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キーエフ教原理主義というもの

 翌朝も公爵様をお見送りしているとき、キーエフ教原理主義一行が道の反対側にいた。雰囲気はそんな剣呑なものでなく、公爵様を宗敵認定しているようなものでないから、少し安心したけど。


 明日はやっと調印式があるというから、もう帰る日が見えてきたような気がする。


「マモル様、お願いがあるのですが」

 珍しくベンゼがオレに頼んできた。

「何か?」

「はい、いささか厄介なことでして、マモル様にしか、お願いできないようなことなのです」

「ふーーん、じゃあ部屋で聞こうか」

「申し訳ありません。お願い致します」

 

 ベンゼが二人っきりと言ってきたので、ヒューイ様も呼ばず、話を聞いてから考えてみることにした。


「実は、今朝のキーエフ教原理主義の者たちのことなのです」

「彼らのこと?」

「はい。実は彼らはキーエフ教原理主義の中の穏健派と言って良いようなもので福音派と自称しています」

「福音派?」

「そうです、福音派です。昨日、ヒューイ様がおっしゃられたことは概ね合っているのですが、キーエフ教原理主義の中にも色々な組織がありまして、従来の極端な教義の解釈についていけず、教義に添って穏やかに生きていきたい、と考える者たちが集まって福音派を作りました」

「詳しいね」

「はい、実は私もキーエフ教原理主義福音派です」

「へぇー」

「実は、マモル様のような反応は、この世界では珍しいのです。普通はもっと驚かれます」

「そうなの?」

「はい、普通はキーエフ教原理主義者と聞くと、悪魔でも見るようにして見られることが普通です。マモル様は違う世界からいらっしゃったので、そのような反応をされるのだと思います」


 それから聞いた話は、宗教音痴というか緩い宗教環境に生活していたオレには結構ハードな話だった。

 キーエフ教原理主義者夫婦の息子として生まれたベンゼは、教義に従うことができず、家出しハルキフで生活していた。当然、キーエフ教原理主義からは破門宣告がされていたけど、ある日ハルキフの町の中で偶然、原理主義の信者の商人と再会した。

 ベンゼの知らないうちに両親は亡くなっていた。兄弟もバラバラとなって生活しており、生まれた村には誰も残っていなかった。それでも、昔の知り合いに会い、話をするのは嬉しく、その商人がハルキフに来るたび、会うようになった。その商人から原理主義内部の動きを知る。

 そして、原理主義の中でもいろいろな動きがあり一枚岩ではないことを知る。そして、その商人の伝手で今回、マモルにお願いしようという話が出てきた。


「実は、キーエフ教原理主義福音派の者たちが、ゴダイ帝国からヤロスラフ王国に移住したいと言っているのです。ヤロスラフ王国の中のマモル様の領地にです」

「ええっ、ポツン村に?」

「いや、ポツン村の中に入って暮らしていくのは難しいと思います。ポツン村の隣でも、空いた所に住まわせていただきたいのです」

「そうなの?」

「はい、たぶん一緒に暮らすのは無理かと」

「日常生活とか食事の作法とか違うものはあるの?」

「いえ、そういうものは同じだと思います」

「それなら、何が違うんだろう?」

「休日に礼拝に向かう教会が異なることと、キーエフ正教ではキーエフ様の像を礼拝致しますが、原理主義福音派では偶像崇拝に繋がるため、像や象徴物を礼拝することはありません。教義を記した聖本を読み、キーエフ様を称える歌を歌います。あ、聖本や歌はほとんど同じです。正教も真教も違いはありません」

「よく分からないなぁ。福音派というのは、宗敵に対して戦うということとかあるの?」

「いいえ、福音派は聖本にある羊の群れとして生きよ、という言葉の通り、宗敵に対して攻撃するということはありません。あくまで、攻撃に対して守ることは致しますが」

「うーーん、オレの頭では分からない。来てもらってもいいような気がするけど、かといって何か大きな問題を抱えこむような気がするし。ポツン村には、まだないけどしばらくしたらキーエフ正教の教会が建つと思うけど、そういうのは気にならないの?」

