斉藤さんと堀田さん
やっと日本人が出せました。
チカコ・ホリタ、ケイコ・サイトウ。この世界に転移して初めての日本人!!この喜びをなんと表現していいのか?とにかく嬉しい。
「初めまして、マモルくん。私は斉藤桂子、よろしくね」
「私は堀田千芳子です、よろしく」
おおぉ、これは翻訳されない日本語が聞こえてきた涙。このマモルくん、という「くん」呼びがなんとも新鮮で懐かしい、涙涙涙。
「初めまして、通称「マモル」と呼ばれていますが、本名は橘守です。よろしくお願いいたします。いやいや、お会いできて本当に嬉しいです」
「あ、じゃぁ橘くんって呼んだらいいのかな?」
「いえ、マモルくん、で良いので呼んでください」
「うん、分かった。よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
斉藤さんと話をしているけど、堀田さんは横でニコニコ笑っている。
「おいおい、何を話しているのか、分からないんだが?」
横からグラフさんが割り込んで来た。
嬉しくて日本語で話をしてしまった。意識してないけど、日本語だと直接、頭に入ってくる感じがする。こっちの言葉は外国映画のアテレコされているような感じで聞こえてくるから、気持ち遅れてくるような感じがしている。こっちにきてそれに慣れていたけど、久々に日本語で話を思い出した。
「あぁ、すいません。嬉しくて思わず、前の世界の言葉で話をしてしまいました、えへへ」
「仕方ないなぁ。それはいいけど、マモルは私に何か持って来てくれたんじゃないかい?」
「そうでした。リファール商会から預かってきたんですよ。コーヒーのオリジナルブレンド、スペシャル・グラフ・ブレンドの豆を持って来ました。私の今回の仕事がこれだったんでした!!」
「そうだろう、私も待っていたんだよ。不幸にも戦争が起きて、物資が来なくなって、在庫もなくなったから、町の店に売ってる香りのしないコーヒー豆でガマンしていたんだよ。もう、茶色の色の液体のコーヒーに近い匂い、香りじゃないよ、匂い、いや臭いかな、する飲み物でガマンしていたんだ。さぁ、ここに出してくれたまえ。私は待ちきれないよ。ここで味わおうじゃないか?」
えええええーーーーー、いいんですか!やったぁぁ!!
応接室に入って、オレがテーブルの上に豆の袋を出すと、最初に会ったときと同じように、グラフさんがコーヒーの道具一式を出し、豆を挽くところから始めた。応接室の中にコーヒー豆のふくよかな香りが漂い始める。豆を挽くだけでも、この幸せな香りが漂う。
それまで黙っていたヒューイ様が、
「グラフ様、この香りを嗅ぐと、私一人で味わうのはもったいなく、上司を連れてきてもよろしいでしょうか?もちろん、内輪と言うことで、名前を明かすことはありません。ごく近しい上司です。こんな幸福な体験を私一人で味わうのはもったいないような気が致しまして」
グラフさん、ちょっと考えたけど、
「う~~ん、まぁいいよ。一人だけならね。その代わり、名前は絶対に名乗らないようにすることを約束してくれないか。私人としてコーヒー好きの集まりに来た、ということにしてくれればいいから。あぁ、毒の心配があるかも知れないから、自分のカップを持って来てくれてもいいからね」
「ありがとうございます。恩に着ます。すぐに呼んで参ります」
ヒューイ様は一礼して、部屋を出て行った。
あの人を呼びに行ったんだろうね、きっと。
グラフさんが手慣れた手つきでドリップしているときに、あぁ、このドリップの時の湯気と一緒に広がる香り、なんて幸せな時間。身体が包まれ、ずっとこうしていたい。
扉がノックされ、その人はやってきた。やっぱり、イズ公爵様ですよね。オレが立とうとしたら、手で制され、
「済まない。ヒューイから極上のコーヒーが味わえると聞いてやってきた。グラフ殿の噂は以前より聞いていて、あなたのオリジナル・ブレンドを、余も、いや私も堪能させていただいていたのだ。しかし、ご本人の入れられるコーヒーが飲めるとあって、堪らずやって来た。いや、本当に申し訳ない」
グラフさんも誰が来たのか分かったのだろうけど(そりゃ、部屋に入ってきたときのオーラが違うし、茶髪碧眼イケメンという王族の血統オーラの若い男が入ってきたんだから)。それに、斉藤さん、堀田さんも公爵の顔を見た途端、とんでもないイケメンが入って来たのが分かって、顔を赤くして髪の毛に手を当てるわ、服のシワを伸ばしたりして、オレと会った時と全然違うんですけど?それは、ともかく)、グラフさんは眉をピクリと動かしたくらいでして、
「いえいえ、構いませんよ。コーヒー愛好家同士、一時の幸福に浸りましょう。それにしても私のブレンドを味わっていらっしゃる?ふむふむ、それでは本家本元の私の入れたコーヒーを召し上がってください。是非、ご感想をお聞かせください。さぁ、どうぞ」
暖めたカップに順にコーヒーを注ぐ。
これですよね、ずっと飲みたかったコーヒーは!今まで飲んでいたのが、偽物としか言いようがない!
