ヘルソンを出発する
さて、出発の朝を迎えました。
言われていた時間(この世界は、正確な時刻というものがないので、領主の館や協会の鐘を頼りに時刻を把握しています)よりだいぶ前に、集合場所(領主館前広場)に行きますと、もう人混みで賑わっています。
それで、驚いたことにオレと同じくらいの身長の人が大勢いるんですわ。オレよりも背の高いのもいるし。こんなに背の高い人間の密集しているのは、転移してきて初めてだわ。どっから集めて来たんだろうな?と。
背の高い人たちは揃いの制服を着ているから、これは親衛隊とか護衛隊とか、いわゆる公爵様のお付きの人たちなんだろうな。オレなんかは、明らかに場違い感がありありで、知った人いないかとヒューイ様を捜す。でもヒューイ様は、この世界の標準的な身長より少し高いくらいだから、この巨人族の中ではどこにいるか分からないなぁ。
ベンゼと2人で広場の端っこの方で、じっとしているとヒューイ様が広場をぐるっと周回してきてくれ、オレを発見してくれた、ありがたや。
「マモル、こんな所にいたのかい?」
「ヒューイさまぁぁ、見つけていただきありがとうございますぅ。心細くて仕方なかったです!」
「なんだい、こんなの慣れているだろう?」
「いえいえ、こんな背の高い人ばかりのところは初めてで、気持ち的に負けてしまいます、はぁ」
「そんな気にすることないって。公爵様に付いて行くのは、この中の半分くらいだから大丈夫だよ」
「へぇ~、そうなんですか?それならなんで、この人だかりが?」
「そりゃ、公爵様が他国に行かれるなんて特別なことだし、なんと言っても国王陛下の名代なんだから、大げさにもなるさ。ここからは見えないけど、中央で国王陛下の名代としての任命式がもうすぐあるんだよ。仕方ないね」
「へぇーーーー、そんでこの背の高い人たちはなんですか?」
「彼らは近衛兵さ。背が高くて、がっちりしたのを公爵様の周りに集めておけば、敵が襲って来たとしても、肉の壁として有効だろう?だから、わざわざ集めているんだよ。この国の王族たちは、自分の周りに立たせる兵隊は背の高いのを揃えたい、というように思うらしくてね。アレクサ様だって、背の高い金髪碧眼の見た目だけは立派なのを揃えていたからね。イズ公爵様はそこまで外見にこだわっておられなくて、背が高くて武芸も中身も伴っている者たちを集めたようだよ。だから、ここでは、むやみに見下した視線で見られることもないし、気楽でいいよ」
「なるほど」
一つ利口になりました。
「もう式は始まっているから、しばらくすると出発するよ。マモルはいつも通り、行列の一番最後を付いてくればいいから」
「分かりました。ヒューイ様はどこにおられるのですか、先頭ですか?公爵様の側ですか?」
「何を言っているんだい。私も最後尾でマモルの隣だよ。最前列は近衛兵でもっとも見目麗しい者が公爵旗を持って先導しているから、私なんて務まるわけがないよ。それに公爵様の相手なんて、そんな肩の凝るような役目も、いつも相手している者に任せておけばいいからね」
「そうですか。先頭の旗持ちって、織田様の葬儀の時にいましたっけ?」
「いやいや、いなかったと思うよ。第一、あのときは私はハルキフの領主だったから、イズ公爵様のことなんて知らなかったし(それもそうだ)。今回は何と言っても、国の代表として行くし、正使だから飾りも必要とされるわけさ」
「なーるほど」
しばらくすると、セレモニーも終わったのか、前の方で動きがあって、音楽が奏でられ始めた。
「さぁ、行こうか。馬に乗って待っていよう」
ヒューイ様に連れられて馬を繋いである所に行く。
どうも騎乗が始まったようで、オレたちも騎乗すると前の方で旗持ちの騎士が門の方に移動するのが見える。その後を公爵様の乗っておられるとおぼしき馬車が進み、続けて騎乗した騎士連なって行く。荷物を積んだ馬車は違う所にいるのか、先行しているのか、この広場には見えないな。
「さあ、行くよ」