「問題ありません。教会に寄付を強制されたりしない限りは、私たちから何か危害を加えるようなことはないのです」

「その福音派には教会や神父さんがいるの?外から見て、福音派ってことは分かるの?」

「福音派には教会はなく、長老と呼ばれる指導者の家に集まり、信仰を深める会を催すだけです。外から見て、福音派の集落ということは分かりません」

「ならいいような気もするけどなぁ。何か問題が起きそうなことはないの?」

「あるとすれば、原理主義者からの攻撃です。彼らは正教や真教に対しては、将来原理主義に加わる可能性がある者として寛容なのですが、福音派に対しては裏切り者、転向者として強い嫌悪を示し、滅しようとします。正教信者や真教信者の方たちに見えないよう、影での闘争になるのでご迷惑はお掛けしないと思いますが、そのようなことが考えられます」

「そうなのか、同族嫌悪というか近親憎悪というか、大変なんだなぁ。これって、オレの一存で決めるわけにはいかないわ、やっぱり。村に帰って、カタリナの意見も聞かないといけないし。ちょっと、時間もらえないかな?」

 オレは日本という、たぶん世界の中でも極端に宗教の制約の薄い地域で生まれ育ったから、戒律の厳しい世界で違う宗教のあり方というのが分からないから、安易にYesと言ってはいけないような気がする。


「ベンゼ、なんか無碍に断るのも悪いような気がするし、例えば1家族か2家族くらい来て村の近くで生活してもらってもいいような気がするんだけどなぁ。もし、村のみんなの同意がもらえないなら、ザーイに行くというのもあるような気がする。あそこはいろんな国の人がいるから、多宗教あって、共存しているし大丈夫なような気がする。もちろん、来てもいいというのは普通の人だよ。ゴリゴリの宗教者なんてのは受け入れられないような気がするし」

「ありがとうございます。同朋に伝えます。私は、話を聞いてもらえると思っていなかったので、移住の提案をいただけただけでも嬉しいです。移住と言っても、まとまって動くわけではないので、何年、何十年もかけての話になると思います。少しずつ、目立たないように移り住むことになります」

 あ、そうなの?オレらがルーシ王国から移り住んだみたいな感じで集団で移動するのかと思ったけど、そうじゃないのね。


 おもーい話を聞かされてしまった。普通、異世界転生物には宗教の話ってほとんど出てこないんじゃない?。普通、神々様たちは仲良く暮らしていたからな。まぁ、オレはオレのできる範囲でやることやろう。

 とりあえず、ヒューイ様に相談してみよう、と決めた。オレのこの世界の知識じゃ分からないことが多すぎる。


 昼食のときにでも、ヒューイ様に相談しようと思っていたが、ヒューイ様がなかなか捉まらない。顔が一向に見えないのだ。

 迎賓館の中が慌ただしくなってきていた。まもなく公爵様が戻られるということだが、戻られるというだけでどうしてこんなに忙しそうにみんなが動いているのか?

「何か起きたようでございますね」

 ベンゼが横にきて呟く。

「そうだな、何が起きたんだろう?」

「分かりました。調べてまいります。部屋でお待ちください」

「分かった」

 オレは何か命じられない限り、部屋にいればいいことになっている。何かしろ、と言われても貴族社会のことを知らないし、一般社会のこともろくに知らないので、基本役立たずだから、誰もアテにしない。戦うことと物をポケットに入れて運ぶくらいしか役に立たない。だから、部屋にいても誰も気にしないので、ベンゼの言う通り部屋で待つことにした。


読んでいただきありがとうございます。

宗教がらみの話は現実世界でも深刻なのですが。

次は7月20日です。

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