないんです』と言ってたんだ。ある朝、シショーが仕事に来ないから宿舎のシショーの部屋に行ったら、シショーがベッドの上で冷たくなってたんだよ。特に病気していたようでもなかったけど、突然だった」
「まぁ、シショーらしいさ。身よりもいなかったようだし、女もいなかったし、財産らしい財産もなかったし、衛兵隊の仲間で弔ったよ。シショーらしいって言えば、シショーらしい死に方だったかな」
オレも会いたかったよ、タキガワさん。




