やっとブカヒンに着いた
ブカヒンの町の門をくぐる。やっと着いた。
ブカヒンの町は前に訪れた時に比べ、さほど雰囲気が悪くないように思える。王都ユニエイトよりはマシに感じるけれど、実際はどうなのか。
しばらく町を進むと、リファール商会本店玄関前に着いた。結婚式以来の訪問だ。
玄関を入ると、ペドロ会頭、ハンナさん、カタリナさんが迎えてくれている。3人の顔を見ると、気持ちが緩んで涙がこみ上げてくる、うっ、ぅぅ。
「マモル様、よくぞご無事で......」
と言って、カタリナさんがオレの胸に飛び込んで来た。良かった、カタリナさんの暖かさに、家に戻って来た、という感情がこみ上げてきた、胸一杯に。ペドロ会頭、ハンナさんも泣いているようだ。店の中には、お客さんもいるのにオレの周りだけ時間が止まったようになって、店中の人たちがオレたちを見ている。良いんだ、どれだけ見られようと、うん。
カタリナさんは、ただ泣いている。カタリナさんがここにいるということは、タチバナ村にいられなくなったということか?カタリナさんの頭を撫でながら、悪い予感で頭の中がいっぱいになってくる。
「マモル様、店先ではお話することもできませんので、奥の部屋にお入りくださいませ」
本店支配人のバナスさんが横から案内してくれた。ヒューイ様共々、奥の応接室に通されます、ありがとうございます。グッドジョブ!
カタリナさんから聞いた、タチバナ村の話は衝撃的だった。衝撃が大きいと何も言えないというけれど、本当に絶句して何も言えない。
60人くらいいた村民が20人ちょっとしか残っていないということ。ノンが死んで、ネストルも死んで、ルーシ王国から移って来て一緒に村を立ち上げた男たちがほとんど死んでしまったという。
サラさんが呼ばれて来て、オレに村を守れなかったことを謝罪するが、あまりのことに何も言うことができない。やっと「サラさんのせいじゃないんだ」と言うのが精一杯だった。サラさんだって、ネストルが死んだんでしょう......無理しなくていいんだ。
手を握られているのに気が付いた。カタリナさんが涙を流しながら「申し訳ありません、マモル様、私が何もできず、村の人を死なせてしまいました。私を逃がすために、ノンを死なせてしまいました」と言うので「いいんだ、カタリナさんのせいじゃないから」とやっと言える。
オレはこの世界に来て、思えばたくさんの人を殺してきて、もう敵を殺すことにためらいがなくなってきていた。戦争らしい戦争は初めての体験だったけど、自分のほかに家族と言っていいような人も戦争に巻き込まれるということを、今の今まで考えたことがなかった。
衝撃で何も言うことのできないオレを横にして、ヒューイ様がカタリナさんとサラさんにタチバナ村の状況を聞いている。
ルーシ王国軍が村にやってきて、問答無用で攻めかかれば、やっぱり戦うよな。弩を持たせていたのが、良かったのだろうか?しかし、持たせていなかったら、一方的に蹂躙されていたのか?ルーシ王国から一緒に来た人は、ルーシ王国の兵士を見れば、戦う気持ちになるのは当然だろう、オレが村にいても戦うな、きっと。
村人はどうすれば良かった?頭の中をグルグルと駆け巡る。しかし、その場にいなかったオレが、何を考えても、村にいた人たちが考えて選んだ道がこの結果なのだから、これしかなかったと言うことなのだろう。
しばらくしたら、ミンとユリさん、そしてネストルの息子のビクトルがやって来た。ユリさんは泣いていたが、ミンは意外なことに平然としているようにみえる。あぁ、違う、平然じゃなくて無表情なんだ。
この3人が最後まで戦場にいたのだと言う。ノンの最後を見ていた3人だと言う。ビクトルはネストルと一緒に戦い、騎馬隊が突入してきたとき、ネストルの横にいたビクトルはネストルに弾かれて助かったのだと言う。
オレはビクトルの頭に手を置き、
「ありがとう」
と一言だけ言った。他に思い付く言葉はなかった。
オレがここに来るまでは、希望と絶望と両方を持っていた。しかし、絶望が待っていた。
オレがあまりに何も言わないためか、みんな気をきかしてくれ、カタリナさんとミンの3人にしてくれた。そこで、ミンがやっとノンのことを話し出してくれる。
カタリナさんとノンとミンの3人で過ごした村の生活のこと、突然ルーシ王国軍が攻めてきたこと、村人が一丸となって村を守ったこと、ミンが呪文で治療したこと、村を出て港に向かったこと、途中で追いつかれ戦闘になったこと、騎馬隊がやって来て死を覚悟したこと、ノンが玉を持ってサラさんのおばあさまから教えてもらった呪文を使い自爆したこと、そして戦闘が終わり、ロマノウ商会の船でブカヒンに連れて来られたこと。
最後にミンの目から一粒涙が落ちた。すると、堰を切ったように、どんどん涙が出て来て、こらえていたものがなくなって泣き出した。抱きしめて、背中を撫でる。
「ノンが死んじゃったよぉぉぉ!」
一緒にカタリナさんもさらに泣き出し、
「ごめんなさい、私が力足らずで、何もできなくて、ごめんなさい」
ミンとカタリナさんを抱きしめる。
2人とも傷ついているんだ。2人を癒やすことができるのはオレしかいないんだ。
あぁ、村が無くなり、たくさんの人が死んで、オレは傷ついてしまったけど、当事者じゃなかったんだ。その場にいた人たちの方がもっと、傷ついていたんだ。と、やっと愚かなオレは気が付いた。泣いているミンを見ていると、ノンが泣いているような気がする。死んでしまったというけれど、ミンと一緒にノンがいるような気がする。
オレもまた涙がにじんで来た。
「ゴメンよ、オレがいなくて。肝心なときにいなくて、ゴメンよ」
2人ともワンワン泣いているけど、コクコク頷いてくれる。
「誰も悪いわけじゃないんだ。きっと、これが戦争というものなんだ。だから、2人とも自分を責めなくていいから。2人が泣いていると、オレは村の人たちに会いにいけないじゃないか」
と言いながらオレも泣いている。
どれだけ時間が経ったのかわからないけれど、3人とも泣き止んだ。2人の目を見ると目が真っ赤になってる。
「スゴい顔になってるぞ」
と言うと、2人とも何も言わず、ちょっと困った顔をする。
「さぁ、みんな心配しているだろうから、みんなの所に戻ろう。あと、村のみんなにオレが戻ったことを報告しないといけないからな」
「はい」
カタリナさんは返事した。この娘は結婚したときとは違って、大人になったような気がする。タチバナ村の戦いで揉まれて成長したんだろうか。
村のみんなに会う前に、ペドロ会頭と村人の処遇について決めておかないといけない。いまや無一文となってしまった、タチバナ村をどうするのか話をしないといけない。