とヒューイ様に言われて進み出した。轡はベンゼが取ってくれる。気にしていなかったけど、ヒューイ様の馬の轡も付き人が取ってる。やっぱ、用意してるんだ。
あ~~長い旅路の幕開けかぁ。
粛々と何か起きるわけでなく、本当に何もなく、行列は進む。
行列に対して、観衆から声がかかったりするかと思ったけど、そんなことなかった。
公爵旗という物は本当にたいした物で、街道を進むと誰もがみな道を開け、道の両側で頭を下げて待機してくれる。もちろん土下座ということはない。道を開けて会釈するくらいな感じで、会釈も強要でなく、指差すなんて失礼なことをしなければ、見ていてもいいようだ。オレみたいに金魚の糞みたいに最後にくっついている者には威厳の欠片もないので、指差されたりしているけど。
行列の進む早さなんて、歩くスピードと同じくらいだろうから、急ぐ人がいると追い抜きたいだろうけど、追い抜くことはできないみたいで、後ろがだんだんと詰まってきているのが見える。
しかし、行列に追いついても、最後尾にもいる公爵旗を持った騎士を見ると、諦めて後ろを付いて来る。
そういう人たちを先に行かせるためかどうか、行列は1時間に1回くらい休む。人のためというよりは、馬に水を飲ませたりするためなんだろうか。う~~ん、一車線の道をノロノロ運転の車が後ろにずらっと車を従え、その先頭の車がコンビニに入ったりすると、後続車が息を吹き返したように先を急いで進むのと似たような?
ゆっくりゆっくり進んでも、王都ユニエイトを過ぎ、領都チェルニを過ぎ、ゴダイ帝国軍との戦場跡に到着した。だんだんと山並みが近づいてきて、あの山脈の向こうがゴダイ帝国か?と思うところまで来た。もちろんここまで、何日もかかっています。
「明日からは山道に入るんだけど、国境のところにペトラという町というか国があるんだよ。そこは、ヤロスラフ王国にもゴダイ帝国にも属していない中立国なんだよ。楽しみにしていればいいよ」
「へぇー、そんな国があるんですか。どういう国なんですか?」
「うん、小さいけど豊かな国でね、地理的に重要な場所にあるんだ。ヤロスラフ王国とゴダイ帝国の輸送の中継地として重要だし、鉱物資源が採れるから、それにともなって、加工基地としても重要な場所なんだ」
「それなら、どっちの国も自分の領土にしたいのではないですか?」
「そうなんだけど、そこはうまく中立を保っているのさ」
よくわからないけど、スゴい。中立国というとスイスを思い浮かべるけど、あれよりもっと規模の小さい国はいくつもあるから、確かルクセンブルグとかリヒテンシュタインとかのイメージに近いのかな?
「昔から、ヤロスラフ王国もゴダイ帝国も傘下に収めようとするんだけど、山の中にあるから、攻めるには難しくて、一方が攻めようとすると、もう片方が援助して、ってことを繰り返して、ちょうどいいようにバランスとっているのさ」
そう言われれば、ヨーロッパに昔からある小国というのは、そういう成り立ちなのかしら?
行きはスルーして帝都に向かう。余裕を持って、帝都に着いて調印式の準備をするそうな。なんと言っても正使が行かないと調印式はできないそうだし、副使のポドツキ伯爵は先行しているはず、らしい。イズ公爵がチェルニに着いたとき、3日前に出発したという情報が入った。
確かに、公爵様と伯爵様が一緒に町に入って、宿舎を取り合うなんて避けたいだろうし、2回に分けて泊まってくれた方が、町としても落としてくれる金が分散していいんだろうし。
国境の町、ペトラを過ぎゴダイ帝国に入る。山間の道を進み、平野が見えたときはさすがに声が出た。見渡す限りの平野で地平線が見える。この地平線の先には山があるのか海があるのか、それも分からないような広い平野。そして畑。広大な農地が広がり、農作業を行っているひとたちが見える。
ヤロスラフ王国とは何も違わない風景があった。どうも軍事大国というイメージがあったけど、基本的には変わらないものらしい。
読んでいただきありがとうございます。
ここからゴダイ帝国訪問編となります。よろしくお願いいたします。