公爵様もヒューイ様も口に含んで声が出ない。ほらほら、ほらね♪
「いや、さすがにこれは旨い」
「明らかに普段飲んでいるのと違います」
やっと二人から声が出た。
へへっーーー、どんなもんだい!!っていう気分だけど、オレは豆を持ってきただけでした。
至福のコーヒーの時間がしばし続き、公爵様が来ているという男たちの暗黙の了解と、いくつであろうと子どもがいる女性であろうと(確かそうだったと思う)イケメンを前にすると言葉が少なくなるという女子のサガの前に、沈黙の時が過ぎ、
「申し訳ないが、私は次があるので……」
と言って公爵様は席を立たれた。
公爵様が部屋から出ていかれた途端、
「はぁぁぁぁ、緊張したぁぁぁぁ」
「ほんとにぃぃぃぃ」
「あんな、いい男がいきなり来るんだもの、何を飲んだか味がしなかったわぁ」
「うん、もったいなかったねぇぇぇ」
「このあと、家でダンナの顔を見ると思うと、ねぇ」
「そうねぇ、握手してもらえば良かったなぁ」
「そうだ、もったいないことしたぁ!!」
と日本語でキャアキャア盛り上がっていらっしゃる。グラフさんとヒューイ様はキョトンとしているけど、オレには丸わかりなんですけど。
「コホン」
とグラフさんが咳をすると、さすがの女子トークも終わりまして。
「マモルは豆の他に何も持って来なかったの?良ければ、購入するよ。ここまで運んで来てもらって、タダでもらうなんてことはしないからね」
「そう言えばそうでした。たくさん、持たされて来ました」
グラフさんに催促されて、思い出した。
砂糖や胡椒、クローブ、唐辛子と出していくと、
「やっぱりヤロスラフ王国の物は高品質だねぇ」
「「ホントに」」
「あれ、ゴダイ帝国ではもっと品質が落ちるんですか?」
「そうなんだよ。香辛料は分かりにくいけど、砂糖なんて一目瞭然さ。ちょっと舐めると甘みが違うし」
「そうなんですか。と言っても、これらは私の村で作っているものだから、他のと違うのは当たり前なんですけど」
「おや、もうマモルの村は復興したのかい?」
そのグラフさんの言葉にヒューイ様と顔を見合わせた。情報が早い、たかだか一農村のことなのによく知っている。
「グラフさん、よく知ってますね?」
「知っているさ。マモルの村、タチバナ村については前から注目されていたんだよ。だから、今回のハルキフ占領の後、ルーシ王国との交渉で、ハルキフからタチバナ村に至る道の通行許可と非関税の承認をもらっていてね。タチバナ村があれば、直接香辛料を買い付けて、ゴダイ帝国に運ぶ予定だったと聞いていたよ」
「へぇーー、そんなに価値がありますか?」
「何を言っているんだい。コロンブスやバスコ・ダ・ガマの新航路発見の冒険の理由を知っているだろう?ゴダイ帝国はタチバナ村の先にある港を確保したんだ。あそこからザーイと直接交易を行おうと計画しているんだけど、もし良ければイズ公爵領からも特産品を買うことも検討していると聞いているよ。もし、マモルの村から出荷できるなら購入するので、担当の者を紹介しようか?」
「ぜひ、お願いします!」
ヒューイ様が横から断言した。
「イズ公爵領とゴダイ帝国の直接取引ができれば、余計な関税が掛からず、両者にとってうまみのあるものとなるでしょう。是非お願い致します。私の方から、公爵様に申し上げておきますから」
いやいや、ヒューイ様、能吏というヤツですね。




