新しい世界に来てすぐに狼との対決
出てきたのは狼か?先頭の狼の高さはゆうに1mほどあるが、さっきの野牛に比べると小さい。額の真ん中に角があるのはこの世界の決まり事なんだろうか?群れは全部で10頭ほどいるけど、他の狼はリーダーの狼よりは少し小さい。
リーダーらしい一際大きいヤツがオレの前に来る。一際大きいうなり声を上げ、身体中から何か出てるような気がする。オレもだんだんと気合いが入ってきているのが分かる。あいつは飛び上がって頭の上から来るのか、足下に飛び込んで来るのか?ジリジリと前に出る。ヤツのうなり声がだんだん大きく低くなってくる。これは下がったらダメなやつだ。
ヤツがダッダッと2、3歩助走をつけてバン!と飛び上がる。わおぉぉぉ、と思ったらナゼか時間の流れが遅くなり、やつはスローモーションになる。おっと思い剣を振り上げようとしたら、その剣先に狼が飛び込んで来るような形になる。ヤツはありゃりゃというような顔になる(毛だらけだから表情は分からない)が、もう勢いついているから剣先にスバっと斬られてお開きになっていく。おかげでまた血をたっぷりと浴びてしまう。その狼の後ろからもう1頭飛び込んで来る。オレは無我夢中で剣を振り上げ、切り下げる。これも一刀で斬り裂いてしまった。
周りを見ると、みんな一生懸命戦っている。盾を持って狼にぶつけ、剣で切りつけるヤツや、棍棒を持ってる男はちょっと腰が引けてて、やたらめったら振り回すことで狼が近寄らないようにしている。
後ろで「ギャーーーー!」という叫び声が聞こえ、振り返ると狼に横から首を噛まれている男がいる。急いで剣を振りかぶって男に走り寄る。狼は男から口を離して、うなり声をあげながらオレの方に飛びかかる。それに向かって、振りかぶった剣を叩きつける。剣は吸い込まれるように狼に入っていき、顔を二つに割るようにしていく。殺ったか?フラグか?
噛まれていた男を見ると、血がドクドクと地面に流れていて、全身でゼーゼーと息をしている。狼の群れはもういなくなったからか、他の男たちも寄って来て倒れた男をのぞき込んでいる。こりゃ、ダメかと思ってるとジンが
「やられたな、ガイはもうダメだ。それでも、あれだけの狼に囲まれて、やられたのが1人だけというのは少なかったな。あんたのお陰で助かった」
とオレの方を見て言う。他の男たちも
「あぁ。あんなに狼がいて、1人しかやられなかったのは奇跡だな。あんたが3頭も殺ってくれたからだよ」
「そうだよな、みんなやられちまっても不思議じゃないくらいだった。おらぁ、もう死んじまったかと覚悟したさ」
「そうだ、そうだ。でもオラもびっくりしたけど、狼も驚いただろう。群れのリーダーが一太刀で斬られて死んだから、弱っちいヤツはびびって、勢い弱くなったんだろう。だから逃げちまったんだ」
と興奮して口々に言う。しかしリーダーのジンはケガした息の荒い男を見て
「もうダメだな。もう死んじまうぞ」
と言う。他の男たちも仕方ない、という顔をしてケガをした男を取り囲む。こいつら薬は持ってないのか?と思ったが、誰も言わないし出さないので、持ってないのだろうと思う。その代わりに魔法で治すのか?と思ったけど、それもなさそうだ。
それなら、オレは何か使える魔法で治せないか、考えるのだけど一度も魔法を使ったことがないから焦りまくって、何も出て来ない。よく異世界ノベルだったら、頭の中に閃くとか、創造するなんて読んだけど、何もない。
ヒール?ケアル?え、何だっけ?何を言えばいいんだっけ?そんな急にできるはずないわな。
一人でオレが焦っていると、ジンはケガした男の首に剣を当てチョッと押しつけた。ケガした男はあっという間に事切れて死んでしまった。他の男たちは、しばらく黙ってたが、ジンから
「さあ、後始末して早く村に帰るぞ。狼の死体とガイの身体を台車に乗せろ。日が暮れないうちに帰るぞ。早くしないとまた来るぞ」
オレはショックで硬直しているが、他の男たちは狼の死体を集めて荷車に載せ、その上にガイという男の身体を載せロープでくくりつける。
さっきまでの陽気な歌声はもうなく、みんな黙り込んだまま村に向かう。オレは黙ったまま、後ろからトボトボ付いて行く。
村に近づくと村の周りを柵が取り囲んでいるのが分かった。道に沿って柵の間に門がある。門の前に着いて、ジンが剣の柄で門をドンドンと叩く。そうすると門の中からオーという声がして、門が少しづつ開く。門の中から男たちが顔を出す。どれもボサボサの髪にひげづらで見分けが付かない。
「『降り人』はどうだった?」
「いた。オレたちが行ったときには、『降り人』が野牛を1頭殺っていた。それで野牛を荷車に載せて村に帰る途中、狼の群れに囲まれた」
「え、狼の群れか?大丈夫か?何人やられたか?......見たところ、いないのはガイか?ガイがやられたか?とにかく早く中に入れ」
ジンと中の男が話をして荷車を中に入れる。ジンと中の男は色々と話をしている。みんな沈痛な顔をしている。
「狼は何頭いたんだ」
「10頭以上いたと思う」
「10頭以上いて、やられたのはガイだけか?」
「そうだ、ガイ1人だけだ」
「ガイ1人だけって....どうしたんだ、なんでそんなにやられたのが少ないんだ?」
「『降り人』が1人で3頭殺った。それも狼のリーダーを最初に殺った。そしたら、他の狼の勢いが弱まった。狼のリーダーが相手だとオレでも危なかったかもしれん。『降り人』のお陰でオレらは死んだのがガイだけで済んだ。おい、リィを呼んでこい」
「おぅ、呼んでくる」
みんなはオレそっちのけで、死んだガイの話をしている。リィというのは肉親だろうか?村の奥の方から女の人が走ってきて、荷車から降ろされたガイを見て泣きながらすがりつく。奥からバラバラと女の人たちが出てきて、ガイにすがって泣いている女の人の周りに寄って声を掛けている。
オレはどうしていいか分からず、ガイを囲む人の輪の外側でボーと立っていた。
「あんたが『降り人』かい?」
声の方を見ると、声を掛けてきたのは小さい婆さんだった。
「オレはタチバナ・マモルという名前だけど、違う世界からやってきたようだ。あんたらの世界では『降り人』と言うらしいな」
「そうかい、アタシの占いの通りだったねぇ。今日の昼過ぎに『降り人』が現れると占いに出たのさ。それで行かせたんだけど、ちゃんと当たったようだね。まだまだアタシの占いもまんざらじゃないね」
表情がまったく読めないしわくちゃの顔で言う。
「それにしても、アンタはひどい格好だね。身体中血だらけでひどい臭いじゃないか。これ、アン、この人に着替えを持ってきてやりな。それで水浴び場に連れて行ってやりな」
近くにいたアンという名前らしい女の子が、コクンと頷いてどこかに走って行った。
「ワシの知っている限り、ワシの婆さまの子どもの時に『降り人』が来たそうな。『降り人』はこの世界のことを何も知らない子どものような人だから、みんなでこの世界のことを教えたと言われておるぞ。滅多に『降り人』は現れることはないけれど、何か福を持ってきてくれると言われておっての。あんたは来たばかりで何も知らないだろうし、ワシたちが教えるからこの村で好きなだけ、いたらええからの」
「ハイ、婆さま持ってきた」
さっきの女の子が服らしいものを持ってきた。綿?亜麻?何だろう、ゴワゴワしてそうだ。
「アン、マモルを井戸に連れて行ってやりな、身体を洗わせるんだ」
オレはアンと言う女の子に連れられて村の奥の方に入って行く。
家と言っていいのか、小屋と言って良いのか分からないような建物が並んでいて、その間の小路を進む。しばらく歩いた所に、想像していた通りの、昔田舎にあったような井戸があった。女の子がロープの先についた木の桶を井戸の中に投げ込んで、水を汲み上げてくれる。やっぱり温水器なんてあるわけないよね。まぁ、あんまり寒くないし、むしろ暖かいくらいだから井戸水でいいけど。
それにしても、この村は臭い。何から何までみんな臭い。これが普通なのだろうか?どこに行っても変わらないのだろうか?もしかしたら、臭気のせいでメンタルがダメになるかも知れない。